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アレックスの話しを聞いた、友人のヘンドリック・ハミルトンはほぉーとなんだか嬉しそうにニヤニヤした。

「これはこれは、我が国きっての色男王子もついに恋に落ちたか」

「そんなわけじゃない」

友人の揶揄する言い方に、アレックスは憮然と返した。

ヘンドリックは思春期を寄宿制の高校で一緒に過ごした悪友だ。

アレックスが王室の人間であることを特別扱いすることなく、フラットに付き合える数少ない心許せる存在でもある。

ここしばらくの人探しに行き詰まり、アレックスは悪友に愚痴を聞いてもらいたくなっていたのだ。

わざわざ王宮の私室に彼を招いていた。

手元のビールをグビッと飲むとヘンドリックは続けた。

「しかし、まぁなんだな、、、その思い人はかなり神秘的な存在だな。素性がわからなさすぎる。
だいたい戦地に入るメデイアはあらかた身元がはっきりしてるだろ。
それなのにそんだけ調べてわからないっていうのは、現代では不思議すぎるな」

「あぁ、今、勝手に入国しただろうフリーを当たってるんだが、女っていうのはいない、、、お手上げな状態だ」

嘆息するアレックスにヘンドリックはふーむと顎を摩る。

話を聞いてあれこれ考えたのだが、なんとなく似た存在がいることに思い当たったのだ。

「なんか【戦場の聖母(マドンナ)】に似てるな」
「なんだ、それは」

いきなり飛び出た言葉にアレックスは不思議そうにヘンドリックを見つめた。

「あー。知らないか。これこれ、かなり有名だぞ」

ヘンドリックはデイリー・タイムズのサイトをタブレットで見せた。

「これは、、、!!」
「あぁ、スゴイ良いだろ」

モノクロで撮影された写真は、すべて戦禍の人々の一瞬の生を切り取ったものだ。


崩れた家の前で泣き叫ぶ母親と、あどけない表情で母の頭を撫でる子供の姿

銃を傍に持つ青年の手を祈るように握りしめる少女の涙

落ちた爆撃機の傍で遊ぶ無邪気な子供の笑顔

攻撃されて瓦礫と化した街の中、普通に屋台を出し物を売る、、、そんなマルシェを行き交う人々の息遣い


どの写真も残酷な戦争の中で必死に生きる人々の姿を、どこか慈愛に満ちた視線で切り取っている。

「有名なカメラマンなのか?俺は知らなかった。」

写真に見入りながらアレックスはたずねた。

「フリーらしくてな、でも正体はわからない。ここ2年くらい、写真を発表し始めたんだ」」

どういうことだ、と訝しむアレックスの視線に答えるようにヘンドリックは続けた。

「デイリー・タイムズでしか発表しないカメラマンなんだ。投稿名はハロルドっていうんだが、デイリー・タイムズに問い合わせると、本人の素性は非公開との回答だった」

「随分、匿名性の高いカメラマンなんだな」

「ああ、写真から判断すると多国籍軍に従軍してると思われるが、なにしろ多国籍軍だろ。
参加国の数も多いし、入る人間の数も多い。
多国籍軍に聞いても名前では該当ないし、どのカメラマンかわからんと言っててな」

またビールを口に含むとヘンドリックは続けた。

「名前は男でも写真の視点は女性だ。誰かが多分姿を見たり、撮られたりしたんだろう。
いつしか兵士達の間でもまことしやかな噂になった。ハロルドは女、
そしてこの女性カメラマンが付いてきた戦いは勝てる、とね」

「なるほど、それで戦場の聖母か、、、」

アレックスは独りごちた。確かにそのカメラマンが女ならば、自分の探し人に近い。
気分が浮上してくるのを感じる。

そこでふと思い立ってアレックスは聞いた。

「それでなんでお前がこのカメラマンに関心持っているんだ?」

「ああ、それはな、、、俺はこのカメラマンの写真展をやりたいんだ。心に訴える戦争写真と匿名のカメラマン。
イベントプロデューサーとしては腕がなる素材だからな」

ヘンドリックはニヤニヤしながら続けた。

「だからアレックスに話したのは俺の下心も大有りだ。お前の探し人と俺の探し人はやけに似ている。
俺の力じゃここまでが精一杯。だからアレックスの力でお願いしたいかな」

友人であっても利用されるのは好きじゃない。
でも、ここはお互いの利害は一致している。

アレックスは写真を見つめながら、わかった、と答えていた。

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