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二十話 三代目八犬士

 天文(てんもん)二年、里見義道の後を継いだ義豊は、水軍を率いる正木通綱《まさきみちつな》を配下とし、北条氏綱とも(よしみ)を通じて力をつけていた、里見実堯(さねたか)を稲村城に呼び寄せ、通綱共々殺害する。
 義豊はそのまま金谷(かなや)城にいた実堯の子である義堯を攻撃したが、義堯は氏綱の支援を受け反撃を開始。翌天文三年には遂に義豊を打ち破り、里見家の家督をその手中に収めた。
 その年のうちに、関東での覇権争いのため、一時は力を借りた氏綱と敵対することとなった義堯は、この争いに勝利するため、新たに強き力を求める。
 義堯は思い出した。かつて、父に仕えた尋常ならざる実力を持った者たちの存在を。
 その者たちの名は八犬士。
 彼らの力があれば、関東に覇をとなえるのも可能なのではないか。義堯はそう考えた。義堯は彼らを探させ、遂に二代目の八犬士を探しだすことに成功する。
 二代目は老いを理由に出仕を断ったが、彼らの息子三代目八犬士を代わりに仕えさせることを約束。義堯は各々知行五千貫文を与え、大兵頭(たいへいがしら)として三代目八犬士を召し抱えた。
 狂節を含む三代目八犬士は、すぐに上総(かずさ)真里谷(まりや)武田氏との戦に参加することとなる。
 狂節たちは、これまでその力の発揮しどころがなかった鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように暴れまわり、その戦いぶりは、誰にも初陣であることを感じさせなかった。
 策をたてれば変幻自在に敵を翻弄し、刃を振るえば一刀で敵を屠り、軍を率いればやすやすと敵を蹴散らし、兵と交われば巧みに心を掴む。慈悲深きその心根は、他の武士たちからも愛され、召し抱えられてふた月もしない間に、里見家に大きな影響を及ぼすこととなる。
 義堯は恐怖した。八犬士の有能さは義堯の想像を遥かに超えていたのだ。義堯が恐れたのは彼らの能力ばかりではない。義堯は彼らの血をも恐れたのである。彼らがひいていたのは八犬士の血だけではなかったのだ。恐るべきことに、彼らには里見家の血までもが流れていたのである。
 義堯にとって祖父にあたる安房里見家二代目義成(よしなり)は、初代八犬士の多大な功績を認め、八人いた姫をそれぞれに嫁がせた。そして、八犬士と彼女たちの間に生まれたのが、狂節らの父、二代目八犬士である。
 義堯は自身の歩んできた道のりを思い出す。義堯は本来里見家の当主にはなりえなかった。安房里見家初代義実から当主は、義成、義道、義豊と続く。父の実堯は義成の次男である。里見家の城をひとつ与えられ、一地方を任せられる存在でしかなかった。だが、実堯も息子である義堯もそれを不満に思っていたのである。
 その事実を、風魔衆に里見家を探らせていた氏綱が掴んだ。不満を持つ親子に氏綱は巧みに接近し、実堯・義堯親子は氏綱の誘いに乗る。
 その情報を掴んだ義豊が、内乱を事前に防ぐ為に実堯を殺害し、義堯のいる金谷城に攻め入る準備をしていると聞いた時、義堯の心に最初に沸いた感情は、父を失った悲しみや義豊に対する怒りではなかった。
 歓喜。
 父と自分が先に兵をあげれば、家督欲しさの反乱という汚名は避けられない。それでは戦に勝利したとしても、己の名に傷がつく。だが、義豊が実堯を殺害してくれたことで、義豊と戦う大義名分を義堯は手にいれることができた。仇討という名の口実を。
 ただ、戦に勝てねば義豊に謀叛人に仕立て上げられるのは明白。戦には勝たねばならない。勝算は充分にある。そのための氏綱との盟約である。たとえ里見家と古くから争ってきた北条家の力を借りたとしても、戦に勝ちさえすれば取り繕うことはできる。正当な理由を得たのなら、多少事実を捻じ曲げさえすれば、家名に傷をつけることはない。なぜなら自分は間違いなく里見家の血を受け継いでいるのだから。
 だが、そうやって手にした当主の座から、三代目八犬士を見ると、彼らにも同じことが言えるのではないかと不安を憶えずにはいられない。
 母方とはいえ、義成の血をひき、伝説ともなっている祖父たちに劣らぬ実力を持つ。さらには臣民からの人気もうなぎのぼりの八犬士。 
 そして義堯は、義豊から家督を奪うのに利用した北条を、将軍家の血をひく名門小弓公方(おゆみくぼう)の味方をすることを口実にあっさりと裏切った。義堯という里見家の中の味方を失った北条が、今度は義堯と同じ里見家の血をひく八犬士と手を組まないと誰に言えよう。
 八犬士は危険だ。だからといって、人気の高まっている彼らを理由もなしに排除はできない。罪を無から作るのは難しい、なにかひとつ、ほんの些細なことでよいから理由が欲しい。なにか口実は、よい口実はないか。
 義堯は初代八犬士達がいた頃からの里見家の目録を片っ端から調べさせると同時に、情報を商品とする者から初代八犬士達の隠棲(いんせい)してからの知りえる限りのことを買い取った。そして……遂に見つけた。
 義堯は八犬士が何度目かの戦に勝利したあと、八犬士全員を金谷城へと呼び出す。褒美として宴会を催し、食事に眠り薬をいれ、寝ている間に武器を奪って縛りあげた。
 目を覚ました狂節ら三代目八犬士は、事の成り行きに頭がまったくついていかない。戸惑いを隠せない八犬士に義堯は言う。反乱を企てた罪でお前たちを罰すると。
 驚いた八犬士は口々に、反逆の意志などない、反乱を企てたりなどしていないと申し開きをした。
 ところが義堯ははっきりと言う。いいやしたと。お前たち個人ではない。八犬家そのものが、里見家に対し弓を引いていたではないかと。
 首を捻る三代目八犬士に、義堯は八犬家が里見家に反乱を企てたという論拠をとうとうと語る。
 初代八犬士の代より、我が父実堯から恩を賜っておきながら、初代八犬士は実堯の救援に来るどころか、二代目八犬士と謀り、人の良い父相手に病と偽らせ、八犬家合わせて四万貫を騙し取ったうえで、他国へと逃亡させた。二代目八犬士は、その身に貴き里見の血を宿しておりながら、里見家分裂の危機に傍観するという悪手をとった。これは我ら親子と義豊の共倒れを狙い、あわよくば八犬家が里見家を乗っ取らんと企てていたこと明白である。
 その思惑は儂の力で脆くも潰えたが、今度はお前たちが儂に召し抱えられたのをいいことに、将兵に媚を売り、八犬家の陣営に組み入れんとの策謀お見通しである……と。
 自身の言いたいことだけを言いきり、暗い笑みを見せる義堯を見て、狂節を含む三代目八犬士は、これが逃れようのない罪であることを悟った。

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