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私と優菜が案内されたのは古明祭りの本部として使われているビルの中にある事務所だった。用意されたパイプイスに座ると「ちょっとここで待ってて。すぐに戻るから」と言ってシバケンと高木さんは事務所から出て行った。
事務所にいるスタッフは事件のせいか忙しそうに出入りし、電話がひっきりなしにかかってくる。遠くから救急車のサイレンが聞こえた。そういえば先に刺された男性は大丈夫だろうか。

「怖かったね……」

呟く優菜に「そうだね」と返した。腰が抜けていた優菜は先ほどよりも落ち着いたようだ。

「高木さん、かっこよかったね。優ちゃんを抱き締めちゃって」

「うん……」

優菜は両手で顔を覆った。泣いているのかと思いきや「うー」と唸っただけだ。これは高木さんに落ちたな、と私は微笑んだ。

「高木さん、チャラチャラしてるかと思ったけど、仕事はちゃんとしてるんだもん。見直しちゃった」

顔を赤くして優菜は膝に置いた手を組んだ。

「惚れ直した、の間違いじゃない?」

「もー」

照れる優菜が可愛らしい。

「けど本当に、かっこよかったね」

高校生だった私を守ってくれたように今日のシバケンはかっこよかった。



事が全て収束して古明祭りが終了した。今日の出来事は全国ニュースになり、SNSは事件に対する投稿で賑わった。
優菜に抱きつく高木さんの画像も拡散されてしまい、上司からきついお叱りを受けたそうだ。身を挺して一般市民を庇うように見えなくもないことと、高木さんと優菜の顔は写っていない角度だったことから大事にはされなかった。
最初に刺された男性は命に別状はなく、現行犯逮捕された男は過去の傷害事件も認めたため、古明橋連続通り魔事件は解決した。

けれど社内では私と優菜がその場にいたことが知れ渡ってしまい、数日間注目を浴び続け仕事がやりにくい状態になった。
優菜は高木さんのことをからかわれるようになったため私の方がまだ楽かもしれないが、優菜はむしろ高木さんを誇りに思っているようで、からかわれることが嬉しそうだ。

後日優菜と高木さんが正式に付き合うことになったと聞いたときは驚かなかった。他部署の人にまで触れ回って惚気る優菜は幸せそうだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お母さんそろそろ帰って。病室には私がいるから」

「そう? じゃあ帰ってご飯作ってるね」

西日が差し込む病室のカーテンを閉め、母を見送った。
仕事の遅れを取り戻そうと一晩中起きていた父は今やっと眠ったところだ。
来週退院することが決まったものの職場に復帰するかどうかは未定だった。これからの生活をどうするかの話はまだ進んでいない。母は私も働きに出ようかしらと言っている。

父が寝息をたてたのを確認してから売店に飲み物を買いに行こうと病室を出ると、「こんにちは」とドアの前で声をかけられた。
声の主を見て私は目を見開いた。メロンやオレンジなどの果物が入ったバスケットを抱えた坂崎さんが病室の前に立っていた。
久しぶりに会った坂崎さんは作り笑顔で「専務は起きていますか?」と問いかけた。

「今眠ったところです。なので日を改めていただけますか?」

意識せず強めの口調で言ってしまった。父の姿が見えないように後ろ手で病室のドアを閉めた。せっかく寝た父を起こすのは可哀想だから。

「そうですか。でも実弥さんに会えたのはちょうどよかったです」

「はい?」

「お父様もこのような状態ですし、入籍の日を決めましょう」

笑顔で言い放つ坂崎さんに再び恐怖心が芽生えた。

「入籍……ですって?」

「はい。そうすれば専務も安心でしょうから」

「何を言っているんですか……」

この人はしつこいを通り越して怖い。この前向きさは恐怖だ。

「実弥さんにとってもその方がいいのではないですか?」

「どういう意味ですか?」

一歩私に近づいた坂崎さんに警戒する。

「専務の職務復帰は今のところ未定ですよね。もうほとんど車椅子での生活になってしまうと伺っています。ご自宅での生活も大変じゃないですか?」

「それは……」

「何かとお金も入用でしょう。今の実弥さんとお母様には厳しいこともあるのではないですか?」

この言葉に自然と坂崎さんを睨みつけた。

「そうですね。お金は必要です。けれど何とかしますからお構い無く」

坂崎さんの言うことはもっともだ。父が働けなくなるかもしれないのならお金は必要だ。でもこの人に頼るつもりはない。

「どうぞ僕に頼ってください」

気味が悪いほどの笑顔で更に私に近づいてきた。じりじりと私を壁との間に追い詰める。坂崎さんは前屈みになり私に顔を近づけた。

「僕と結婚しないと生きていけないだろ?」

囁かれた言葉に背筋が寒くなる。どこまでも支配しようとするこの人の考えが恐ろしくてぞっとする。そして私をバカにした態度に腹が立った。
怒りを込めて坂崎さんの肩を押し距離をとると、私を見る彼の顔は見たことがないほど冷たかった。眉間には若干のしわが寄り、目は細く口はへの字になっている。整った顔だからこそ、本性を出した顔は性格の冷酷さを表す。
けれど私はもう負けない。

「生活が苦しくてあなたに頼るくらいなら一家で心中します!」

そう言い切ったとき「はいそこまで!」と声が割り込み、私と坂崎さんの間が花で遮られた。

「心中なんて俺がさせません」

いつの間にかすぐそばにはシバケンが立っていた。持っている花束を剣のように私と坂崎さんの間に突き出し、それ以上お互いが近づかないように壁を作った。その顔は真っ直ぐ坂崎さんを睨みつけている。

「シバケン……」

彼が来てくれた。それだけで私の不安や恐怖や怒りは吹き飛んだ。

「俺なら実弥の全部を受け入れて支えることができます」

「へぇ、君が?」

坂崎さんはシバケンにバカにした声を向けた。

「警察官はそれほど収入があるお仕事なんですね」

「公務員舐めんなよ」

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