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いつか

「なにやってんの?」

「見りゃわかるだろ? 花火」

「いや、アタシにはロケット花火に、テープで紐をくっつけてるようにしか見えないんだけど」


 俺の手元の作業を見ながら彼女がそう言う。


「線香花火だよ」

「線香花火? なんでロケット花火にくっつけてるの?」

「打ち上げるから」

「・・・アホか。先生たちに見つかるよ」

「大丈夫、大丈夫。この時間に部室棟の裏に来る先生いないって。打ち上げ花火と違ってほとんど音ねえし」


 俺はポケットから取り出したチャッカマンで線香花火に火をつける。


「うわ。準備万端だし」


 呆れる彼女をしり目に、火花を散らし始めた線香花火を抱えるロケット花火に火をつけた。
 パシュという音がして、ロケット花火が薄暗くなった空に旅立つ。
 残念ながら、線香花火が火花を散らしている姿は見えない。
 少しして、近くでポトリとロケット花火が地面に落ちる音が聞こえた。


「ゴミ回収してきて。俺、2発目用意するから」

「は⁉ なんでアタシが?」


 文句を言いながらも、彼女は落ちたロケット花火を拾いに行ってくれる。


「線香花火も消えてるよ。風圧とかで消えちゃうんじゃない」


 彼女は、ただの紐となった線香花火付きのロケット花火を振り回しながら戻って来た。


「それで、なんでこんなことしてんの?」

「夜空に線香花火固定したいなと思って」


 彼女があんぐりと口を開ける。


「・・・あのさ。アタシら科学部でも天文部でもないんだけど」

「ああ。文芸部だな」

「なんでそんなのやろうと思ったのよ?」

「夢があっていいだろう?」

「夢を見るなら本の中だけにしな」


 彼女は冷たく言い放ち、2発目の準備を始めた俺の隣に並んで座る。


「人ってさ、いつか死ぬじゃん」

「まぁね」

「打ち上げ花火はさー」

「話、飛ぶなー」


 彼女のいれてくる茶々を無視して言葉を続ける。


「一瞬はきれいだけど、すぐに消えて無くなっちゃうだろう」

「打ち上げ花火の良さってそれでしょ?」

「・・・俺はさ、もっと長く夜を照らしたいんだよ」

「どういうこと?」

「線香花火だと一瞬じゃ消えないじゃん。ものにはよるけど、結構長持ちしたりもするし。
 俺、小説の公募で賞とか狙ってるけど、例え受賞できてもさ、あったかなかったかわからないような、一瞬で消えちまう作品じゃなくてさ、後から俺みたいな道を目指そうと考える奴にとって、目印というか、目標になるような、そんな作品にしたいわけよ」

「それが線香花火を空に浮かべるのとどうつながるわけ?」

「線香花火の終わりとさ、人生の終わりって似てるじゃん? いつか必ず終わるけど、それがいつかはわからない。俺はその時が来るまで輝いていたいんだよ。先があるかもわからない暗い道を、俺の小説で照らしてみせたいわけよ。いつかポトリと落ちるまでさ」

「ふーん。気持ちはなんとなくわかったけど、それってこの実験する必要ある?」

「夢があっていいだろう?」

「男子ってほんとバカだね。いっそのこと科学者でも目指したら?」

「だから、小説でやりたいんだってば」


 彼女が盛大にため息をつく。


「ほんとバカだね~」

「まぁ、今に見てろって。いつか夜空いっぱいにデカい線香花火打ち上げてさ、月が出てなくたって、星が見えなくたって、真っ暗闇を照らせるようにしてみせるから。俺の小説でさ」

「いつかポトリと落ちるまで?」

「そっ、いつかポトリと落ちるまで」

「バカだね~」


 そう言いながら、彼女は笑っていた。


「ね! 私にも、火つけさせてよ」
 

 線香花火打ち上げ準備を終えた俺に向かって、彼女は手を差し出した。
 同士を獲得したことを確信した俺は、ためらわずにチャッカマンを彼女に渡す。
 彼女が線香花火、ロケット花火の順番で火をつけていく。
 ロケット花火が、また間の抜けた音を出して夜空に飛んで行った。
 きっと見えないだけで、あの線香花火は小さい火花ながらも、夜空を照らしてくれているに違いない。
 
 いつかポトリと落ちるまで

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