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チャペル内正面の壁一面ガラス張りになった向こうには青く澄んだ海が広がる。
雲一つない青空と海が一望でき、白い壁で統一されたチャペルは青と白の花が飾られ、バージンロードは水色のガラスタイルが敷かれている。
正面のガラス窓の奥に設置された噴水からは誓いのキスをした瞬間に合わせて水が吹き出し、陽の光を纏ってキラキラと輝くアーチを演出するのだと聞いている。

バージンロードのガラスの床をカツカツと靴音を響かせ花嫁とその父親が歩いてくる。その先の祭壇に待つ新郎は穏やかで優しい顔をして新婦を待っていた。
新郎の横に新婦が並ぶとまるでドラマのワンシーンのように、背景の海も澄んだ空も白い壁も参列者も、全てがこの日の2人のために存在しているようだ。
私は新婦から目を逸らさなかった。幸せそうな顔をして横に立つ新郎に微笑む彼女の秘密は私だけが知っている。そしてこの場で彼女を祝福していないのも私だけだ。純白のドレスに包まれて嘘の愛を新郎に誓おうとしている。身も心も決して純白とは言えない彼女は心から永遠の愛など誓えないはずなのだ。本当に新郎を愛しているのかさえ今となっては疑ってしまう。
新郎に対する裏切りを、彼女は私にだけ吐き出して幸せになろうとしている。恵まれて生きてきた彼女はそんなことも許される。それでも私は彼女の生き方を認めたくはなかった。
何も知らない新郎は以前見たときよりも凛々しくて頼り甲斐のある男性に思えた。そんな新郎の魅力を彼女は全て理解しているかは分からないけれど。
誰もが羨む幸せな2人。
私だって祝福する気持ちは嘘じゃない。だけど純白の花嫁の裏切りはいずれこの結婚に悪い影響を及ぼすと知っている以上、私自身が止めるべきか今この瞬間も迷っている。

早く……来るなら来てよ……。

後ろから3番目の席に座っている私は始終振り返ってはチャペルの扉が開かれるのを待っていた。その度に後ろに座る参列者と目が合ってしまい、不審な顔をされた。

「誓いのキスを」

神父の言葉に祭壇の2人が見つめ合い、新郎が新婦の手を取った。

早く……早く……!

2人の唇が交わろうとした瞬間、

「待てよ!!」

背後の扉が勢いよく開くキイィという大きな音と共に、男性の怒鳴り声が静かなチャペルに響いた。全員が一斉に振り返ってドアを凝視した。私はこの瞬間を待っていた。
ドアの前には結婚式に相応しくないジーンズによれよれのシャツを着た男性が立っている。乱入したその男性は真っ直ぐ前だけを目指してバージンロードを駆けた。呆然としている参列者の間を抜けて、同じく呆然としている新郎新婦の元へと。突然の乱入者にスタッフも含めたチャペルにいる全員がその場を動けない。

「美麗!」

祭壇の前で足を止めた男性が新婦の名を叫んだ。

「俺を選んでよ美麗! 必ず幸せにするから!」

その瞬間止まった時間が動き出したかのように、新婦は新郎の手を振りほどき男性の元へと駆け寄った。そうして2人でバージンロードを出口に向かって駆けだした。願い通りの新婦の行動に私の気持ちは昂った。男性が結婚式に乱入して新婦を攫うシチュエーションを今か今かと待ち望んでいたから。
秘密を抱えた新婦は結局嘘をつき続けることよりも、逃げることを選んだのだ。ギリギリで現れた男が新婦の気持ちを後押ししたのだ。

新婦に振りほどかれた新郎の手は上がったまま、扉まで逃げるように駆ける男性と新婦を驚いた顔で見ていた。
2人が私の横を駆ける瞬間新婦と目が合った。その目は潤み、困惑しているようにも読み取れた。対して私は驚くことも悲しむこともしない、心から祝福する笑顔を向ける。
ふわりと舞った新婦のドレスの裾が私の膝を掠めた。手を伸ばせば阻止できそうなほどの距離だったけれど、私は2人を止めたりしない。彼女の秘密を打ち明けられ、望んでもいないのに罪を共有するはめになった。だから私は罪を放棄したいと願った。

これで彼女は絵に描いたような人生から転落するかもしれない。でもそれは彼女の自業自得で、自分自身で選んだことだ。私は最初からこの結婚には反対だったのだから。
参列者もスタッフも止める間もなく、2人がドアから出ていくまで誰一人として動くことができなかった。最前列に座った新婦の父親が我に返り慌てて追いかけ始めたのをきっかけに、何人かは後を追うようにチャペルから出ていった。

ざわついたチャペルの中で私一人だけがこの状況でも冷静に座っていた。いや、作戦が成功した嬉しさで高揚していると言ってもいい。新婦の逃亡が式の演出なのかと疑う参列者もいたけれど、さすがの破天荒な新婦もこんな演出などしないし、演出ではないことを私と新郎はよく知っている。
祭壇に目を向けると、虚ろな顔をした新郎がチャペルのドアを見つめて立っていた。花嫁が戻ってくることを願うかのように。その顔を見た私は高揚した気持ちが一気に落ち始める。やはりこの男は新婦を愛していたのだと今改めて思い知らされた。幸せな生活の始まりを突然壊されて、新婦の裏切りを初めて知って、呆然としている彼を見るのは辛かった。

だから私はこの結婚に反対だったんだ。

花嫁の幸せと引き換えに、幸せを手に入れるはずだった男が不幸のどん底に落とされた。その原因を作ったのは私にも責任がある。私が花嫁と出会わなければ、彼女の秘密を知らなければ、この結婚を心から祝福していれば、もしかしたらみんなが幸せなままでいられたのに。
ひたすらドアを見つめる新郎の虚ろな瞳の奥が読み取れない。

悲しいの? 怒っているの?
ごめんなさい……本当にごめんなさい……けれどこの結末は間違っていないんです。

新郎に心の中で話しかけた。

ガラス越しの澄んだ空も海も、魂が抜けたような男には不釣り合いだ。誓いのキスに合わせて吹き出す水のアーチを見ることはもう叶わない。
私は今日、この人の人生を壊してしまった。裏切り者の花嫁の共犯者なのだから。




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