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本編にほとんど絡まないちょっとした話

 真っ白な世界。そこで全てを統べるれいは、ただぽつんと佇んでいた。
 まるで彫像か何かのように目を瞑って佇むその姿は、言葉に出来ないほどに美しかった。しかし、それを目に出来る者は存在しない。
「………………存在に疑問を抱く個体が出てきましたか」
 ゆっくりと目を開けたれいは、遠くを見るような虚ろな瞳でそう呟いた。
 しかし、そんな目とは裏腹に、平坦な口調にはごく僅かに楽しげな響きが混じっている。
「………………あの個体は成長が早い。管理者故か、あの特殊な環境故か」
 平坦な声音、無感情な瞳。表情を一欠けらも動かさないまま、れいは原因を思考する。しかし、直ぐに導き出した結果は、どうでもいいと頭から放り棄てた。
「………………私という存在は何か。生み出したのは果たして本当に創造主なのか? 違うならば、その間に何が介在したというのか」
 それはハードゥスの管理者である分身体のれいが抱いた疑問。だが、そう呟いたれいは、小さく「ふふ」と何処となく愉快そうに笑みを零す。
「………………あの存在を生み出したのが創造主かという問いの答えは否。あれを生み出したのは創造主ではない。実際はそう見えただけ。あの時に創造主が創造するはずだった存在は、無駄に力を籠め過ぎたせいで失敗に終わった。ではあの世界に居る私は何か……これに関しては結構簡単なのですが」
 それについて創造されたれいが気づいたのは、かなり初期の頃。しかし、最初も最初の頃はそれに気づいていなかった。いや違う。気づかなかったのではなく、ただ記憶の定着に時間が掛かっただけか。
「………………はじまりは創造主だった。そういうことになっているし、そういうことにしている」
 また「ふふ」っと笑みを零すが、今度は何処か憐れむようなそんな響きがあった。
「………………あの身の異常な成長速度。それもまぁしょうがないのでしょう」
 ほとんど動かない表情のまま、れいはゆっくりと周囲を見回す。
 その場所はどこまでも続く白。全ての境界を失った地。その場所が在るのは、れいが管理する世界の中心……ではない。そもそもの話、ここに居るれいは、ハードゥスのれいが本体と呼ぶれいとは別物だ。なにせこのれいこそが、創造主に創造されたと見せかけて、向こう側に自身の分身体を送った張本人なのだから。
 全てのれいを統べているれいが居るのは、何も存在しない世界。だが、確かにそこに存在している世界。そこは本当の意味でのはじまりの世界であり、かつて栄えた世界にして、一つのイレギュラーによってあっさりと滅んだ世界。それと同時に、そのイレギュラーを閉じ込める檻になるはずだった世界。
「………………ああそういえば、れいという名もあの個体が自身に付けたのがはじまりでしたね」
 元々名を必要としていなかったれいは、永い間、名というものを持ってはいなかった。好きに呼べばいいと思っていたし、必要とも考えていなかった。
 そこにハードゥスの管理をしていた個体が、自身に名を付けた。それが一気に全ての同一体に共有され、元々頓着していなかったこともあって、そのまま全ての個体の名前となる。
「………………れい。始まりにして終わり。存在しているのに存在していない。実に的確な良き名です。この世界の記憶が無意識下にでも残っていたのでしょうか?」
 そんなことを思うも、それもまたれいにはどうだっていい話。それはただそこに居て、世界を見守り支えるだけの存在。やることなど各世界への扉の維持と、各世界への力の供給ぐらいだろう。
 世界は無数に存在している。しかし、その全ての根幹はこの世界でしかない。それはある意味贖罪なのかもしれないし、違うのかもしれない。
 れいはただ一人、世界を見守り続ける。本当の意味でやり直すことは出来ないだろうが、それでもいつか再現は出来るだろうから。

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