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2日間カフェに出勤し、龍峯に出勤の朝にはいつもと変わらず自分の分と聡次郎さんのお弁当も用意した。
聡次郎さんの部屋を逃げるように出てしまったからお弁当を作ろうか迷ったけれど、日課になってしまった2人のランチタイムを無くしてしまったら聡次郎さんを更に傷つけてしまうと思った。
聡次郎さんと離れて自分の気持ちを再確認する時間があったのはありがたかった。短い時間ではあったけれど聡次郎さんのことをたくさん知った。気持ちも思い知った。
あのときにすぐ伝えることができなかった返事を今日会ったときにはしなければいけない。
出会い方が悪かったけれど、得体の知れない人だと警戒したけれど、今の聡次郎さんとの時間は居心地は悪くない。新しいことを知るきっかけをくれた人。今の環境は私の人生に大きな意味を持たせてくれた。契約のことは一旦忘れて新しい関係を築いてみてもいいのかもしれない。そう伝えようと思っていた。



休憩時間にランチバッグを持ってエレベーターを待っている間にスマートフォンを確認すると、1時間前に聡次郎さんからメッセージがきていた。

『戻りの時間が未定だから今日は1人で食べて』

と絵文字も何もないシンプルなメッセージだ。ビルの裏口から駐車場を見ると聡次郎さんの車はないから会社に戻っていない。
気まずくなってもまだ私とお昼を食べてくれる意思はあるのだと思ったら嬉しくなる。せっかくお弁当を作ったけれど、時間が合わないのなら仕方がない。今日は久しぶりに食堂で食べようかな。

エレベーターのドアが開くと中から月島さんが出てきた。

「あ、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

月島さんの顔を久しぶりに見た。社長秘書である月島さんは社内外を毎日忙しく移動している。今日も相変わらずクールで、銀フレームのメガネがかっこよさを更に引き立たせていた。

「今からお昼ですか?」

「いえ、クリーニングに出していた社長のスーツをお店に受け取りに行くところです。食事はそのあとですね」

「秘書さんはそんなこともするんですね」

「いつもはそこまでしませんが、今日は特別です」

月島さんは優しく笑った。

「月島さんはいつも外食ですか?」

「はい。社長と一緒に外で食べることもありますが、今日社長は麻衣さんとお食事に行っているので、僕は何か買って食堂で食べようかと」

「あの……」

私は遠慮がちにランチバッグから巾着に入ったお弁当箱を出した。

「これ、よければどうぞ……」

聡次郎さんのために作ったお弁当だけれど、何時に戻ってくるかわからないというのだから無駄にはできない。冷蔵庫に入れとこうと思っても聡次郎さんの部屋の鍵は持っていない。

「お弁当ですか?」

「はい。これでよければ食べてください」

「いえ、それは申し訳ないので」

月島さんは困った顔をしている。私の手作りのお弁当をいきなり勧められても迷惑だったかもしれないと後悔し始めた。

「それは聡次郎のために作ったものですよね?」

月島さんは私が聡次郎さんにお弁当を作っているのを知っているようだ。

「はい。でも聡次郎さんは今日戻ってこれないみたいなので……」

「ああ、契約が長引いているのか……」

月島さんは聡次郎さんの行き先を知っているようだ。

「買いに行くのはお金も時間ももったいないですし、私も無駄になってしまうので食べていただけると助かります……」

「そうですか……ではいただきます」

月島さんはお弁当を受け取ってくれた。

「他の社員とは時間をずらして食堂に行きます」

「そうですか」

「三宅さんと同じお弁当の中身なのがばれたら噂になってしまいますからね」

「それはまずいですね」

私と月島さんに変な噂が立って奥様の耳に入ったら大変なことだ。

「三宅さん、龍峯でのお仕事が順調そうでよかったです」

「おかげさまで、楽しく働かせていただいています」

これは本心だ。お茶は淹れるのも飲むのも楽しいし、ギフト用の包装が綺麗にできたときは嬉しい。

「でも今日は顔色が悪いですね。お疲れですか?」

「いえ……そういうわけじゃ……」

まだ体調は戻らない。休みがないことが体によくないのは分かっているのだけれど、どっちの職場にも休みを言い出しにくい。

「奥様も気にしていらっしゃいます。三宅さんのことを」

「そうなんですか?」

「頑張ってらっしゃることは知っていると思います。このままいけば認めてくださるかもしれません。頑張ってくださいね」

「はい!」

月島さんと笑顔で別れた。
偽の婚約者だったときは奥様に認められようと反対されようと、聡次郎さんの意思に従うだけだからどうでもよかった。でも聡次郎さんとの関係が変わろうとしている今、奥様からの評価も重要になっている。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



退勤時間の午後8時。閉店作業を終えタイムカードを押し、事務所の麻衣さんに挨拶してビルを出ようとしたときスマートフォンが鳴った。応答すると、久しぶりに聞いた気がする聡次郎さんの声が耳に馴染む。

「梨香……」

「はい……」

「………」

用があってかけてきたはずなのに、何も話さない聡次郎さんはきっと私に脅えている。私も逃げてしまったことを後悔していた。

「会いたい……」

私からそう告げた。

「俺もだよ」

聡次郎さんの優しい声が心地いい。

「聡次郎さんのお仕事が終わるまで待ってる」

「もう終わった。今家」

「え? 上にいるの?」

「うん。梨香が上がってきて。待ってる」

そう言われて一方的に通話が切られてしまった。いつもの聡次郎さんらしいけれど、いつもより優しい声は緊張しているようにもとれた。

エレベーターに乗り6階のボタンを押した。途中で止まって残業をしている社員が乗ってきたら不審に思われるかもしれないけれど、誰にも邪魔されることなく6階に止まった。玄関のチャイムを押すとすぐにドアが開き、スーツのままの聡次郎さんは私の顔を見るなり腕を取ると中に引き込んだ。

「聡次郎さん?」

玄関に引っ張り入れられドアが閉まると、私の体は玄関ドアに押し付けられた。聡次郎さんの体とドアに挟まれ、横から逃げられないように私の頭の横で聡次郎さんの腕が壁を作る。

「今日は逃がさないよ」

その言葉には怒りがこもっている。この間返事も言わずに逃げたことを怒っているのだ。

「ごめんなさい……」

「それだよ」

聡次郎さんはうんざりと言った様子で私を睨む。

「ごめんなさいってどういう意味?」

「え?」

「俺が梨香を好きだって言った気持ちに応えられないからごめんなさいなの?」

「違う……」

「金が発生する契約じゃないと俺のそばにいてくれない?」

聡次郎さんの声は焦っている。顔は今にも泣きそうに見えるのは玄関が暗いからじゃない。

「そうじゃないよ」

私は精一杯聡次郎さんに笑いかけた。

「急に言われたから言葉が出なくて、そのことにごめんなさいってことです」

そう言っても目の前の不安な表情は変わらない。

「聡次郎さんとは変な出会い方でした。しかも聡次郎さん強引だしワガママだし、私の気持ちなんて全然お構いなしだし」

聡次郎さんはますます不安な顔になっている。普段見れないそんな顔が可愛いと思ってしまうのは、聡次郎さんに気持ちがいっている証拠だ。

「でも今は聡次郎さんのそばにいても緊張しないし怖くないよ」

「梨香……それって……」

「強引なのもなし。ワガママなのもなし。何事もちゃんと相談してくれますか?」

「うん。ちゃんとする。大事にする」

「お願いしますね」

そう言った瞬間、聡次郎さんの腕が私を強く抱きしめた。

「好きだよ梨香」

耳元で囁く聡次郎さんの声が私への溢れる想いを伝える。

「うん。私も……」

聡次郎さんが特別で大事ですよ。

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