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第百五話 持久戦

 焔が顔を上げた瞬間、サイモン、リンリン、コーネリアの三人は息を飲んだ。遠くから見るのと、実際に対峙するのとでは、その質が全然違っていた。目だけじゃない。身にまとっている雰囲気全てがまるで別人だった。焔はいつも冷静を装っているふりをしているが、実際のところけっこうバレバレな部分が多々ある。真の無表情であることが少ないのだ。だからこそ、三人の目には、今目の前に立っている男が別人に映った。

 冷めた目で三人の姿をジトっと見やる。遠くで見た時は、いつものやる気のない目に見えた。だが、全く違う。表情は同じなのだが、見ているものが違う。三人のことを見ているように見えて、実際は何も見ていない、何も考えていないような、そんな目。そして、威圧感がケタ違いに跳ね上がった。

 今までためらいなく攻撃していたリンリン、サイモンの二人が尻込みしてしまうほどに。

「空気が変わったわね」

「ああ、にしても変わりすぎでしょ」

「これがあの時ソラちゃんと戦った時に見せた焔の本気……」

「……二人とも注意して攻めるわよ!」

「ああ!」

「わかったネ!」

 コーネリアの呼びかけに二人は緊張しながらも、少し笑顔を見せて答える。

「……終焔モード」

 独り言のように焔を見ながら呟くハクに対し、聞いたことのないフレーズに興味を持ったのか、茜音が追及する。

「しゅうえんモード……というのは? さっき焔を見ながら言ったように見えたんですけど?」

「ああ、聞かれてたか。そうだね、焔と一緒の班になるんだから知っといた方がいいか。ちょっと待ってね」

 ハクはシンの方へと顔を向ける。

「シン、茜音に……」

 そこまで言いかけ、ハクは一度しゃべるのを止めた。シンは焔の姿を捉えたまま、少し上の空になっていたからだ。あまり見せない表情に疑問を抱きつつも、ハクはシンの肩を軽く叩いた。すると、ようやくシンは反応を示す。

「ん? 何か用かな?」

「茜音から終焔モードの説明を求められてね」

「ああ、なるほどね。これから同じ班になるんだから、知っといた方がいいか。ソラ! 君もおいで。今から焔の話をするから」

「わかった」

 シンはソラと茜音が揃ったことを確認すると、焔の3つのモードについて話した。


 ―――「……なるほど。つまり集中力に3つの違いがあって、今入っている終焔モードって言うのが、最も集中力が高まった状態。つまり、最も感覚が研ぎ澄まされ、どんな攻撃をも防ぐことが出来る状態……ということですか?」

「うん。ざっくり言えばそんな感じかな」

「なるほど……ゾーンとは違うんですか?」

「ゾーンか……ま、今はそう捉えと貰って構わないかな」

「そう……ですか」

 茜音はシンの言った『今は』という言葉に少し引っかかるが、特に言及することはなかった。

「終焔モード……改めて説明されると、とんでもない能力だね」

「そうですね。弱点なんてあるのかな……」

「あるよ」

 ハクの言葉になんとなく呟いた茜音。その言葉にシンはすぐに反応した。

「え!? あるんですか!? それは一体……」

「ま、おいおい話してあげるよ。それより今はあっちだ」

 シンはそう言い残し、焔たちの戦いへと目を向けた。そこでは、35班が集まり、何やら作戦会議のようなものをしていた。

「さて、息巻いたはいいものの、どうやってあの難攻不落の要塞を切り崩そうか……」

 最初にサイモンが話を切り出す。

「皆で一斉に攻めたらいいネ!」

「それは無理よ、リンリンちゃん。三人で攻めるにしても、まだお互いのことを知らなさすぎる。うまく連携して、攻撃を繋がないと焔は倒せないと思う。それに、互いに息の合った攻撃をせずに、でたらめで攻めてたら、こっち側に隙ができてしまう。すると、焔に反撃をもらってしまう可能性もある」

「な、なるほどネ」

「じゃあ、コーネリアちゃんならどう攻める?」

「そうね……取り敢えず、私とリンリンちゃんで攻め入る。そして、次にあんたが私とリンリンちゃんの体力が回復するまで粘る……その繰り返しってところかしら」

「おいおい、さっき連携はどうどかって言ってたじゃないか!?」

「それは三人で攻める場合ね。あんたが長い棒ブンブン回してたら、私たちは戦いづらいのよ。その点、リンリンちゃんは素手だから、2人で戦ってもそこまでお互い邪魔にはならない」

「なるほどネ!」

「つまりは、僕は君たちが疲れてくるタイミングを見計らって、攻撃に参加すればいいということだね。焔に持久戦か……これは骨が折れそうだ」

 サイモンはこれからの戦いのことを考え、大きなため息をつく。

「そう……焔の得意分野で完全にねじ伏せる……!」

 コーネリアが作戦の真意を力強く言葉にした。その決意にリンリン、サイモンの二人は力強く頷き応える。三人はほぼ同時に焔に目線を向ける。焔は先ほどと同様にその場に突っ立っていた。三人の姿を見据えたまま。

「私は素早い攻撃で焔に攻撃する隙を与えない! リンリンちゃんは蹴り主体でドンドン焔に攻撃を!」

「了解ネ!」

「サイモンは私たちの攻撃を見て、適宜攻撃に参加! その後、一人で焔に対応! 休む隙を与えないで!」

「合点招致!」

「……さあ、行くわよ」

 そう言って、コーネリアは静かに剣を鞘から取り出した。

 コーネリアとリンリンは無言でうなずくと、一歩だけ前に出る。すると、その場でゆっくりとジャンプを始める。攻撃をするタイミングを計っているのだ。次第に二人の距離が開いていく。

 リンリン、コーネリアはゆったりとジャンプしながら、焔を中心とする円の外周をなぞるようにして距離を取っていく。自身を囲うようにして距離を取る二人に焔は剣を中段に構え、少し前傾姿勢を取る。その間、焔は目だけを左右に動かし、二人の動きに留意する。

 そして、次の瞬間だった。

 二人はタイミングを合わせたわけでもないのに、ほぼ同時に着地を終えると、真っすぐに焔の元へと加速する。焔ほどの加速力はないが、十分に速かった。焔は近づいてくる二人に慌てる様子はなく、定位置で待ち構える。

 先に自身の間合いへと焔を捉えたのはコーネリアだった。焔から見て、右側から攻め入るコーネリア。そのまま加速を止めることなく、力強く切っ先をあばら向かって突き刺した。だが、


 カーン!


 焔はコーネリアの切っ先に対し、刃の側面で素早く防御した。顔はほぼ正面を向いていたのにも関わらずに。

(この男……!? 視界の隅で私を捉えただけでここまでのことを把握できるの!?)

 コーネリアが驚いたのも束の間だった。焔は刃を傾け、コーネリアの剣をずらす。いまだ、衝撃が全て吸収されきっていなかったのと、コーネリアがまだ自身の加速する勢いを止め切れずにいたことで、そのまま焔の真正面へと飛び出してしまう。

(まずい……!)

 流石のコーネリアもここまでのことは予想できていなかったのか、かなりの隙が生まれた。その隙を逃すわけもなく、焔は素早く剣を振りかぶる。そして、コーネリアも崩れながらも何とか剣で攻撃を受け止める準備をした瞬間。

「ほわちゃーッ!!」

 リンリンがわざとらしく大声を出しながら、焔に向かって蹴りを入れる。勢いそのままに飛び跳ね、焔の顔面向かって思いっきり蹴り技を繰り出す。だが、動作が大きく、大きな声を出したことで焔に警戒されてしまったため、頭を下げることで簡単に避けられてしまった。

 そんなことはリンリンも分かり切っていた。その真意を即座にくみ取ったコーネリアはすぐに動く。

 コーネリアは防御に回した剣をすぐに攻撃へと転化する。下を向いた焔に対し、見上げるような形でコーネリアは下から自身の得物を突き上げる。今度は最も避けることが難しい身体真正面、心臓部に鋭く切っ先を突き刺した。

 だが、焔は切っ先が当たる寸前で体を横にスライドさせ、コーネリアの攻撃を凌ぐ。コーネリアもこのことを見越していたのか、すぐに追いかけ、乱打戦へ持ち込む。

 
 キンキンキンキンキンキンッ!!


 激しい金属音が鳴り響く。コーネリアは素早い突きと斬撃で焔に攻撃させる隙を与えない。焔もこの包囲網を突破して攻撃することは困難なのか、刃でコーネリアの攻撃を弾き続ける。

「ハイヤッ!!」

 その間にすかさずリンリンが後ろから蹴り技を入れる。しかし、気配を悟ったのか、攻撃が当たる前に焔は素早く横に移動し、二人の姿を捉える形で対峙する。

 それからも焔を休ませたくなかったのか、コーネリアは攻撃を続ける。リンリンもコーネリア、焔の二人の動きを見ながら、ドンドン蹴り技を繰り出していく。

 それから約1分間、二人は休むことなく攻撃を続けたが、それでも焔を撃ち下すことが出来なかった。

(くッ……!! 本当に全部の攻撃が止められる! どんな反射神経してんのよ!?)

(コーネリアちゃんと一緒に攻めてるのにさっきよりも攻撃が避けられている気がするのは冗談だよネ……)

 攻め続けるも全くと言っていいほど光明が差さない中、二人にも疲れが見え始めた時だった。

「ハッ!!」

 サイモンが二人の間を割って、攻撃へと参加する。

(ナイスタイミング! サイモン!)

(グッドネ! サイモン君!)

 コーネリア、リンリンの二人は一度戦線離脱し、体力回復に専念する。肩で息をしながら休憩する二人から、焔がとんでもない持久力と防御力を持っていることは目に見えてわかった。

 サイモンは攻めではなく、守り主体の戦い方で何とか時間を稼ごうと粘る。先ほどとは異なるスタイル。最初から守りに入ったサイモンはかなり硬かった。終焔モードの焔であっても先ほどのように攻め崩すことはできなかった。だが、それも時間の問題だ。次第に均衡は破れつつあった。

「面白いねー、まさか持久戦なんてね」

 戦いを遠くから眺めていたシンがおもむろにしゃべりだす。

「そうだね。でも、チームで焔に立ち向かうなら、この戦い方が今は一番理想的なんじゃないかな? それぞれの役割を持ってしっかり戦えてる。中々良いチームじゃないか。だが、焔の反射力、集中力、そして体力があんなにも人間離れしているとはね……単純火力だけをみれば、あの三人の方が強いと思ってたけど……これはどうなるか分からなくなってきたね」

「いやー……それなんだよねー。終焔モードはまだ一人相手にしか使ったことはなかったから、三人で叩かれれば、ボロでも出ると思ってたんだけど……これは思ったより長くなりそうだ」

 弟子の思わぬ成長に嬉しい顔を見せるシンだったが、一瞬だけ歯切れの悪い表情を浮かべるのであった。

 その表情をハクは見逃さなかった。

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