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お茶会

 その日の朝は、珍しく少し時間に余裕があった。
 一国の王としての務めは忙しくとも、それでも家族との時間を大切にしていた王は、王妃や王子、王女達の中で時間のある者達を誘い、家族水入らずで朝のお茶を楽しんでいた。
 まぁ家族水入らずとはいえ、集うのは王族である。王城の一室とはいえ流石に最低限の護衛は必要ということで、王の古い友であり将軍を務めている男と、その側近数名。それと近衛からも数名を警護として配置していた。
「はぁ。何だか久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしている気がするよ」
 最近は国の発展が著しく、首都だけではなく周囲の町村からも大量に報告書や陳情書が届いているうえに、地下迷宮の探索や森の探索などの結果報告も頻繁に届いている。
 特に地下迷宮からの報告が多く、現在の攻略状況から地下迷宮から持ってきた素材の一覧に、攻略している者達の負傷状況など。地下迷宮の攻略は国家事業の一環なので、攻略中に死亡した者の家族には些少だが見舞金の支払いがなされる。もっとも、これはある程度の功績を遺した者に限られているが。
 とにかく、忙しいのだ。周囲に地下迷宮の数が増えたのは前王の時代からではあるが、数が増えてから地下迷宮に関わった年月で言えば、今代の王の方が長い。
「地下迷宮の攻略に周辺の探索に開拓。必要なこととはいえ、日々進展がありますからね」
 王の呟きに、王妃が労わるように言葉を掛ける。王妃や王子、王女達も王の執務を手伝ってはいるが、明らかに人手不足なので、その中心たる王が疲れないはずがない。
 それに王もいい歳なので体調の心配もある。それを言えば王妃もなのだが、王の忙しさはそんなことにさえ思い至らないほどに大変なのだ。
「ああ。おかげで国の発展が著しい。少し見ないだけで別の国になったような気分になるからな」
 地下迷宮から産出される品々はどれも高品質で、更にはこの辺りでは採れないような物も多い。中には本や設計図などの知識が落ちていることもあるので、国の発展に地下迷宮は大事な要素となっていた。
「それだけに、地下迷宮を殺すのを止めてはどうかという者が出てきたのは嘆かわしいが」
 数多の富を産出する地下迷宮だが、地下迷宮によって産出物に傾向というか偏りがあった。それに攻略難易度もまちまちなので、簡単な地下迷宮やより富を生むと判断された地下迷宮を残そうとする者が現れるのもおかしなことではない。
 しかし、この国では近くに攻略不可能なまでに成長した地下迷宮が存在しているだけに、地下迷宮を放置しておくことの愚かさもまた理解していた。
「地下迷宮が育つと中から魔物が溢れてくる。そう神より教えられたと伝承には残っていますが、しかしそれが起こったことが未だに無いというのもその原因なのでしょう」
 そう言ったのは、王の近くで警護している将軍であった。古強者という雰囲気を醸す者だが王とは古き友で、王へ直接意見することを許されている数少ない存在。
「そうだな。だから実際のところは知らないが、あれはれい様が抑えてくださっているが故、という話だっただろう。実際、あの地下大迷宮から魔物が溢れてくれば、この国などひとたまりもないだろうさ」
「それは……はい」
 地下大迷宮。そう呼ばれる近くの地下迷宮は育ち過ぎたために、一層の難度が他の地下迷宮の十層と同等とまで呼ばれるほどに攻略難度が圧倒的に高い。
 そんな場所から魔物が溢れてくるとなると、浅層の魔物だけでも大惨事となろう。それをれいが抑えているというのは事実であった。実際、もしもれいが抑えていなければ、既にこの場所に人の姿はなく、森も広範囲で地下迷宮の魔物の支配下となっていただろう。
 しかし、そんな話は知っていても、それが事実かどうかを知る者は少ない。
「それは主座教の方便だという者まで現れた時は流石に呆れたぞ」
 この国がまだ一つの町だった頃。その頃にはれいも僅かにだが表から干渉していたものの、その後は地下迷宮を抑えたりと人知れず干渉する程度で、後はこっそりと監視するだけで長いこと放置していた。なので、主座教の在るこの国にもれいの存在を疑問視する者も多少は存在している。
 主座教は国教にまでなっているのであまり声高には叫ばれないが、まれに姿を見せるネメシスやエイビスと違い、れいは名前だけの神とも陰で囁かれているほど。勿論、これも表立っては語られないが。
 だが、そんなことを囁く者達は知らない。それに関してれいがどうでもいいと捨て置き、排除しようとする管理補佐達を止めているからこそ無事なのだということを。ある意味最もれいの守護を受けているのが、れいの存在を否定している者達というのも皮肉なものであった。
「確かに魔物が地下迷宮から溢れたという実例は在りませんが、それは地下迷宮と地下大迷宮に潜ったことの無い者達の妄言ですな」
「私は地下大迷宮の方は潜ったことは無いが、そこまで違うものなのか?」
 将軍の言葉に、王は興味深げに尋ねる。この国の王は始祖と呼ばれる、国の前身である町を最初に治めた男に倣い、ある程度戦う力を身に着けることになっている。
 その一環として、最低でも一度は魔物と戦うことになっているのだが、地下迷宮の数が増えてから王になった今代の王からは、それを地下迷宮の浅層で行うようになっていた。
 なので現王は、一度だけだが地下迷宮に潜ったことがある。何を隠そう、その時に王と同行して戦った一人が現在将軍を務めている男だったりする。
「地下迷宮と地下大迷宮は全くの別物です」
 将軍のその言葉は実感が籠っていて、静かなれど非常に重かった。
「地下大迷宮に一歩足を踏み入れるだけで、そこに満ちるあまりにも濃密な力に吐き気がするほどですから」
 その時のことを思い出したのか、将軍は一瞬だけ小さく震える。将軍はこの国でも指折りの実力者だし、その部下も非常に強くて優秀だ。しかし、そんな将軍達でも地下大迷宮は三層までしか潜れなかった。出てくる魔物が強いというのもあるが、それよりも。
「あそこは人が生きられる場所ではありません」
 地下三層。通常の地下迷宮であれば新人が潜るような階層だが、地下大迷宮の三層は、そこに居るだけで肉体的にも精神的にも蝕まれていくような場所であった。地下大迷宮の一層は地下迷宮十層というのは、あくまでも魔物の強さの目安に過ぎない。
「しかしそんな場所だというのに、一歩外に出れば嘘のようにそんな感覚が無くなるのです。あんな濃密なモノが地下大迷宮と外の境だからと留まるはずもない。現に地下迷宮の場合は、微量とはいえ外まで中の魔力が漏れていますから」
 だからこそ、地下大迷宮の入り口には何らかの力が働いているというのは間違いないだろう。と、将軍は口にする。その説明が主座教の主神の力だと言われれば、納得も出来るというものなのだとか。
「あんな強大な力を長年抑え込める力を持つ者というのは、如何ほどに強力な存在なのか」
 最後にそう付け加えた将軍の言葉は、何故だか王の耳に残った。
 それからは仕事のことは忘れて、王一家は楽しく語らった。子や孫の成長もだし、最近の料理の話やファッションの話まで、話題は尽きることなく多岐に渡っていく。
 そして、時間としてはまだもう少しあるというところで、場の空気が一変する。
「ッ!!」
 それはまるで世界が時を止めたかのような、そんな変化であった。そんな中で。
「………………団らん中のところ申し訳ありません」
 冷たさすら感じるほどに平坦ながらも、それでいて一瞬で心奪われそうな美しさを秘めた声音が、静寂が支配する場に響いた。

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