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挨拶に来た

 和樹さんにプロポーズされた翌日の朝、ご飯を一緒に食べながら、父に都合のいい日はいつか聞いた。

「なんでそんなことを聞くんだ? まさか……子どもが……」
「え? 違うよ! えっと、その……和樹さんにプロポーズ、されました」
「なんだ、子どもかと思ったが、違うのか。乙幡一尉のことだから、とっくにプロポーズしていると思ってたぞ?」
「へ!? いやいや、そんな早くされてないよ? されたのだって、昨日だもん」

 見た目はしっかりちゃっかりしてそうなのに、案外ヘタレだなと言った父に、つい苦笑してしまう。
 私はヘタレだと思ったことはないんだけど、父からすれば普段の和樹さんを見ているからなのか、そんな感想を持ったみたい。

「ああ、都合のいい日だったな。今度の日曜はどうだろう? 時間がなければ、平日の夜でも構わないが」
「その日は私も休みだから、あとで聞いておくね」

 そんな話をして、父は先に家を出た。私はもう少しあとでも大丈夫だったから、食器を洗って伏せておく。それから戸締りなどの確認をして家を出た。
 歩きながらつい指輪を見てしまう。本当にプロポーズされたんだなあ……と思うと、嬉しくなる。
 ゲートをくぐり、食堂まで歩く。

「紫音、おはよう」
「おはよう、紫音」
「おはようございます」

 すぐに声をかけられて振り向けば、和樹さんと兄がいた。兄には和樹さんに兄弟だと伝えたことを言ってあるので、食堂以外ではしーちゃん呼びをやめていた。

「プロポーズされたんだって?」
「ぶっ……! いきなりなに? お兄ちゃん」
「いいじゃないか、ずっと気になってたし。やっと言ったな、乙幡」
「……」

 周りに聞こえないよう、小さな声で話す兄と、照れたように笑う和樹さん。珍しい笑顔だ~、なんてつい見つめてしまったら、兄に生温い視線をもらってしまった。

「あ、そうだ。和樹さん、父からの伝言で、今度の日曜はどうかって言ってました。時間がなければ平日でもいいとも言ってましたよ?」
「そうか……。うん、日曜に伺わせてもらうって伝えてくれるか? 時間はまたあとでメールするから」
「はい」
「お、ご挨拶ってやつか?」
「ああ」

 緊張する……と呟いた和樹さんに、兄はニヤニヤと笑っている。そして父の好きな和菓子を教え、お土産にすればいいとアドバイスをしていた。

「お兄ちゃん、嘘じゃないでしょうね? 嘘だったら二度と口聞かないんだから」
「ひどいなあ、紫音は。嘘じゃないから安心してくれ、乙幡」
「岡崎が嘘を言うとは思わんけどな。ただ、嘘だったら俺も口聞かない」
「おいおい……信用がねえな。まあ、行けばわかるだろ」

 私と和樹さんの口撃? に兄は苦笑しつつ、大丈夫だと話していた。
 そして日々チヌークの観察をし、目敏い田中さんと大山さんに指輪のことをからかわれつつ仕事をこなし、約束の日曜日が来る。一度送ってもらったけど、案内してほしいと和樹さんに言われたので、いつもの場所で待ち合わせをした。

「おはよう、紫音」
「おはようございます」

 もう負けっぱなしだから気にしないことにして、和樹さんと連れ立って歩く。

「例の和菓子は手に入ったんですか?」
「ああ。他にもいろいろ詰め合わせてもらったから、たぶん大丈夫だろ」
「ですね」

 二人で手を繋いで歩く。私はケーキが食べたいからと寄ってもらい、いくつか購入してから帰った。

「いらっしゃい、乙幡一尉」
「はっ! おはようございます、司令」
「お父さん、和樹さんも……。仕事中じゃないんだから……」
「ああ、すまん、つい」

 父の顔を見た途端に背筋を伸ばして敬礼した和樹さんと、それを見て敬礼した父に呆れつつ、和樹さんに席を勧める。つまらないものですがと、和樹さんがお菓子を渡していた。
 それを預かり、私がいない間に話をしててとお願いし、お茶を淹れ、渡されたお菓子と一緒に出す。

「お、最中か、しかもぎゅうひ入りの」
「はい」
「ここのあんこはくどくない甘さだから、好きなんだ」
「そうですか……それはよかったです」

 兄の情報は正しかったと胸を撫で下ろす。和樹さんもそう思ったみたいで、小さく安堵の溜息をついていた。

「で、話があるということだったが、どうした?」
「ありきたりな言い方で申し訳ないのですが……紫音と結婚したいんです。先日、プロポーズもしました」
「ふむ……」
「俺は一尉ですが、今のところ移動もほとんどありません。それに、紫音が司令の娘さんだと知らなかった。だから、そういう気持ちもありません」

 父の探るような視線に、和樹さんは真っ直ぐ見つめ返す。

「コネで上に行くつもりはないと?」
「ありません。俺は純粋に紫音に惹かれましたから。それは今も変わっていません。それに、コネで上に行けるほど、甘いところだと思っていませんしね」
「確かにな。だが、勉強はしているんだろう?」
「してはいますが、別に上を目指そうと思って勉強しているわけじゃありませんよ? 必要だと感じたからしているだけですし、実際それは役立っていると思っています」

 和樹さんの真剣な言葉に、父が目元を和らげた。こういった表情をするってことは、和樹さんを認めているってことだ。

「俺は紫音を離すつもりはありません。ずっと一緒にいたいと思っています。だからこそ、付き合い始めてまだ一年未満ですが、紫音にプロポーズをしました。そういうわけですので、紫音を俺にください」
「わ、私も和樹さんと一緒にいたいです。お父さん、和樹さんと結婚することを許してください」
「……」

 私も自分の気持ちを伝えて、和樹さんと一緒に頭を下げた。父はずっと腕を組んで考えている。
 ちらりと父の顔を見ると、口元がひくひくと動いていた。

「ぶっ、くくっ……」
「司令……?」
「お、お父さん……」

 いきなり笑いだした父に、二人して頭を上げ、唖然としながら見つめる。笑う要素なんてあったっけ?

「すまん。俺は乙幡一尉を誤解していたんだ。確かにヘタレな部分は見受けられるが、それは紫音にだけのようだしな」
「は……、あ、いえ、その……」
「きみの真摯な態度と言葉は受け取った。結婚も許そう。ただし、一年は婚約期間としなさい。それならば許そう」
「あっ、ありがとうございます!」

 父の言葉に、和樹さんが勢いよく頭を下げる。ダメって言われるかと思っていたけど、そんなことはなかった。それがとても嬉しい。
 そのあとは普通に家族として接した父と和樹さん。和やかに話をして、お昼ご飯も一緒に食べた。
 途中で仕事の話になって焦ったけど、私が聞いても大丈夫な話題だったようで、ちょっと安心した。といっても、何を言っているのか、私にはさっぱりわからなかったんだけどね。
 こういう時、自衛官じゃないのがちょっと悔しい。

 夜までゆっくりして、ご飯も食べて行った和樹さん。駅まで送ると言ったんだけど、和樹さんにも父にもダメだと言われてしまったので、諦めた。
 しょうがないので、マンションの入口まで行く。

「あー……緊張した。あ、紫音、今度は俺の家に挨拶に行こう」
「はい」

 誰もいないのをいいことに、マンションの入口でキスをする和樹さん。離れるのは名残惜しかったけど、手を振って見送った。

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