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プロポーズ

 九月も終わりに近づき、私の契約期間もあと二ヶ月となった。そろそろ次の仕事先を探さないといけない時期に来てしまっている。
 一年だけって言われているから、延長はないと思ってる。あっても年末までとか、年度末までとかね。

「どうしようかなあ……」

 休みの日にハローワークに行って探したり、フリーペーパーをもらって来たり新聞に入っている募集チラシを見たりしているけど、ピンとくるものがない。

「紫音、何を唸っているんだ?」
「あ、お父さん、お帰りなさい。そろそろバイトの契約が切れる時期だから、次の仕事を探そうかな、って思って探し始めたんだけど、ピンとくるものがなくて」
「ふうん……?」

 父が帰って来たからと見ていたフリーペーパーを片付け、晩ご飯の支度を始める。ポテトサラダはできているからそれを冷蔵庫から出し、パスタを茹で始める。
 4分で茹で上がるやつだし、ミートソースも作ってあるから、パスタが茹で上がるのを待つだけだ。お湯も、父がいつ帰ってきてもいいように一回沸かしてあるしね。
 着替えてくると言った父を見送り、沸騰した鍋にパスタを入れてかき混ぜる。その間にお皿を用意したり、ソースを温めなおしたりしているうちに茹で上がり、お湯を切ってからオリーブオイルをまぶし、それをお皿に盛る。
 そこにソースをかけて父の前においてから、自分も用意する。そして粉チーズをかけ、いただきますをして食べ始めた。

「次の仕事をどうするか、どんな仕事にするのか決めているのかい?」
「うーん、特にこれといって決めてないの。とりあえず、週に一回はハローワークに行って、見てこようとは思ってるんだ」
「まあ、そうだね。それは紫音がゆっくり考えればいいだろう」
「そうする。もしかしたら、しばらく無職になるかもだけど……」
「それは構わない。任せておきなさい」

 にっこり笑った父に、頷く。
 焦って探して、すぐに辞める羽目になるような仕事を探したくはない。社員じゃなくても、とりあえずバイトでもいいからじっくり探そうと決め、ご飯を食べ終えた。

 そして仕事に関しては何の進展もないまま十月に入り、再び兄と和樹さんが食堂のお手伝いにやってきた。今回は一ヶ月間だけやるんだそうだ。

「いつも交代でやってるんですか?」
「ああ。糧食班は常に人手が足りないからな。まあ、中には懲罰でやらされている人間もいるが、そんなのは稀だし」
「へえ……」

 私と兄が食器を洗い、和樹さんがうしろで大きなお鍋――寸胴っていったっけ? それらやおたまなどを洗いながら、三人でそんな話をする。
 誰が懲罰を受けているのかっていう話はしてくれなかったけど、そんなこともあるんだなあ……なんて思いながら洗いものをする。夜だからそれほど人がいるわけじゃないけど、それでも瞬間的な忙しさは昼間と変わらない。
 寸胴を洗い終わったのか、和樹さんはそのまま奥に引っ込んでしまった。そして人が途切れたタイミングで、兄が「うしろの食器を片付けてくるな」と言って移動したのでそれに頷き、洗った食器をどんどんコンベアーに乗せて行った。

「この仕事も、早くなったよね」

 小さな声でそんなことを呟き、ごしごしと洗っていく。最初のころは慣れなくて腰や背中が痛くなっていたけど、最近は前ほど痛くないし、食器を洗うスピードも速くなったと思う。
 それもあと二ヶ月かあ……。そう思うと、なんだか寂しい。
 まあ、こればっかりはしょうがないよね。

 そんなこんなであっという間に九月も終わって十月になり、十月半ばの、お休みの日。今日は和樹さんとデートだ。
 午前中に映画を見に行って食事をし、和樹さんの家に来てまったり過ごしていた。夜は二人で食事を作って食べる予定なのです。

「紫音」
「なんですか?」

 ソファーに座って紅茶を飲んでいたら、和樹さんが突然立ち上がり、別の部屋に行ったかと思うと後ろ手に何かを持ってまた私の側に座る。

「付き合い始めてまだ一年たっていないが……結婚、しないか?」
「え……?」

 目の前に差し出されたのは、ビロードで濃紺の箱に入ったもの。開けてって言われて蓋を開けると、中に入っていたのは、シンプルで小さな石が付いていた指輪だった。
 しかも、和樹さん曰くダイヤモンドの指輪。

「俺は紫音を離す気はないし、ずっと一緒にいたい。だから、結婚しよう」
「……っ」

 指輪の箱を持ったままだった私の手を両手で握り、真剣な目でそう言ってくれた和樹さん。

 嬉しかった。
 まさか、こんなに早くプロポーズされるとは思ってなかった。
 返事をしたいんだけど、胸がいっぱいで、声にならない。

「わ、私で、いいの……? お料理は得意じゃないし、お掃除だって……」
「そんなの、いつもみたいに一緒にやったり分担してやればいいじゃないか。それに俺は、紫音はちゃんとできると思ってる。作ってくれる飯だって美味かったしな。だから自信を持てって」
「あ……」

 ご飯を作った時、和樹さんはちゃんと美味しいって嬉しそうに言ってくれたし、笑顔で食べてくれていた。
 それを思い出したら、つい涙が零れ落ちてしまう。
 それを優しくぬぐってくれる、和樹さん。

「だから、結婚しよう。一緒に頑張っていこう」
「うん……っ」

 一緒に頑張っていこうって言ってくれたことが嬉しかった。それに、こんなにも大好きに――愛する人に出会えるなんて、思っていなかった。それが嬉しい。

 箱から指輪を出した和樹さんが、左薬指に嵌めてくれる。

「仕事してても邪魔にならない大きさを選んだから、大きいわけじゃないが……」
「じゅ、充分です! 嬉しいです……っ」
「ああ、もう、ほら。泣くなって」
「う、嬉しすぎて、止まら……、ん……」

 嬉しすぎて、次から次へと流れ出てくる涙。いくらタオルハンカチで拭っても止まらなくて……。そんな私に苦笑しつつも、和樹さんがキスをする。

「嬉しいって言ってくれて、俺も嬉しいよ」
「和樹さん……」
「今日も、ナマで抱いていいか?」
「……はい」

 涙が止まるまで抱きしめ、キスをしてくれた和樹さん。涙が止まったと思ったら、また聞いてきてくれた。
 二人で抱き合って、お互いに愛を囁きあって……激しくて素敵な時間はあっという間に終わりを告げた。
 二人で晩ご飯の用意をし、食べる。

「あ、そうだ。紫音、今度の休みに司令に挨拶に行くよ。だから、司令の休みを教えてくれ」
「え……あ、はい。今はちょっとわからないので、聞いたらメールしますね」
「ああ。助かる」

 紫音からOKをもらったとはいえ、そこはきちんと挨拶をしておきたいと言った和樹さんに、私も挨拶に行きたいと言うと、嬉しそうに頷いてくれた。
 そしてご飯を食べ終わり、まったりしてから帰るつもりでいたのに、また和樹さんにベッドに連れて行かれた。

「え……あの、和樹、さん……?」
「ごめんな、紫音。今日は嬉しすぎて、ちょっと我慢できない」
「へ……?」

 あっという間に裸にされて愛撫されてしまえば、身体は疼いてくるし熱くなってくるし……。

 まるで、今まで我慢してました! と謂わんばかりな和樹さんに翻弄される。なんだかんだとそれでも終わらないその行為に、ずっと翻弄されっぱなし。
 開放された時はあちこち痛くて、疲れ果ててしまった。

 むー、和樹さんの体力には敵わないのにぃ……と若干遠い目をして一緒にお風呂に入り、着替えると駅まで送ってくれた和樹さん。

「今日はいつもより遅くなったから、家まで送っていく」
「え、でも、和樹さんだって明日早いのに……」
「それくらい平気さ。危ないし、心配だから」

 遠慮するなと言ってくれた和樹さんの言葉に甘え、マンションまで送ってくれた。そしてまた明日と言葉を交わし、中に入る。
 まだ見送ってくれた和樹さんに手を振り、エレベーターに乗り込んだ。

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