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「……このまま、夏祭りまで参加していったら?」

 逃げるように私は実家に戻ってきていた。
 庭先の縁側に座って、空を眺める。
 夏は終ろうとしているのに、蝉は泣き続けていた。
 母から麦茶の入ったコップを貰って、ごくごくと飲み干す。

「夏祭りか……」

 夏祭り。
 あの人に会った夏祭り。

「マコ!」

 田舎の、特に近所の人は勝手に家に入ってきたりする。多分勝手じゃないと思うけど、連絡をしていなかったのに、ヨシコが目を吊り上げて家に上がってきた。

「戻って来てるくせに連絡しないってどういうこと?大体、なんで何も話さないの!」
「ごめん……」

 ヨシコにしこたま怒られて、私は会社で起きたことを白状する。

「鍵山部長ねぇ。まあ、疑われたのは悔しいよね。でもさあ」
「でも?なによ?」

 女子社員からの虐めについては一緒に怒ってくれたのに、鍵山さんに関してはちょっと違った反応だった。

「ねぇ。マコ。鍵山さんのこと好き?」
「……答えたくない」
「それ、答えてるから」

 ヨシコは弾けるように笑うと縁側から立ち上がった。

「今度の夏祭りは凄いから、マコ。絶対参加しなさいね。あの時みたいに私の店で待ってるから」
「ヨシコ?」
「あれ、ヨシコちゃん。もう帰るんかい?もうちょっとゆっくりしたら?」
「また来ますよ。おばさん」

止める母を振り切って、ヨシコはなぜか上機嫌で帰っていった。


 1週間後、夏祭りの日がやってきた。
 前日、ヨシコがやってきて、明日はこれを着る様にと浴衣一式を置いていった。それは、14年前に私が着た浴衣ととても似ている柄だった。

「ヨシコちゃんも面白いことするねぇ。まあ、あんときは大変だったからね。マコ。あんときみたいに変な道に入り込むんじゃないよ」
「わかってるわよ」

 14年前、田舎の町で起きた事件。被害者は私だけだったけど、田舎ではありえないことだった。
 時代は変わって最近はもっと危なくなっている。
 金銭目的で悪いことを働く人がいるかもしれないし。
 時間に余裕をもって家を出て、久々の祭りの風景を楽しむ。
 天気もあの時と一緒。晴れているわけじゃないけど、雲の隙間から星が瞬いている。風はそよそよと気持ちよくて、屋台の売り子の威勢の良い声、賑やかな子供たちの声。まるであの時に戻ったようだ。

「あそこは……」

 目を凝らして建物の間の小さな道を見る。あの場所から私は連れていかれた。そうして……。
 風景がぐにゃりと揺れたような気がした。目を瞬かせてもう一度見るとそこには、あの人がいた。
 気が付いたら下駄をつけたまま、走り出していた。カランコロンと音を立てて、駆け寄る。

 その人は私を見ると、驚いたように目を開いた。

「……これは……」

 声を漏らしたのは、あの人で、そして鍵山さんだった。
 無精ひげに、大きな口に、二重瞼の目。眉毛はお父さんみたいにゲジゲジじゃなくて、整えられていて……。
 Tシャツにジーンズ。

「仲嶋さん。君は妹でもいるのか?同じ浴衣だし、顔も似ているし、妹だよな?」
「……鍵山さん。信じられない話を聞いてくれませんか?」

 私の探していたあの人は、間違いなく鍵山さんだった。




「まずは、謝らせてほしい。疑って悪かった。あの後、社内での君に対する虐めについても調査した。気づかなくて本当にすまない」

 14年前に私が梶山さんそっくりの人に助けてもらったことを話した後、しばらく黙っていた彼は最初にそう切り出し頭を下げた。

「やめてください。今は、もういいですから」

 悔しくて悲しい気持ちはなくなったわけじゃないけれども、それよりも私はあの人が鍵山さんだとわかって嬉しかった。
 でもきっと彼は信じていないんだろうな。
 そのことよりも最初に会社でのことを謝ったし、きっと彼は私の話を信じていない。
 彼が助けた少女が、14年前の私だと。

「……会社で君を最初に見た時、君が浮かべた表情の謎が解けたよ。初対面なのに感慨深い目で見られて、正直驚いたから」
「そ、そんな顔してましたか?」

 信じてくれたんだ。
 あの子が私って。

「君はもしかして、あの時から私のことが好きだったのか?」
「……はい」

 そんなこと聞かなくてもいいのに。
 今更嘘をついても仕方ないので、私は俯きながら返事する。

「嬉しいよ。ありがとう。君がここにいるって聞いて、慌ててきてしまった。だから、こんな風体で。なのに……」

 ゆっくりと艶のある声で彼は語る。

「私は38歳だ。君とは12歳も違う。しかもバツイチ。浮気されて出て行かれるような男だ。だから、向けられる好意が眩しかった。でも君が辞めて、私はやっと気が付いたんだ」

 心臓の音がバクバクとしていて、きっと音が漏れているんじゃないかと思うくらいだった。

「小さい君にも会えてうれしかった。まさかこんな奇跡なようなことが起きるなんて。仲嶋さん、私は君が好きだ。これからも会ってくれないか?」
「……はい」

 絶対に顔が真っ赤だと思う。熱が出たみたいに頬が火照っているのを感じた。

「ありがとう」

 彼の返事と共に、ひゅーと花火が上がった。
 音に釣られて夜空を見上げると、夜空を輝く花が彩る。
 花火なんて久々だったので思わず見惚れてしまい、影が重なるのに気が付かなかった。
驚いて鍵山さんを見る。
 彼はその二重瞼の瞳を細め笑った。
無精ヒゲがくすぐったくて私も一緒に笑った。



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