バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

想いを伝える

 公園には誰もいなかった。二〇年前くらいまでは、子供が野球、サッカーなどで楽しんでいたといわれるものの、現在は面影すらなかった。

 近年はボール遊びに対する世間の目は厳しい。都心部ではほぼ100パーセントの公園で、野球、サッカーなどを禁止している。住民の生活を守る一方で、子供の自由に遊ぶ権利は奪われてしまった。

 ボール遊びの禁止化に拍車をかけたのは、オートバイの死亡事故と思われる。80代の男性はボールを避けようとして転倒し、最終的に亡くなってしまった。死亡事故のリスクを限りなくゼロに近づけるため、人の多い地域ではボール遊びを禁止せざるを得なくなった。対策せずに命を落とした場合、責任問題に発展しかねない。

 由良里は座れるところを探しているようだった。忠彦はベンチの方向を指差すと、二本の足を動かした。一休みできる場所を見つけたからか、身体を預けていたとは思えない軽快なリズムでそちらに向かっていた。体内にエネルギーは残されていることを知り、おおいに安心した。

 由良里はゆっくりとベンチに腰掛ける前に、大きく背伸びをしていた。

「身体を動かすととっても気持ちいいですね」

 先ほどまで動いているのではなく、背中に身体を寄せていただけだった。由良里はほとんど足を動かしていない。

 由良里はベンチにゆったりと腰掛ける。座る場所を得たことで精神的に楽になったのか、別人のようにイキイキとしていた。

「楽しいひとときを過ごせて、とってもハッピーです」 

 忠彦はゆったりとしている女性に、胸の内に秘めていた率直な思いを打ち明ける。由良里も好意を持っていると思われるので、勝算は充分にある。

「由良里さんのことが好きです。交際していただけませんか」

 卒業まで待てばいいのだろうけど、そうはいっていられなかった。彼女を誰かに取られると思うと、感情は大いに乱れる。

 由良里は告白されるのを待ちわびていたのか、二つの手を胸の前で絡めていた。

「私も忠彦さんに恋愛感情を持っています」

 由良里も好きという想いを持っている。両想いなので告白は成功したと思っていると、話は予想しない方向に進んでいった。

「お互いが二年後も同じ気持ちだったら交際しましょう。忠彦さんは学生なので、アルバイトに集中してほしいです。私のことにかまっていたら、大学を卒業できなくなってしまいます」

 一〇年後なら他の女性に切り替えるけど、二年くらいなら全く問題はない。大学卒業後には、一流企業に就職して支えられる立場になりたい。

 未来の構想を描こうとしていると、由良里から強烈な言葉を浴びせられた。

「アルバイトを優先された事実は、鮮明に記憶に残っています。負の記憶を消さない限り、交際対象とみなすのは難しいでしょう。信頼については99パーセント飛んでいってしまいました」

 由良里は口にしてこなかったものの、アルバイトを優先した男を見限ろうとしている。二年後も同じ気持ちだったら交際しようと言葉を濁したのは、答えを導き出しているからなのかもしれない。

「適当な理由をつけて、すっぽかしている可能性もゼロとはいいきれません。私のことはどうでもよくて、他の女性を大切にしているのかなと不安に包まれます」

 デートをドタキャンすれば、彼女の評価を大きく下げる。由良里も例外ではなかったようだ。

 由良里はこちらの最も恐れている展開を、あっさりと口にする。待ち合わせの約束を破った怒りは相当なレベルに達している。

「他の男性から声をかけられたとします。私のことを大切にしてくれると感じたら、そちらに心を持っていかれると思います」

 お金のない学生は恋愛をしてはいけないのか。忠彦は冷たい現実に打ちのめされそうになった。

 由良里は下を向いている男を、さりげなくフォローしてきた。

「私はもうちょっとだけ、一緒にいようかなと思っています。体調不良であっても対等に接するところを高く評価しています」

 由良里の容態なら、面倒だと考える男性は少なくないと思われる。忠彦もタフな女性と親しくなりたいと考えたことはなくはない。

「忠彦さん、隣に座りましょう」

 ベンチは二人でギリギリ座れるのかといった長さしかない。隣に座れば、身体を密着させることになる。

 由良里に確認を取ろうかなと思ったけど、こういうときは素直に座っておいたがほうが心象はいい。質問をすると、由良里の機嫌を損ねかねない。

 忠彦が隣に腰かけたのを知ると、体重をこちらに傾けてきた。好きな異性とぴたりと化さなかったことで、心臓は暴れだしてしまった。 

 癒しのひとときを過ごせるかなと思っていると、忠彦の携帯電話が鳴らされた。アルバイト先からではなく、同僚の女の子からだった。由良里と二人きりで過ごしているときは、店長以上にかかってきてほしくない相手といえる。由良里に声を訊かれると、誤解を生みかねない。

 同僚の女の子と親しいわけではないものの、アルバイトでどうしてもシフトに入れない場合を想定して、連絡交換をした。人間を人間としてみていない店長にシフトの交代を頼まれるよりも、モチベーションをキープしやすい。

 由良里の前なので取りたくないものの、仕事の用件とあっては無視するわけにはいかない。忠彦はしぶしぶ電話を取ることにした。

「もしもし」

 相手はこちらの事情を知らないためか、大きな声を発していた。隣に腰かけている女性に届いていてもおかしくない。

「北条さん、こんにちは」

「白糸さん、用件は何かな」

 仕事の話をするものと思っていると、白糸詩織は全く異なる方向の話をした。

「いつもは職場だけのやり取りだけど、たまには二人で会いたいな。アルバイトを代わってもらっていることへの恩返しをしたいの」

 よりにもよってこのタイミングで持ち掛けなくてもいいのに。由良里の疑惑を深めかえないではないか。

 すぐに切断してしまいたいけど、敵に回すのは得策とはいえない。白糸は代理を頼みやすく、体調不良になったときに無理をいって代わってもらった。大学在籍中はいろいろと利用価値のあ
る女性なので、形式上は良好な関係を保っておきたい。

 白糸は興奮しているのか、声はどんどん大きくなっていく。由良里はもたれかかっている状態なので、確実に届いていると思われる。

 電話は五分ほどで終わると、スマートフォンを鞄にしまった。声は届いていたのか、ぐったりとした女性は電話の相手について質問を飛ばしてきた。

「ガールブレンドからの電話ですか」

 女性からの連絡を否定するのは難しくとも、職場の同僚であることだけははっきりさせようと思った。由良里に安心させたかった。

「アルバイトの同僚からだよ。シフトを交代するときだけ、連絡を入れるようにしているんだけど、今日は別件でかかってきたんだ」

 白糸と接点はほとんどない。アルバイトにしても、過去に数回くらいしか一緒に勤務していない。それゆえ、顔すらほとんど認知していない状態なのである。

「先ほどの連絡から察するに、忠彦さんに恋愛感情を持っているように感じました」

 まともに接してもいないのに、好きになるなんてありえないのではなかろうか。由良里の考えすぎのような気がした。

「由良里さんの考えすぎではないでしょうか」

 電話内の声で判断したのか、由良里は明らかに機嫌を損ねていた。ドタキャンしているうえに、別の異性と親しくしているとあっては酌量の余地はないということか。

「気分が悪くなったので、本日は帰らせていただきます。次回になったら大丈夫だと思うので、同じ時間でお願いします」

 由良里は冷たい視線をこちらに向けていた。心の中で裏切り者、と伝えようとしているのがひしひしと伝わってきた。

しおり