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いやしのひととき

 由良里と会えるのは二週間に一回くらいだった。残りの半分はアルバイトのシフトと被ってしまい、約束を当日にドタキャンする羽目になった。

 当日ドタキャンの回数は多く、既に四回を数えていた。由良里には悪いと思いつつも、アルバイトを優先している。学費を賄うためにどうしても必要なのである。

 約束違反の常習犯であるにもかかわらず、由良里は愛想をつかすことはなかった。指定された時刻になると必ずやってくる。忠彦が現れるのかどうかもわからないのに、粘り強く足を運んでくれる寛容さに、感動すら覚えるようになった。99パーセント以上の女性は、約束を守れない男を見捨てていくと思われる。

 過去に交際していた女性を思い出す。あのときもアルバイトによって、待ち合わせを当日にドタキャンしていた。約束を守ろうとは思っていたものの、店長は他人の都合などおかまいなしに電話をかけてきた。自分の店を回していくための従業員を確保することしか頭にない最低の男といえる。大学時代のお金を稼ぐためなら付き合うけど、社会人となったら一度も会いたくないタイプだ。

 彼女に一度目、二度目は必死に謝り倒して、どうにかこうにか許してもらえた。忠彦の心の中では、ドタキャンしても問題ないのかという勝手な思い込みが芽生え始めていた。

 三度目も大丈夫かなと思っていた矢先だった。女性はデートではなく、アルバイトを優先する
男性に、完全に愛想をつかしてしまった。

 忠彦の謝罪はもう通じなかった。彼女は別れるときに、「アルバイトと結婚すればいいんじゃない」という皮肉めいた言葉を残していなくなった。

 金の亡者と誤解されるのは、人間性を否定されたに等しかった。デートを純粋に楽しみたいという思いを一ミリも伝えられなかったのは残念でならない。

 元カノはアルバイトをしなくても大学に通える立場だったためか、価値観に大きな相違が生まれてしまっていた。彼女にお金に追われているものの気持ちは理解できなかった。

 最初の彼女にこっぴどく振られたあとはアルバイト専念のために、女性との交流を断ち切ることにした。アルバイトの勤務先を変えない限り、彼女を作ったとしても破局を繰り返すだけだ。
女性との交際を封印していた矢先に、由良里と出会った。一瞬だけ悩んだものの、最終的に声を
かけることにした。彼女と親しくなりたい思いを捨てきれなかった。

 ナンパに奇跡的に成功し、交友関係を始められたのはいいものの、大きな課題を残すこととなってしまった。アルバイトとの両立をどうするのかを解決しなければならない。前回のように、ドタキャンを繰り返せば、常識のある女性は別れを選択する。

 由良里は携帯電話を持っておらず、連絡を取るための方法はなかった。忠彦は悩みに悩んで、当日に来られないこともあると伝えた。アルバイトの都合によって、交友関係を切られるのを覚悟のうえだった。そうなったときはしょうがないと割り切るつもりで、彼女と進むしかない。

 由良里は約束の三分前にやってきた。余裕を持ってくることはないものの、約束はきっちりと守る。

 忠彦は近場にある公園に案内しようかと思った。体力もさほど消耗しないし、伝えたいこともあった。

「公園に行きませんか」

「いいですよ」

 由良里の掌が肩の上に乗せられる。忠彦は突然の温もりに、胸をドキドキさせてしまった。

「すみません。立ち眩みしてしまいました」

 体調不良は今日に限ったことではない。何らかの持病を抱えているのかな。社会人になったら、彼女の病気を治すのをサポートしたい。

 忠彦の胸の中にある不安を払拭するためか、由良里は体調不良の理由をさりげなく伝えてきた。 

「昨日は一時間しか睡眠を取っていません。忠彦さんと会えるのを楽しみにするあまり、なかなか寝付けませんでした」

 自分への想いの強さに感嘆とする。ここまで思ってくれた女性と出会ったことはない。

 一時間しか睡眠を取っていないからか、由良里の身体は一トンの物体を運ぼうとしているかのように重たかった。

「身体を預けてもいいですか」

 確認も取らないうちに、背中に身体を預けてきた。全身のぬくもりを感じたことで、暴走機関車さながらに心臓は暴れていた。人目につかない場所なら、強姦を働いてもおかしくなかった。

 前回とは異なる香水の匂いがする。由良里は今回のために、新たなタイプをチョイスしてきたのかもしれない。髪を一時間もかけて揃える、香水を色々変えるなど気合の入れようは尋常ではない。

 由良里の吐息が耳にかけられた。忠彦の感動のあまり、全身を躍動させていた。

「とっても幸せな気分です」

 由良里の声は耳に届いていなかった。忠彦は幸せのあまり、自分の世界に入り浸っていた。 

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