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「うしろにつけ」マントのアポピス類は落ち着いた声で言った。「どこからとんできてもいいように」
「おう」別のマントのアポピス類がうなずく。「まかせとけ。はじきとばしてやる」
 私は消えたキャビッチをそのまま手のひらの中でにぎりこみ、その手をうしろに回し、箒ごと体をしずめながらサイドスローで投げた。
「くるぞ」アポピス類がさけぶ。
 そのうしろのアポピス類がうしろ向きに盾をかまえる。
 けれどキャビッチは、前からもうしろからもこなかった。
 私の投げたキャビッチは、うしろにいたアポピス類のかまえた盾の中、そいつのすぐ目の前から“きた”のだ。

 ごつっ

 くぐもった音がした。
 そのアポピス類は何もいわず、盾をかまえたまま下に落ちていき、がしゃんっと地面の上に盾を取り落としてたおれた。
「よしっ」ユエホワがこぶしを握りしめる。
「なにっ」もう一人のアポピス類が驚いてうしろをふり向いたとき、私の投げたキャビッチは引きつづきその顔面をも直撃したらしく、またごつっ、と音がして、そいつも地面に落ちてたおれこんだ。
「うわ」ユエホワが目をまるくする。「二人攻めかよ」
「なにそれ?」私は顔を横に向けてきいた。
「いや」ユエホワは私を見た。「お前のばあちゃんもやってただろ、七人攻め」
「そうだっけ」私は上を見上げた。地母神界でやってたやつ?
「くるぞ」ユエホワはまたさけんだ。
「わっ」私は大急ぎで次のキャビッチをとり出した。
 箒がぎゅんっと動き、私のいたところにキャビッチが飛んできた。
 あまりスピードは速くないけれど、箒がよけてくれなかったら確実にくらっていた。
「こうやってなげるんだー」元子どものアポピス類の声がした。
 見ると彼らは、私のスローのまねをして、キャビッチを持った手を背中のうしろに回し、ぎこちないけれどサイドスローで、投げてきていた。
 私たちに向かって。
「こうかー」
「むずかしー」
「えーい」
「あいたー」けれど彼らはまだなれていないので、私たちに当たるよりも味方同士でぶつけ合ってしまう方が多かった。
「こいつらの体」ユエホワがつぶやく。「どれだけキャビッチを中に持ってんだ?」
「ああ」私もそのときはじめて気づいた。本当だ。
 まさか、無限にキャビッチを取り出せる体なのかな?
 あのフュロワ神の力を受けたために、半分アポピス類で半分畑、みたいな体になったんだろうか?
 体の色も、金色だし。
「おい、お前ら」ユエホワが呼びかける。「地母神界に帰って、悪いやつをつかまえる仕事しろよ」
「えー」元子どもたちは全員、キャビッチスローをやめてユエホワの方を見た。「なにそれー」
「あっ、いい考え!」私は思わず手をぽんっとたたいた。「そうだよ。悪さしてるやつにキャビッチ投げてつかまえて、裁きの陣につれてくんだよ」
「そうそう。みんなからほめられるし、感謝されるし、英雄になれるぞ」ユエホワがうなずく。
「かっこいいっていわれるよ」私もつけたす。「ファンとかできるかもよ」
「ほんとー?」元子どもたちは全員、笑顔になった。
「よし、じゃあこれから全員、地母神界の聖堂に行って、ラギリス神にそう報告するんだ。あとキャビッチスローの練習もしとけよ」
「はーい」
「わかったー」
「すげー」
「かっこいいってー」
「いひひー」元子どもたちはすごく素直に(ユエホワの赤い目はどこか半分あきれたように彼らを見ていたけれど)、全員その場をはなれていった。
「ふう」ユエホワが大きく息をつく。「これでなんとか片づ――」

「ゼアム」

 そのとき、どこからかアポピス類のさけび声がした。
 私たちははっと顔を上げ、私は反射的にキャビッチを構えた。
「ディガム」続けてさけぶ声がする。
「くっ」ユエホワがかたまる。
 あと一人、残っていたんだ。
 私はすばやくまわりを見回すが、どこにもその姿は見えない。
 また光使いたちが協力しているのか?
 私はキャビッチを上に持ち上げる。
 私の体は動く。
 ディガムとやらが効いているのはユエホワだけだ。
 でも、私にピトゥイを使えるのか?
 それにさっき、ゼアムという声もした。あれは、魔法を使えなくするやつだ。
 私は今、魔法を封じられているのか?
 闘えるのか?
 投げてみればわかるのか――でもどこに向けて?
 なぜか私の目は、かたまって苦しそうな顔をしているユエホワを見た。
 そのとき、ぎゅんっと箒がすばやく動いた。
 私のいたところには、何も飛んできていない。アポピス類の魔力攻撃だろう。
 また、ぎゅんっと動く。
「くそっ」アポピス類のくやしがる声。
 あ。
 私はツィックル箒を見下ろした。
 これ――そうだ。
 あたかも箒が自分の意志で移動しているように、つい思ってしまいがちだけれど。
 いや、それはたしかにそうなんだけど。
 箒は、自分の“力”では、動けない。飛べない。
 私の魔力をエネルギーにして飛ぶのだ。
 つまり今、ぎゅんっと動けるということは――私の魔法は、封じられていない。
「おお」私は父のように感動の声をあげた。
 思わずユエホワを見る。
 あいかわらずかたまって苦しそうにしているけれど、その目がわずかに、私になにかをしろと言いたそうにしているのがわかった。
 でも彼は動けない。
 動けるようにしてやるには――ピトゥイだ。
 薬はユエホワが持っている。
 ぎゅんっと箒がまたよける。
 どうしよう。
 どうしよう。
 どうしよう。
 そうだ投げよう。
 私はぐるりと大きく、ユエホワの回りを飛びながらそう思った。
 やりやすいやり方で。
 得意なやり方で。
 これだ!
「ピトゥイ」叫びながら、ユエホワの背中に向かって投げる。
 私の手からはなれた瞬間、キャビッチは消えた。
「おお」直後にユエホワも、私の父のように感動の声をあげた。「効いた」自分の手を持ち上げて見ながら言い、私の方にふりむく。「どうやったんだ?」
「投げた」私は正直に答えた。
 ユエホワは息をのんで目をみひらいた。「いーっ、いや、マハドゥかけてくれ」急いで私に手まねきをして言う。
「マハドゥーラファドゥー」私は大急ぎでさけびながらキャビッチを取り出す。
「ディガム」アポピス類の声もする。
「クァスキルヌゥヤ」負けずに完唱する。
「ようし」ユエホワの声がする。ということは、ディガムははじかれたんだ。
 あとはアポピス類の姿を見えるようにすればいい。
「キャビッチくれ」ユエホワがさけぶ。
 投げてわたすとすばやく薬をかける。「これで最後だ」たしかにそのひと振りで、おじさんの瓶はからっぽになった。「ピトゥイ」さけぶ。
「リューイ」私もさけぶ。一人だけなら、やっぱりこっちだ。一メートル。
 アポピス類は私からみて右うしろの方に姿をあらわした。
 ふりむいて構えなおしていては間に合わない。
「ツィックル」私はさけぶと箒の上に立ち上がり、そこからぴょんっと上に飛び上がった。
 私の箒はたちまちぐるぐるぐるっと回転しはじめ、ばしっと巨大化キャビッチをたたきとばし、それは猛烈ないきおいでアポピス類をふっ飛ばした。
 私はもちろん地面に向けて落ちていったけど、なにも心配していなかった。
 だって。
 ふわっ、とやわらかい感触に包まれる。
「あっぶね」ユエホワが、金色の翼で私を受け止めてくれていた。「けど、さっすが」
「あれ?」私は目をまるくした。「ユエホワ?」
「なに」
「いや、てっきり箒が」そこまで言ったとき、
「うわーっ」と言いながらユエホワが遠くへふっ飛ばされた。
 私は再び落ちていきそうになったけど、こんどはツィックル箒が私をきちんと受け止めてくれた。
「ありがとう」お礼を言う。
「ひでえなその箒っ」ユエホワが遠くから文句をいう。「なんで俺まで攻撃すんだよっ」
 そう、私の箒は、ムートゥー類鬼魔が私をつかまえたんだと判断して、急降下してきてそいつ(つまりユエホワ)を排除してくれたわけだ。
 まあ私も下に落ちながら、箒がすぐに私を受け止めに来てくれると思っていた――まさか鬼魔に助けられるとは思っていなかった。
「ごめん」私はとりあえずユエホワにあやまった。「ありがと」お礼も。
 ムートゥー類は眉をひょいっと上げただけで、とくになにも言わなかった。

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