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2回目の顔合わせ

 初回の約束をすっぽかしてしまった。会社から約束の一〇分前に連絡を入れられ、出社を命じられた。

 従業員をロボットに思っているからこそ、こういうことを平然と行える。並の神経なら臨時のピンチヒッターを頼んだりはしない。

 一時五〇分に指定された場所につくと、由良里はいなかった。初回の約束を反故にしたことで、大きなマイナス評価を与えてしまった。

 約束の時間に一分、また一分と近づいていく。由良里は一向に姿を見せない。忠彦はもう会えないのではないかと考えると、いてもたってもいられなくなった。

 由良里は指定された時刻の二分前にやってきた。約束をきっちりと守ったことに、安堵で包まれていた。

「こんにちは」

 由良里も安心感に包まれたのか、そっと胸を撫で下ろしていた。

「いきなりのすっぽかしですか。女性との約束よりもアルバイトを大事にしているんですね」

 苦学生ゆえに、アルバイトの資金源は必須。大学を卒業できるかはここに限っているといっても過言ではない。

「ごめんなさい。大学に通うためにどうしても必要なんです」

 由良里の瞳に陰りが見られた。忠彦は余計な一言を発してしまったのかと、不安に包まれた。

「せっかく会えたのですから、二人の時間を過ごしましょう」

 由良里は急いでやってきたのか、息を切らしていた。

「全力でかけつけたので、ちょっとだけ疲れてしまいました」

 ちょっとにはとても見えなかった。1キロ以上は全力疾走したのではないかというくらい、ゼエゼエといっていた。

 由良里は手提げカバンから白いタオルを取り出すと、滴る汗を丁寧に拭っていた。好意を持っているからか、仕草にドキッとしてしまった。

 汗を拭い終えると、お茶で水分補給を行っていた。カフェでは水、アイスクリームに手をつけ
なかったので、飲食しているところを見るのは初めてとなる。

 由良里は100ミリリットルくらいのお茶を飲むと、鞄にしまっていた。間接キスできれば、どんなにいいかなと想像してしまうあたり、彼女にメロメロになっているのを察した。

「今日はカフェに行きませんか。のんびりとしたところで過ごしたいです」

 喫茶店の次はカフェ。似たようなところばかりではつまらないので、忠彦は頭の中で素早く処理をする。アイスクリーム店はどうかなと思い、由良里に提案することにした。

「歩いて二〇分くらいのところに、おいしいアイスクリームを売っている店があります。そこでゆっくりとしませんか」

 女性は甘いものには目がない。品質のいいアイスクリーム店を紹介すれば、評価はうんとアップするはずだ。

 由良里から帰ってきた返事は期待していたものとは、明らかに乖離していた。

「個人的な事情で時間をあまり取れないので、近くにしていただけますか」

 彼女の方にも予定が入っているのかな。残念だなと思いつつも、スケジュールに合わせることにした。ドタキャンしたにもかかわらず、こうやって会えていることを前向きにとらえなければならない。二度と会えない確率は決して低くなかった。

「わかりました。喫茶店に行きましょう」

 由良里は鞄につけている、キーホルダーについて話を持ち出した。

「子猫のキーホルダーを買いました。可愛いでしょう」

 キーホルダーに興味を持っていないものの、話を合わせることにした。共通話題を作っていくことは、親しくなるうえで最短距離となりやすい。

「はい。とっても可愛いです」

 本心を悟られないかなと思っていたけど、隣にいる女性はきっちりと見抜いていた。

「キーホルダーにはあまり興味ないみたいですね。男性ですからしょうがないですね」

 男性の定番といえば野球。この話さえしておけば、大外れすることはない。

 由良里はどれくらい野球に興味を持っているのかを探るために、探りを入れることにした。喰いついてくれば続けて話をすればいいし、芳しくない場合についてはさっさと切り上げるようにする。

「川田さんは野球に興味はありますか」

 由良里の反応は芳しいものではなかった。興味のある、ないははっきりと別れる分野だけにしょうがない。女性の一部には野球の「や」の字すら理解していない場合もある。

 スポーツ全般はダメかなと思っていると、由良里は思いもよらない競技を口にした。

「ラグビーならちょっとだけ興味を持っています。日本代表が予選トーナメントを突破した感動は鮮明に覚えています」

 並いる強豪をから次々と勝利をおさめ、グループトップでグループステージを突破にした。ベスト8では敗れたものの、日本中は感動の渦に包まれた。

 由良里は他の競技について触れた。

「ワールドカップを必ず見ているからか、サッカーも少しくらいなら知っています」

 野球は知らないものの、サッカー、ラグビーなどには少しだけ興味を持っている。女性にとって野球は無縁な世界なのかもしれない。

「忠彦さんはサッカー、ラグビーなどに興味をお持ちですか」

 野球一筋であるため、他のスポーツには興味はほとんどない。ワールドカップの本戦であっても、テレビをつけることはなかった。

 話を合わせようとするも、知識を持ち合わせていない。嘘をつくと心象を損ねかねないので、正直に伝えることにした。

「サッカー、ラグビーなどはわかりません」

 由良里は二つの競技について触れるつもりはなかったのか、表情一つ変えることはなかった。

「忠彦さんと共通の趣味はあるのでしょうか」

 恋人ではないにもかかわらず、下の名前で呼ぶとは思わなかった。小学校時代はよくやっていたものの、高校生くらいからは名前で異性を呼ぶ機会は極端に減った。男女間における境界線をきっちりと引くようになった。

「私のことは由良里と呼んでください」

 忠彦が想像していたよりも、距離は近いとみなしていいのかな。一カ月後、二カ月後には彼女と交際しているかもしれない。

「由良里さんはファッションにこだわっていますか」

 女性は流行のファッションを追いかけるイメージがある。彼女も当てはまっているのだろうか。

「服、化粧はそれほどではないものの、髪の毛に対しては高校時代までこだわっていました。ボブショート、ウエーブをかける、耳元を出してみるなどといった方法を試しました」

 由良里の現在はストレートだ。くしで丁寧に溶かれているのか、髪の毛の一本一本が不自然なまでに整えられている。自然を生かすのではなく、人工的な要素を取り入れている。

「今日は気合を入れるために、一時間かけて髪の毛を整えてきました。久しぶりに茶色に染めたりもしています」

 一時間も髪の毛を整えるのは女性ならでは。男性の大半は髪の毛をいじることはしない。

 前回にあったときと比較すると、髪の毛の色は茶色がかっている。黒のコンセプトを残しながらも、茶色の良さも演出している。

 由良里の髪の毛に触れたいなと思ったものの、行動に移さないことにした。二回目の顔合わせなので、なれなれしい行動は慎むようにしたい。

 鼻孔は前回とは異なる匂いをかぎ取っていた

「由良里さん、香水をつけてきたんですか」

 香水の話をされたのがよっぽど嬉しいのか、由良里は抑揚のない声を発した。これまでは大人しかっただけに、別の一面を見たように感じた。

「はい。自分を引き立たせてくれるものをチョイスしました」

 髪の毛、香水といい気合を入れているのは確実だ。忠彦は自分のためにここまでやってくれると思うと、胸はジーンとなった。毛虫のように扱われることはあっても、大切にされたことはなかった。

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