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第百話 師の技

「そう言えば、焔ってあのー……死神さん? に教わってたんだよね?」

 廊下を歩いている茜音は隣を歩いていた焔に話を振る。

「ああ、シンさんのことね」

「そう! あまりにも死神の印象がでかすぎて、名前が出てこなかった」

「アハハ、そりゃ仕方ねえわ。まあ確かにシンさんには一応教わってたことになるけど、そんな大層なことは別に教えてもらわなかったな。主に実践形式の組手がほとんどだったから、忍術やら、体術、剣術とかはそんな時間かけて習わなかったな」

「あー、そう言えば才能が全然ないとか言ってたしね」

「そこは蒸し返すなよ。いやー、自分では良い線いってると思ったんだけど……わかんねえもんだな」

「アハハ……てことは、焔って今までにシン教官としか戦ったことないの?」

「まあ、基本的には……そうなるかな。ま、他にはレッドアイとか……ああ、そう言えば茜音って空手してたんだったよな? だったら、堂林虎牙って知ってる?」

「堂林虎牙……確か、中学時代に結構その名前は聞いてたかな。木島鉄平と張り合うことが出来る超強いやつがいたって」

「へー、やっぱ結構強かったのか」

 そう呟く焔に、まさかと思った茜音。

「え? もしかしてその堂林虎牙って人とも戦ったの?」

「んー、まあなんか成り行きで」

「アハハ、なんやかんや焔ってけっこう実戦経験あるのね」

「いやいや、茜音と比べたら本当に数える程度しかねえよ。あとは……レオさんに一回もんでもらった程度かな」


 ピクリ……


 その言葉に先導していたリンリンが急停止する。そして、一瞬で身をひるがえし焔の元へダッシュする。

「それ! 本当カ!?」

 物凄い勢いで詰め寄ってくるリンリンに、焔は圧倒され、一歩また一歩と後ろに下がる。

「え!? なんすか急に?」

「焔! レオ教官と戦ったことあるってさっき言ったヨ! それ本当カ!?」

「あ、ああそういうことね。あるけど、一回だけなら」

「おおー!」

 焔の言葉に感嘆の息をもらすリンリン。そして、しばらくすると、神妙な面持ちに代わり、声を潜めながら、

「ど、どう? 強かったカ?」

 どうやら、リンリンはこれから指導を受けるであろうレオが一体どんな人なのか知っておきたいのか、一度戦ったことのある焔にレオの情報を引き出そうとする。だが、この質問でとんでもない返しが来たらどうしようかというためらいが、その声色から覗える。

「ああ、そりゃ強いわな。あの見た目だぜ。強いに決まってるじゃん」

「ああ、そうだよネ」

 元気なく言葉を返すリンリン。その様子に苦笑いを浮かべる一同。

「じゃあさ、そのレオ教官ってシン教官よりも強かったの?」

 茜音が純粋な疑問をぶつける。だが、その質問に焔は頭を悩ませる。

「んー……レオさんと戦ったのは一回だけだったからなー。んー……どっちが強かったとかはあんまりわかんねえな」

「やっぱり一回じゃわかんないか」

「ただ、まあ明らかにシンさんとは別物の強さだったな」

「それって、どういうことネ?」

 焔は目的地に向かいながら、シンとレオのそれぞれの強さについて語る。

「シンさんって忍者というだけあって、本当にめちゃめちゃ多彩な技で攻めてくんのよ。皆にもわかるように言うと……ソラの攻撃を更に速くして、更にいじらしくした感じが大体シンさん」

「あー……なるほど。それはやばいわね」

 皆もソラとの戦いは見ていたので、シンの異様さは容易に想像することが出来た。

「ん? ソラ弱いってこと?」

 焔の話を聞いたソラは自分のことが弱いと思ったのか、少し心配した面持ちで焔に顔を向ける。

「いやいや、ソラは十分すこぶる強いって」

「良かった」

 ご満悦に笑うソラ。そして、その様子を見届けた焔は話を続けた。

「んで、シンさんはものすごい巧みな技術で相手を圧倒するみたいな感じの、そういう複雑な強さなんだけど、レオさんは……なんていうんだろうな……あれだな、全ての攻撃が一撃必殺……そんな感じの人だったな」

「全ての攻撃が一撃必殺? どういうことネ?」

「そのまんまの意味だよ。レオさんって、シンさんと比べると、だいぶ攻撃のレパートリーというか、複雑さはあんましないんだよ。その分、ありえないぐらいの速さと破壊力っつう強さの根源みたいな人で、それも全ての攻撃が本当に全部渾身の一撃なんじゃないかってぐらいの破壊力なんだわ」

「へー、レオ教官は力で押し切るタイプってわけね」

 焔の話から茜音はレオのスタイルを推測する。だが、その結論に焔は待ったをかける。

「いや、別にそう言うわけじゃないんだよ。確かに、筋骨隆々でいかにもそういうタイプだと俺も最初は思ったんだけど、実際に対峙して見たら、滅茶苦茶洗練されてんのよ。立ち方、足運び、どれをとっても物凄く丁寧で、パンチ、キックもただ力任せにしてるんじゃなくて、全てにしっかりと芯が通った物凄く重い一撃なんだわ」

「そう言えば、レオ教官はあらゆる武術を学んで、オリジナルの武術を編み出したって総督が言ってたネ」

「ああ、だとしたらマジでとんでもない武術だぜ、あれは。地面殴った時、拳めり込んでたし、防御した腕とかけっこうヒビ入ってたからな」

「お、おお、それはヤバいネ……」

 その言葉を聞いたリンリンは更に顔が真っ青になり、焔も最後の一言は余計だったかなと、少し後悔した。そこで、気分を変えるべくサイモンがある話題を振る。

「あ、ああ! そう言えば、シン教官は多彩な技で攻めてくるとか言ってたけど、やはり忍びとだけあって、ミステリアスな技なのか? レンジよ」

 わざとらしく話を振るサイモンに焔も一瞬動揺するが、すぐに乗っかることにした。

「お、おお! そうだな。流石、忍者とだけあって気持ち悪い技いっぱい持ってんのよ」

「へえ、忍者って日本人でも存在しないと思ってたから、ちょっと興味あるな。やっぱり忍術ってやつ使うの?」

「ああ、使うぜ」

「例えばどんな技使うネ?」

 リンリンの気がそれ、取り敢えず焔とサイモンは胸をなでおろす。

「そうだな……例えば、鳴瞑止酔とか。これは両肩に強い衝撃を与えることで、一時的に酔ったような状態にさせる技なんだけど、まあ仕組みとかわかってないと本当に何が起こったか分からずにその場に倒れ込んでしまうっつう技なんだわ」

「おお! それはすごい技ネ!」

「え? 本当にそんなことできるの!?」

「まあ、俺も実際にやられたしな。そんなに気になるんだったら、今度してもらったらどうだ? 対処法が分からなかったら、本当に顔から地面に落ちるぜ」

「え……遠慮しておこうかな」

「おい、レンジ!! 他には? 他にはどんなミステリアスな技があるんだ!?」

 リンリンの気を紛らわすために始めた会話だが、誰よりも熱が入ってしまったサイモン。焔も『おいおい』とは思いながらも、どこか嬉しくなり、ドンドンと喋っていく。

「そうだな……合点衝突とかもけっこう気持ち悪い技だな」

「ガテンショウトツ?」

「ああ、合点衝突な。これは相手のどこかしらの部位に鋭い掌底を当てることによって、その体表近辺に物凄い衝撃を与える技で、実際にこれ食らうと、しばらく痺れて動けなくなっちまうんだわ」

「何その反則的な技は……」

 茜音は今まで聞いたこともないようなとんでもない技に思わず笑顔が引きつる。だが、そんな茜音の反応に焔は得意顔になり、

「いや、実はこれだけじゃないんだよ。実はこの合点衝突を応用した技が後二つあんのよ」

「あ、まだあんのね」

「おお! 早く教えるネ!」

「カモン!! レンジ!! カモンカモン!!」

「あんたたちテンション上がりすぎ……もう少し静かにしなさいよ」

 リンリンとサイモンの異様なテンションの高さに一言注意を入れるコーネリアであったが、彼女もまた興味なさげに見えて実際はしっかりと話を聞いており、髪を耳にかけ、聞き耳を立てる準備をする。

「一つ目の応用技は合点衝突・穿(せん)。これは体表面に衝撃を与える合点衝突とは違って、その衝撃を一点に集中して体の外側だけじゃなく、内側までダメージを与える技なんだけど、これを腹とかに食らうと半端なく痛いし、気持ち悪くなんだわ。後、心臓とかに正確に当てることが出来たら、心臓の動きを止めることが出来るとかなんとか言ってたな」

「おお……すごいネ」

「忍び……アメイジング」

 技のすごさに面食らうリンリンとサイモン。

「で、二つ目の応用技は合点衝突・(ふう)。これは攻撃技っちゃ攻撃技なんだけど、さっきの2つみたいな感じじゃなくて、相手を吹っ飛ばすことに特化した技なんだよ」

「相手を吹っ飛ばす技?」

「そう。どういう原理かはあんましわかんねえけど、相手の腹とか腰に掌底を当てる、というか斜め上に押し込む感じで掌底を打ち込むことで、めっちゃ相手を遠くへ飛ばすっつう技。俺も何回か受けたことあるけど、軽く5メートルは飛んだな。うまく力を乗せれたら10メートルは超えるとか言ってたわ」

「おー!! それはすごいネ!」

「忍び、アメイジング!!」

「え? 焔、5メートルも飛ばされて大丈夫だったの?」

「いや、まあ地面草だったし、空中で一回転したらちゃんと足で着地できるからな」

「あ、そうよね(普通は無理だっつうの)」

 言葉では焔に同調するが、心の中では強めにツッコミを入れる茜音であった。

「その合点衝突・風ってどういう構えでやるネ?」

「そうだな……確かこんな感じだったような……」

 そう言って、焔はその場に立ち止まり、頭の中にあるイメージを見よう見まねで再現する。だが、思いの他焔の構えが面白かったのか、リンリン、サイモンの2人は大笑いする。

「アハハハ! 焔、その構えは変ヨ」

「おいおい、レンジ、へっぴり腰になってるじゃないか!」

「いやいや! マジでこんな感じだったんだよ! いや、もうちょい腰はかがめてたかな……」

 焔はブツブツ呟きながら、更に態勢を変え、何とか記憶の中のシンと結びつけようとするが、よけいひどくなり、2人の笑い声も大きくなる。コーネリアは呆れたようにため息をつき、茜音はどうして焔がシンに技の伝授をしてもらえなかったのか、その真相を垣間見て、苦笑いを浮かべる。

「こんな感じじゃなかったかな……」

 そんな騒々しいグループの元にその場にいる者の声とは違う誰かの声が焔のすぐ後ろから聞こえてきた。瞬間的に振り返った焔はその姿を見た途端、一瞬で顔が青ざめる。

「……し、シンさん」

 そこにはいつもの笑顔を張り付けたシンの姿があった。もちろん、焔が驚いたのはいつの間にか背後にシンがいたことにもあるが、実はもう一つ別の理由があった。それは今まさに焔が自分の記憶の中で模索していた構えをシンがとっていたことであった。

「合点衝突・風」

 その直後、シンは振り返った焔の腹に掌底を打ち込む。

「ヤバッ……!!」

 そう焔が呟いた次の瞬間、焔の体は浮き上がり、後方へと吹き飛ばされる。そのあまりにも突然でかつ、ありえない光景にリンリンたちは無言でただ上空を通過していく焔の姿を目で追うことしかできなかった。だが、次第に高度は下がっていき、焔と地面との間隔がドンドン迫ってきた。それなのに、いまだに体勢を立て直すことがない焔。このままでは頭から地面に激突してしまう。

「焔!!」

 思わず茜音が焔の名を叫ぶ。そして、頭から地面に激突すると思った次の瞬間、焔は頭の後ろに手を持ってきて、手を地面から跳ね飛ばすようにして、スッと立ち上がる。その動きに茜音は真顔になった。

「ふー……シンさん! いきなり何するんすか!? 天井低いからいつもとは違う受け身の取り方して、けっこう焦りましたよ!」

(そんな受け身ある?)

 口には決して出さなかったが、真顔のまま茜音はもう焔のことを心配するのは止めようと心に誓った。

「おー! 本当に10メートルは飛んだヨ!! すごいネ!」

「ヒュー……アメイジング……」

 リンリン、サイモンの2人は焔のことなんて微塵も心配する様子がなく、たださっきのとんでもない技に大はしゃぎする。そこでもまた、やはりこの人たちとは感性が違うんだと、改めて茜音は思った。

「ていうか、シンさんたちいつからそこにいたんですか? 全然気づかなかったんですけど」

 焔は手をブラブラさせ、シンたちのいる方向へ戻る道すがら、シン、そして横にいるハクに問いかける。

「いや、まあ本当はコッソリと練習場へついていく予定だったんだけど、どうも焔が俺のことをけなすような言い方するもんだから、ちょっと腹が立ってね。思わず飛び出ちゃったってわけ。ま、ソラには気付かれたけど」

「ソラ……それだったら、言ってくれればよかったのに」

「ソラには黙ってるように言っといたからね」

 そう、ソラに気づかれたシンは口元で人差し指を立て、黙ってくれるように頼んだのだった。

「うん。秘密」

 ソラもやりきったような顔で口元に人差し指を持ってくる。その様子に何も言い返せず、焔はため息を吐く。

「ていうか、何で離れてたのに俺たちの会話を……おい、お前か?」

 何かに気づいた様子の焔は自分の耳に付けている通信機を鋭く睨む。

「……テヘペロ」

「そればっかだな、おい」

「すいません。今度から気を付けますね」

「いや、お前のその言葉は信用できねえ。今度から俺が気を付けるわ」

「いえいえ、お気になさらず」

 そんな会話をAIと繰り返しながら、皆の元へ戻る焔。

「焔って、AIと仲いいのね」

「それ私も思ったヨ」

「まあ、2年間なんやかんや一緒だったからな」

「人工知能ってすごいのね」

「まあ……そうだな」

 素直にAIを誉めるみたいで、焔は一瞬だけためらった。

「さて、じゃあ行こうか」

 話が一区切りしたところで、なぜかシンが先頭を切って、廊下を進んでいく。

「え? シンさんも来るんですか?」

「当たり前じゃん」

「はー……マジかよ」

 焔は頭を掻きながらも、トボトボした足取りでシンに付いていく。皆も最初は戸惑っていたが、焔に続くようにして後をついていくのだった。

しおり