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結人と夜月の過去 ~小学校二年生⑩~




冬休み 夜月の家


結人が目覚めないまま、冬休みに突入した。 毎年この時期は、みんな両親の実家に帰省しているため年末年始は横浜にいない。 だが――――夜月だけは違った。
理玖や未来、悠斗はそれぞれの帰省場所へ向かうものの、夜月だけは今年横浜に残っている。 
その理由は特になく、今年は向こう側と上手く予定が合わず、帰るのがなしになったというだけのことだった。 
横浜に残ることには何も思わないが、理玖たちがいないとなると一人っ子の夜月にとっては当然遊べる相手なんていなく――――
「結人くん、まだ目覚めていないみたいね。 色折さんが可哀想・・・」
夜月が居間で静かに読書をしていると、テーブルの上に雑誌を広げ、それを憐れむような目で眺めながら夜月の母は小さく呟いた。
その発言を聞いて、本から少しだけ視線をずらす。 確かに母はこちらまで聞こえるような声で発したのだが、夜月はその発言に対して何も返事をすることができなかった。





病院 結人の病室


そして夜月は、また結人の病室へと一人足を運ぶ。 母から言われた先刻の言葉が重く感じ、今日もまた夜月は自ら足を向かわせた。
「・・・お前は、いつになったら目覚めるんだよ」
本当にこのまま、目覚めないのだろうか―――― 眠っている彼を見るたびに、泣いている理玖の姿が目に浮かぶ。 
結人には目覚めてほしくはないが、このままだとより理玖が苦しんでしまう。 そんな複雑な心境と――――夜月は、日々闘っていた。





翌年 公園


年が明け、今日は今年初めて理玖に会う日。 待ち合わせ場所である公園へ行くと、彼は既に夜月の到着を待っていた。
「明けましておめでとう! 夜月は、今年帰っていないんだっけ? 残念だったね」
会って早々、眩しい程の笑顔を見せてくる。 そしてこの時――――理玖は気付いた。 
帰省していたため横浜を離れてから一週間くらい経つのだが、今ここで夜月から結人の話が出ないということは、彼はまだ目覚めていないのだ――――と。
「夜月、結人のところへ行こう」
結人のことを直接聞くことに気が引けた理玖は、自ら夜月と一緒に見舞いへ行こうと促した。





病院 結人の病室


「結人・・・」
久々に訪れても何一つ変わっていない姿に、理玖は寂しそうな表情を見せる。 手を優しく握り、結人のことを見据えながら彼の目覚めをずっと待っていた。
そんな光景に同情しながらも夜月は何もすることができず、静かに立って二人を見守ることしかできなかった――――





冬休み明け 学校


長期休みが終わり、それから何日か経ったある日の学校。 年が明けても学校が始まっても結人がなおも目覚めなくても、夜月の日常は何も変わらない。
―――どうしてお前は・・・目覚めないんだよ。
休み時間生徒が各グループに分かれ楽しそうに話している中、夜月はただ一人、結人の席の前に立っていた。 だがここにいても、当然結人の姿は見えない。
確かに最初は理玖、未来、悠斗の3人がいればいいと思っていた。 それで満足だった。 理玖も結人はすぐに目覚めてくれると信じ、毎日を元気よく過ごしていた。
だけど日にちが経つにつれ、どんどん彼からは元気がなくなっていく。 
―――そんな理玖を見るのが苦しい。 
―――だから早く、理玖のためにも目覚めてくれ。
―――なのに何故・・・色折は目覚めないんだッ!

『だから今から・・・お前のことを、なかったことにしてやる』

―――ッ・・・!
そう強く思った瞬間、脳裏には結人を殴った時の光景が鮮明な映像として映し出された。 それが頭を過った途端――――夜月は急変する。
―――俺の・・・せいか。
―――俺の・・・せいなのか。
再び、脳裏には結人を殴る瞬間の映像が流れた。 それから徐々に、夜月は理性を失っていく。

―――お、俺が・・・!

―――俺が、色折を・・・。

―――色折を、ころ・・・。

―――色折を、殺し・・・。


―――俺が、色折を、殺し・・・ッ!


その瞬間、身体と心を繋ぐ一本の線が一瞬にして途切れたかのように、夜月は目の前にある結人の机を乱暴に掴み上げ力任せに放り投げた。
「ッ、何なんだよ畜生ッ!」
怒鳴り声と共に放たれた彼の机は、周りにある他の生徒の机とぶつかり合いその場に大きな音を立てて着地する。
突然の大声にクラスのみんなは当然夜月に注目し、その光景を見ながら怯えていた。 
だが夜月のイライラはすぐには治まらず、今度は結人の椅子を掴み取り大きく上へ振り上げる。
他の生徒には迷惑をかけないよう、少しは理性を保てていたため結人だけの机や椅子を選んで掴んでいたのだが、周りから見たらどう見ても急に狂い出した奇人にしか見えない。
「ん・・・? ちょッ、夜月!」
偶然夜月の教室を通りかかった理玖は、その行動を見て止めに入ろうとした。
「夜月、止めろ!」
そう言いながら教室の中で怯え固まっている生徒たちを掻き分け前へ進み、制御するため夜月の腕に思い切りしがみ付く。
「何だよ、放せッ!」
「うぅッ・・・」
自分の腕に突然違和感を感じた夜月は、反射的にその異物を放れさせようと乱暴に腕を振り回し強制的に追い払った。 
だがその瞬間突き飛ばしたモノは人だと分かり、慌てて今足元にいる人物を見る。 すると――――
「ッ・・・! 理玖! ごめん・・・大丈夫か?」
今目の前には、結人の机が投げ飛ばされた場所と同じところにいる理玖が、苦しそうに顔を歪めている光景が広がっていた。 
机は放り投げられたため変な態勢で床に着地しており、どうやら彼はその角に背中が当たり強く打ってしまったようだ。
自分の腕にしがみ付いてきたのは理玖だと悟った夜月は、申し訳なさそうな表情で手を差し伸べ、彼が手を取ってくれるのを待っていたのだが――――
理玖はこの時、気付いてしまった。 夜月の――――決定的な異変に。

「・・・」
「・・・理玖?」
「夜月、その腕・・・」
「・・・!」

手を取ろうとしたその瞬間、暴れて理玖を突き飛ばした拍子にいつも長袖を着ていた夜月の袖が偶然捲られ、そこから醜いアザが顔を出していることに気が付いた。
理玖がそのアザを見て目を丸くし何も言えなくなっていると、夜月は慌てて袖を戻し気まずそうに目をそらす。
一方彼は背中を打った痛みと耐えつつも自力でその場に立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。
「夜月・・・。 もしかして、誰かにいじめられているの?」
「・・・」
肯定も否定もしない夜月を見て、今度は感情的になり声を張り上げる。
「一体誰に! 誰にやられたんだよ!」
が――――その瞬間、理玖は一つの出来事が頭を過った。 

それは――――理玖の実の兄である琉樹が、結人をいじめていたという耳を塞ぎたくなるような事件だ。

「まさかッ・・・! 夜月も、僕の兄ちゃんにやられているの?」
「ッ・・・」
その言葉を聞くと、夜月は見られたアザのところを手で隠すように覆い、何も答えずに教室から足早に去っていく。
「夜月! どう、して・・・。 本当に、兄ちゃんなのか?」
去った後、理玖は一人そう呟いていたが――――その場にいなかった夜月には、当然知る由もないことだった。





理玖の家


これは、誰も知らない理玖と琉樹の話。 結人は目覚めなく、夜月は琉樹にいじめられていたということを知ってしまった、その日の出来事――――

「・・・おかえり、兄ちゃん」
理玖は自分の部屋へは行かず、玄関で兄の帰りを待っていた。 そしてその場に座り込み、靴を脱ぎながら琉樹は淡々とした口調で返していく。
「うん、ただいま。 こんなところで何してんだ?」
背を向けたまま、素直な疑問をそう口にした。 だが理玖は、違う話題で話しかける。
「最近兄ちゃん、帰りが遅いね」
「そうか? ちゃんと5時までには帰ってきているだろ」
「それでも遅い」
「理玖だって、毎日友達と遊んでいるだろうが」
「別に、僕は毎日じゃないし」
「そっか」
そう言ってその場に立ち上がり、理玖の横を通って居間へ向かおうとする兄。 だがその行為を止めるかのように、直球である一つのことを尋ねかける。
「兄ちゃん、今日は何をしていたの?」
「は?」

「・・・もしかして、夜月のことをいじめていた?」

「なッ・・・」

その言葉を聞いた瞬間、琉樹はその場に立ち止まり明らかに挙動不審な態度を見せた。 その反応を見た理玖は、兄の背中を睨むようにして言葉を続ける。
「その反応、やっぱり兄ちゃんなんだ」
「・・・夜月から聞いたのか?」
後ろへゆっくりと振り返り弟のことを見据えながら尋ねると、理玖は涙目になりながらもその問いに必死に答えようとした。
「聞いていないよ! 夜月からは一度も、兄ちゃんにいじめられているなんて聞かされていない。 
 それはきっと、夜月は優しいから、僕に心配をかけないためにずっと一人で抱え込んでいたんだよ! ・・・だから、夜月は何も悪くない」
「・・・」
力強く放たれた言葉を聞いて、思わず琉樹は目をそらす。 だがそんなことには構わず、更に追い打ちをかけるよう言葉を放し続けた。
「悪いのは全部、兄ちゃんの方だ。 僕の親友が夜月っていうことを知っていながらも、夜月に手を出した。 そんな兄ちゃんなんて・・・最低だよ」
「・・・理玖」
「いつか絶対、兄ちゃんに酷い仕返しをしてやる!」
相手を睨むようにして言い放った後、足早に兄の横を通り過ぎこの場から去ろうとする。
「理玖待て!」
その声により、理玖は一度立ち止まった。 だが発言する隙を与えないよう、顔だけを兄の方へ向け再び睨み付ける。 そして――――
「次にまた、僕の友達に手を出してみろ。 ・・・そしたらこんな最低な家から、出て行ってやる」
そう言って理玖は、本当にこの場から去ってしまった。 


そんな弟の背中を見ているだけで、琉樹は止めることができずにいる。 
最後に理玖が放った一言は小学生らしくまだ可愛い発言だと思われるのだが、琉樹にとってはとても重たい言葉だった。 
だって大切にしている弟が、この家から出て行ってしまうのだから――――
―――くそ、何なんだよ・・・!
―――夜月の奴、絶対に許さねぇ・・・ッ!
この場に一人取り残され、家の廊下で一人の少年をひたすら恨み続ける。
―――これでもっと、理玖からの信用を失った。
そして最後に言われた弟の言葉を思い出し、琉樹は考えた。 今再び夜月に手を出してしまうと、理玖は本当にこの家から出て行ってしまう。
弟思いの琉樹にとっては、それだけはどうしても避けたかった。 だとしたら――――
―――だとしたら今はもうできないけど、いつかこの仕返しの続きを絶対にしてやる。

―――そう・・・一生をかけて、な。

そして――――これを機に、琉樹がする夜月へのいじめは一時的になくなったのだ。


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