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怠惰への挑戦

 漂着物を集めた一角の北の森。フォレナーレとフォレナルが管理しているその森と、森の中心に聳える峻厳な雪山との境付近にそれは生息していた。
『何をされておられるのですか?』
 反響しているような独特な声を出すのは、現在ハードゥスに唯一存在している喋る魔木。
 それは特異個体なのか、喋るまでに至った魔木の中でも一際強力な個体で、一般的な管理者の創造する管理補佐程度の強さを有するほど。普通は管理者が許可しない限りはそこまで強くはなれない。
 それほどの魔木であるが、現在とても困惑していた。というのも、魔木の目の前でハードゥスの管理者であるれいがぐでっとして横になっているのだから。
 何処から持ってきたのか、丁度よさそうな大きさで表面が平らな岩の上、そこでうつ伏せになって目を瞑っていたれいは、体勢を変えて仰向けになると、空を見上げながら魔木の問いに答える。
「………………気づいてしまったのです」
『何をでしょうか?』
「私は今まで横になったことがないという事実に」
『そうなのですか?』
「はい。まぁ、座ったことさえあまり無いのですが」
『はぁ』
「それで思ったのです」
『何をでしょうか?』
「ちょっと怠けてみようかと。これも初めてですね。時間に余裕が出来るというのは素晴らしいことなのでしょう」
『そうなのですか』
「ええ。それで、同様に横になったことがないだろう貴方の前で横になってみて、感想を直接お伝えしようかと」
『確かに倒木になった覚えはありませんね』
「ええ。そして、こうして横になってみたのですが……」
『どうでしたか?』
「………………残念ながら、これの何がいいのかイマイチ分かりませんね」
『それは、れい様が休む必要がないからでは?』
「なるほど。しかし、睡眠不要なのは私と同じでも、管理者の中には睡眠を取る管理者も存在するのですよね」
『そうなのですか』
「そうなのです。それどころか、寝るのを好む管理者まで居るほどですよ。しかし、うーん………………よく分かりませんね。だらけるというのもよく分かりませんし」
 仰向けのまま空を眺めながら、れいは普段と同じ平坦な声音でそう告げる。
『楽しめるかどうかは、必要かどうかというわけではないのですね』
「そうですね………………ああいえ、完全にそうとも言い切れないかもしれません。一般的な管理者はスペックが低いので、眠るという機能が効果を発揮するのかもしれません」
『効果、ですか?』
「はい。体力や精神力の回復。ストレス解消や収集した記録の整理などですね。特に情報の整理は管理者にとっては大事なので、眠ることで雑音を気にせずそれに集中しているという可能性もあります」
 起き上がったれいは、そう持論を展開する。わざわざ調べるほどでもないので、その考えが正しいかどうかを調べたりはしないが。睡眠についてはただの思いつきでしかないのだから。
 起き上がったれいへと、魔木は器用に枝を動かして、自分が育てた実を一つ収穫して差し出す。
 その実を礼を言って受け取ったれいは、シャクリとそのまま食べる。ややねっとりとした食感なのは、実が生ってから少し時が過ぎたことにより実が熟してきた証拠だろう。その分食感は失われたが、代わりに味が濃くなった。
「やはり貴方の付ける実は美味しいですね。私はこれ以上に美味しい実を知りませんよ」
 あらゆる世界を調べれば、この実以上に美味しい実が見つかる可能性もあるのだろうが、流石にそれは無粋というやつだろう。
『お褒め頂き光栄の極みで御座います』
「毎度頂いてしまって申し訳ないですね」
『いえいえ、そんな滅相も無い。れい様に実を献上できる栄誉は私の誇りで御座います』
「そうですか? ですが、そうですね………………」
 れいは少し考えた後、魔木へとすっと手を向ける。
「確か、魔木の実は栄養を凝縮するほどに美味しくなるのでしたね」
『はい。ですので、肥沃な土地の魔木ほど良質な実を付けることでしょう』
「特殊な力、貴方の世界でも魔力と呼ばれていましたか。それもまた重要なのでしたね」
『はい。と言いましても、体内の魔力の余剰分を籠めるので、周囲の魔力の濃度はあまり関係ないのですが』
「では、お礼として貴方を今以上に生長させましょう。なに、美味しい果実を食べたいという打算も含まれていますのでお気になさらず」
 そう言うと、れいは一瞬で魔木を強化する。
「急に力を得ても持て余すでしょうから、とりあえず倍にしておきました」
 その時点で、一般的な管理者の創造する管理補佐を軽く上回っているのだが、れいは全く気にしない。なにせここにはそんな存在は居ないのだから。そして、それ以上の存在がこの森を管理しているのだから。
 もっとも、脅威的な成長速度や本体が分身体を無数に創っている関係で能力の変動が凄まじいれいの感覚は狂っているようで、いきなり能力が倍になるという異常さを多少の変動程度にしか捉えていなかった。
 とはいえ、変動は変動である。急に倍の強さになったので、魔木は力の感覚が掴めていないようだ。それを見たれいは、練習が必要だろうからと、今日のところは帰ることに決める。
「それでは、また来ますね」
 優雅な礼を見せたれいは、そのまま何処かへと消えていった。

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