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「キャビッチ」ユエホワが私の方に手をのばしてさけぶ。
 私は大急ぎで渡す。
 それを受けとると同時に薬をかけつつ「ピトゥイ」とユエホワがさけび、
「エアリイ」私もさけんで投げる。
 私のキャビッチは子どものにぎりこぶしぐらいの大きさで何十個かに分散し、また姿をあらわしたアポピス類たちに、つぎつぎにぶつかっていった。
 けれどアポピス類の盾に当たって消えるものが大半で、ダメージにはつながらなかった。
 そうかと思うとまたアポピス類はついたり消えたりしはじめ、さらにきらきらした金色のアポピス類の子どもたちが小さなキャビッチを口から飛ばして私たちにちくちくと攻撃してくる。
「おい、光使い」ユエホワが大きな声で呼びかけた。「もういいかげん、そいつらの命令にしたがうのはやめろ」
「そうだよ」私もあとにつづく。「どうしてそんなやつらのいいなりになるの。やめようよ」
「お前らの仲間のほとんどはもう、菜園界に帰ってきてるぞ」ユエホワもさらにつづける。
 ちかちかとついたり消えたりしていたアポピス類たちの姿がふいに、半分見えて半分消えている状態でとまった。
 顔が半分消えているものもいれば、腕と足が一本ずつ消えているものもいれば、首から上と腰から下だけが見えてお腹のところが消えているものもいる。
「おい」
「なにをしている」
「はやく消せ」アポピス類たちはあせったようにどなった。

「ここの世界、光が弱いからやりにくいよ」

 小さな声が聞こえた。
 私とユエホワははっとしたけれど、声の主の姿は見えなかった――それはつまり、小さな妖精の声だということだ。
 光使いの。
「そうだよ、やりにくいよ」
「めんどくさいよ」
「もうつかれたよ」
「帰りたい」
「うん、帰りたい」
「もうやめようよ」つぎつぎに、小さな声が聞こえてきた。
「きさまら、さからうとどうなるかわかってるのか」
「痛い目にあいたいのか」アポピス類たちが怒ってさけぶ。
「させない」私はさけんで、キャビッチを投げた。
 どなることに気をとられていたアポピス類の一人の顔の見えている部分に命中し、そいつは悲鳴をあげることもできないままふっとんでいった――ふっとんでいきながら、そいつの見えていない部分がつぎつぎに姿をあらわしはじめたので、光使いが彼の体から離れたのだろうことがわかった。
「ああ、そうだ」ユエホワが大きくうなずく。「もう地母神界にも立派で邪悪な裁きの陣ってもんがつくられてる。そいつらがなにをしようとも、もう妖精たちを苦しめたりなんかできっこないんだ。だからもう、そいつらにしたがう必要はない」
「ほんと?」だれかが小さな声でいう。
「本当に?」
「わあい」
「じゃあやめよう」妖精たちはつぎつぎにアポピス類から離れ、ついにやつらの姿は完全な状態でまる見えになった。
「よし」ユエホワがそういったとき、私はすでにキャビッチを巨大化させていた。ユエホワがそれにすかさず薬をふりかける。
「エアリイ」さけぶ。
 ごごん、と大きな音がひびき、直径二メートルほどの巨大化キャビッチが五個あらわれた。
「うわあ」
「すごーい」
「でっかーい」妖精たちの小さな歓声が聞こえてくる。
「でかいのはいいけど」ユエホワが文句をいいながら巨大化キャビッチのひとつをおもいきりけとばす。「投げられんのかって話だよっ」
 そのキャビッチはアポピス類に向かって飛んでいったがすばやくよけられ、しかもユエホワの方もけった足をかかえこんで痛そうな顔をしていた。
「うー」私はなにも言い返せないまま、大急ぎでかんがえ、祖母がやった方法のまねをすることにした。「ツィックル!」さけびながら箒の柄のさきをキャビッチに向け、猛突進する。
「あっ、ばか」ユエホワがびっくりしてさけぶ。
 私も、猛突進しはじめた後で、そんなことしたら、がいんっとはじきとばされてこっちがダメージを受けるのではないか、ということに気づいた。
 けど、そうはならなかった。
 ツィックル箒はキャビッチに直接当たらず、なにかふわっとした見えないクッションがそこにあるかのようにやわらかく止まった。
 そのかわり、目の前の巨大化キャビッチがごうっ、と、猛烈ないきおいで飛んでいったのだ。
 それはわずかにスピンしながらアポピス類をねらい、そいつがあわててかざした盾にはげしくぶつかり、盾もろともそいつをふっ飛ばした。
「ツィッカマハドゥルか」ユエホワが声をかすらせて言う。「さすが」言ってから手に持つ瓶を見おろす。「シルクイザシ、すげえな」
「くそっ」あと三人となったアポピス類は、くやしそうにさけんだ。「まだか」
「ん?」私とユエホワはふと止まった。「まだか?」
「はやく成長しろ」またアポピス類がどなる。
「だれにいってんの?」私はユエホワにきき、
「さあ……あ」ユエホワは首をかしげたあと目をまるくした。「子どもか」
「えっ」私がアポピス類たちに目をもどすと、やつらはきらきらしたかたまりをまさにこちらへ向けて投げつけてくるところだった。
 そのかたまりの中にいるのは、小さな赤ちゃんのヘビではなかった。
 大人の胴体ぐらいの太さのヘビが、何匹かからまりあってかたまりになっていたのだ。
「うわっ」私がさけぶのと、箒がぎゅんっとよけてくれるのとが同時だった。
 ほっと息をつくひまもなく、箒がふたたびぎゅんっと移動する。
 と同時に、左のひじにごつんっとなにかがぶつかった。
「あいたっ」私は悲鳴をあげた。
 ひじを見ると、家の壁にぶつけてしまったときのように赤くすりむけていて、ひりひりと痛んだ。
 さらにキャビッチがぎゅんっと移動する。
 今度は右の耳のすぐ近くを、ぶんっと音を立ててなにかが猛スピードで飛び去っていった。耳がじん、とあつくなる。「うわ」思わず声をあげる。
 その後もツィックルは何度かよけつづけてくれて、そのたび私の体のすぐ近くをなにかが――いや、それはキャビッチだ――飛び過ぎていった。
「成長してる」ユエホワも必死で飛んでくるキャビッチをよけながら言う。「さっきの小さいヘビたちが」
「えっ」私はあらためて金色のかたまりを見た。「成長したの?」
「てめーらやっつけてやるー」かたまりの中から成長したヘビたちがさけぶ。その声はもうかん高くはなく、ユエホワや魔法大生たちと同じくらいの男の人の声に聞こえた。
「でも言うことは同じなんだな」ユエホワがつぶやく。
 そのとき、成長したアポピス類がかぱっと大きく口をひらき、その中から直径十センチほどのキャビッチがぽんっと飛び出してきた。
「うわ」私がおどろくのと同時に箒がよけてくれた。「キャビッチも成長してるの?」
「みたいだなってーっ」ユエホワが答えると同時に背中にキャビッチをくらってのけぞった。「くっそーシルキワスかよっ」
 もちろんアポピス類がシルキワスを使うはずもなく、ただ成長したヘビたちがあちこちからつぎつぎに、キャビッチを飛ばしてくるだけだ。
「もっとだ」マント姿のアポピス類がさけぶ。「もっと成長しろ」
「えーっ」私は眉をしかめた。「まだ大きくなるの?」
 けれどそうではないようだった。
 ヘビの子どもたち――もと子どもたち、か――は、大きくなるのではなく、なんと一匹また一匹と、人間の姿に変わっていったのだ。
 金色のまま。
 といっても、やっぱりちょっと黒みがかった金色だけど。
「よし」マント姿がさけぶ。「キャビッチを投げろ」
「えっ」おどろいて見ると、なんと人間化したもと子どもたちは全員、その両手に何個ものキャビッチを持っていたのだ。
「くっそ」ユエホワが深刻な顔であたりを見まわす。「八方塞がりかよ」
 私たちは、たくさんのキャビッチに囲まれていた。
 それも、自分が投げる側としてではなく、キャビッチをくらう“標的”として。
「まじで?」それは当然ながら、私にとってははじめてのことだった。

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