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ちょっとした指導

 海を一望できる丘の上、そこにれい達は居た。
 怯えたような表情で背を丸めるネメシスとエイビスに、二人に背を向けて海を眺めているれい。
 しばらくの間無言の時間が過ぎた後、れいは振り返り二人を視界に収める。
 れいが振り返った事で、二人はビクリと肩を震わせる。
「………………そう怯えずとも、別に怒ってはいませんよ」
「も、申し訳なく」
 れいの言葉に、エイビスがもの凄い勢いで頭を下げる。それに続いてネメシスも深く頭を下げた。
 二人は少し前にちょっとしたことで町中にも関わらず、力を周囲にまき散らしてしまったのだが、その行いをれいが自分は望んでいないと明言したことで、二人はすっかり委縮してしまっていた。
「………………結局何事もなかったので、私は気にしていませんよ。それでも、今後は注意するように」
「はい。寛大な御処置感謝致します!」
 少し考えてからそう告げたれいに、二人は頭を下げたまま感謝する。
「………………はぁ。そも、あの程度の戯言を気にしていたら管理者などやっていけませんよ。まぁ、貴方達は生まれて間もないのでしょうがないのかもしれませんが」
 れいは子供に言い聞かせるような口調で口にする。ネメシスとエイビスをれいが創造して、あまり日が経っていない。それでも知識はあるはずなのだが、やはり知識と経験は同じではないということなのだろう。
 だが、れいは管理者として生まれてから永久とも思える時を過ごしてきた。幾つもの世界の誕生と、幾つもの世界の終焉を見てきたほど永く存在しているれいにとって、数多の存在のひとつに過ぎない者の言など、風に揺れた草木が奏でる葉音よりも意味がなかった。
 あのような矮小な存在が何をしようとも、れいにとっては心底どうだっていいこと。
 れいは言葉を選ぶように思案しながら、言を重ねる。
「………………そもそも、この世界に漂着する者達に告げる大前提からして意味の無いことですからね」
 大前提とは、この世界を害さないことと、れいに敵対しないことである。それは漂着した知性ある者ほぼ全てに告げてはいるが、実際のところそんなことは不可能なのであった。
 世界はれいが自身の多くの力を使って守護しているので、これを傷つけるなど創造主どころか、ネメシスとエイビスいや、れいを除く全ての存在が力を合わせたとしても不可能なのであった。
 そのうえで、れいを害するなど夢想にしても頭が悪いレベル。れいを害するには、まず前提としてハードゥスを一撃で壊せるぐらいの力が必要になってくる。
 それに、仮にれいを殺せたとしても、ハードゥスを管理しているのは、あくまでも分身体のひとつに過ぎない。分身体を殺したところで本体には一切の痛痒は無い。むしろ力が戻ってきて力が増すばかり。そのうえで、改めて強化された新たな分身体が派遣されるだけ。
 もしもれいが全ての分身体を戻したならば、その力の総量は外の世界の力の総量を越えてしまっている。そんな存在を斃すなど絶対に不可能である。
 もっとも、だからこそれいは分身体を大量に生み出して力を分散させているのだが。本来の目的とは異なるが、れいは強くなりすぎてしまったので、そうするしか世界を壊さないでいる方法がなかったほど。そしてなにより、未だに成長中なのだからおそろしい。
 そういうわけで、無限の中の一程度が何を発言しようとも、微塵も興味を惹かなかった。
 ちなみに、それでも敢えて漂着者に警告するのは、最低限の秩序を生み出すためである。人というのは簡単に堕落してしまうので、多少の緊張感は必要だろうという判断から。
 れいは折角だからと、そう言ったことを滔々と説明していく。ネメシスとエイビスは他と同じように管理補佐として創造しているが、立ち位置としてはれいの代行に当たる。なので、この程度で判断を誤るのは非常に好ましくなかった。権限を色々と与えているだけに、結果としてれいの仕事が増えるなどということにも繋がりかねないのだから。
 それかられいは、長い時間掛けて二人に代行としての振る舞いを講義した。といっても、世界そのものを管理するような細かいモノではなく、むしろ自主性を重んじた割と適当で大雑把な緩い感じの話ではあったが。

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