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優しいおじいちゃんと、魔女【後編】

『優しいおじいちゃんと、魔女(後編)』


 ―――自分が、祖父を殺した?

「何を言って···ふざけないで下さいっ!何故私が!?リオさん!私、お話ししましたよね···!?」 

 カレンは祖父の冷たい身体に触れ、包丁を引き抜く。血は、出ない。
 リオを、鋭く睨む。

「私は、おじいちゃんを蘇らせるために魔女になったんです···!300年も器を探して···ずっと···っ!」
「カレンが寝た後にね、私はおじい様とお話ししていたんだ。ほら、そこにお手紙もあるよ」
「え···!?」

 カレンは、昨日3人で囲んだ食卓の上の手紙に気が付いた。慌てて目を向けると、たった一言だけ。

【もう蘇らせないでくれ】

「ぁ···何故···?」

 ぶっきらぼうに書いてある言葉に、自分は愕然とする他ない。
 これではまるで―――。

「リ···リオさんは、何を知っているんですか?私が···何をしたっていうんですか···っ?ただ、私は···」
「死人に口はない。本当にあなたが聞きたいというのなら、私は話してあげるよ。ただ、あなたが描いている人間像は壊れるけれどね」
「ぇ···?」
「人間は、美しいと言っていたよね?そんな妄想は砕けるよ、元・人間さん」

 リオはどこか嘲りめいた口調であった。
 まるで、カレンの価値観を潰すことを楽しもうとしているようだ。

「何を···知っているんですか···!?あなたは···っ!」
「カレンに話を聞いた時から、私にはたくさんの疑問があったんだ。ご両親が亡くられた話や、おじい様が死んだ話から」
「わ、私の両親···?」

 何故、その話が出てくるのか。2人は、強盗に殺されたのだ。
 今祖父が死んだ話と、関係などないはずだ―――。

「ご両親を殺したのはね、おじい様なんだよ」

 カレンは、言葉が出てこなかった。
 
「カレンの話を聞いた時からおかしいと思ってたんだ。何故ご両親が殺され、おじいちゃんだけが縄で縛られていたの?で、カレンが家に帰って時、どうしておじいちゃんは、すぐにカレンを抱きしめられたの?」
「え···そ、それは、おじいちゃんが縄を自分でほどいて···」
「そんなに強盗って、優しく縛るかなぁ?···昨日カレンが寝た後に、訊いたよ。おじい様が、カレンの両親を死に追いやった」
「―――おじいちゃんがっ!?2人を、殺したと!?」
「違うよ、言葉は正しく使おう。死に追いやったんだよ。あなたの母親を殺したのは父親だった。父親はおじい様を殺そうとして、おじい様に殺された」

 カレンは、全くわからない。
 どうして、自分達の両親はそうなってしまったというのだ。
 みんなで、幸せに暮らしていたではないか。

「遺伝子検査キッドもないのじゃわからないけれど―――あなたはね、あなたがいう所のおじい様と、お母さんの子供の可能性が高いらしいよ」
「···は···何を、言っているのですか···」
「お母さんも疑っていたんじゃない?娘のようにかわいがってるって言ったんだよね?おじい様も言っていたよ。2人は奇しくも恋愛関係だった―――あなたのいう所のお父さんは、おじい様とお母様の関係を知ってしまった。だから母親を殺し、おじい様をも殺そうとした」
「···そんなこと、あるはずがないじゃないですかっ!!」

 カレンは自らの頭を抱え、叫んだ。
 息子の嫁と、祖父は恋に落ちたというのか?そして母は、平然と自分を育てたと?
 
 3人は、幸せに暮らしていたではないか。
 自分が見ていた家族の幸福は、虚像だったのか。
 ―――鏡が、ひび割れていくようだ。音をたて、硝子の破片のように粉々になる。

「2人を死に追いやったおじい様は、苦しんだ。でも、カレンが生きていた。あなたを育て、成人させたいと思ったんだって」
「···そうですよ、私が殺したというのは···」
「あなたの、たった一言が効いたそうだよ。―――今日まで育ててくれて、ありがとう」

 リオの妖し気な瞳の輝きに、カレンは自身が言った言葉を思い出した。
 
 心の底から、16歳の自分は祖父に感謝を述べた。
 
『おじいちゃん、今日まで育ててくれてありがとう。両親を失った私は···おじいちゃんが育ててくれて、一緒にいてくれて、本当に良かったよ』

 ―――祖父は、どんな思いで聞いたのだろうか。
 両親を殺したのが本当に彼だとしたら、居たたまれないだろう。

『おじい様を殺したのはあなただよ、カレン』

 ―――リオは、言葉は正しく使えと言ったが、同じ言葉を返してやりたい。
 自分は確かに成人式に行っていた。成人式から帰ってきたら、祖父は死んでいたのだ。

 自分の言葉に追い込まれ、死を選んでしまったのだ。

「あなたの話していた環境で、おじい様は他殺の可能性は全くない。自殺しか考えられないよ。―――あなたは、可哀想だね。他の人間達の利己に振り回されて、魔女になってしまったんだから」

 魔女になり、また祖父に会うことができた。
 ―――なるほど、また自分は祖父を殺してしまったのだ。
 両親も蘇らせたいなどと軽々しく言ってしまい、機械人形となった彼を追い込んだ。
 二度も、死なせてしまった。

「痛感したでしょう?人間はね、結局自分の利己しか考えていない醜い生き物だよ。せいぜい彼等の欲を利用して、生きるのが利口だ。―――ねぇ?」
「···あ」

 カレンは涙を流す。冷たい涙は溢れて行き、祖父が遺した手紙を濡らす。
 こんなことって、ない。
 自分が信じていたものは、何だったのだ。自分は魔女になり、300年間も器を探し続けたというのに―――こんな結末ってない。

『年が明けるとご馳走ばかり食べて、太るだろう?だからおじいちゃんは、ご飯なんていらないよ』

 ―――カレンの脳裏に、優しく微笑んでいる祖父の顔が浮かんだ。
 新年に新しい服を必ず着せるため、年末は断食していた祖父。自分が食事しているのを嬉しそうに眺めていた。

『おじいちゃんが、悪かったよ。―――ごめんな?』
 
 ちょっとしたことで喧嘩をしても、必ず祖父から謝ってくれた。
 謝罪の言葉を述べることができる人だった。

 ―――そんな祖父が、醜いか?

「······いいえ、醜くなんかありません。―――撤回、して下さいっ!」
「···何それ、ちょっとあなたの思考回路がわからない」
「おじいちゃんは、優しい人でした!母や父とのことは、わかりません!でも···私を育ててくれた十数年で、誰かを殺すことなどできない人に変わったのでしょう!おじいちゃんの心は―――綺麗ですっ!」

 リオは柳眉を吊り上げ、ひどくつまらなそうに自分を睨み据える。カレンもまた、リオの目を真剣に見つめた。

「おじいちゃんをまた作って下さい!私は―――謝ります!おじいちゃんと、何度だって話します!」
「作らないよ。二度はないでしょう?」
「だったら!一緒に店をやるのは、なしです!」
 
 カレンが言い切ると、リオは益々顔を険しくさせた。不愉快そうな彼女の顔を見て、自分は優位に立っていることがわかる―――が。

「···それでは、こういうのは如何かな?今のところ、私は人間は醜いものと考えてる。自分の欲しか考えていないから、あなたのおじい様だって死を選んだ。あなたから逃げたんだ」
「違います···!おじいちゃんに、私が寄り添えなかっただけです!ちゃんと事情がわかれば···っ!」
「だから、私に人間は―――知識ある魂は、美しいものと教えて?もし私が納得したら、あなたのおじい様を再び蘇らせるよ。これは、取引。きっと機械人形屋を開業すれば、あなたも人間の欲深さ、傲慢さを理解できるはず」

 ―――2人は、相反した考えを持っていた。
 
 リオは、人間は醜いものと主張する。どうしてカレンはそれを理解できないかと嘲る。
 カレンは、人間は美しいものと主張する。何故リオにはそれがわからないか、頭を抱える。
 
(リオさんの過去に何があったかわからない。―――けれど、私は···)

 魂の器となり得る機械人形を作れるのは、リオだけだ。自分はその提案を呑まなければならない―――だって、コアを壊してしまった祖父には魂を蘇らせることはできないから。

「···良いですよ。私は絶対に考えを変えません···!機械人形屋とやらを始めても、絶対に···っ!」

 カレンは言い切った。最後に一筋の涙を流したのは、嘲る顔のリオの心がわからなかったからだ。


 彼女の過去に何があったかは後々知ることになるが―――カレンは、この時自分の考えが甘すぎたことに、未来少し後悔することになる。


 機械人形屋を開業し、様々な魂の声を聞くことになるからだ。

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