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等しい命【前編】

『等しい命』(前編)

 ノア・アトウッドは、全財産を胸に抱え、王都の機械人形屋を訪れた。

(ここが···機械人形屋。この店に入れば···)

 店に赴いた彼の気持ちを現すならばーーー正に、人食いドラゴンが巣食う洞窟に足を踏み入れるような思いだった。
 自分が勤めるブリスコー地区の警備隊にも、「科学」という技術で作られた機械人形の噂が飛んできた。

 王都で開業した、国王も認める機械人形屋―――。

(···マーサ)

 機械などという未知のものに対する恐怖。自分は、ゆっくりと木目の扉を開く。
 ―――音楽が、流れた。ノアは音を開けたと同時に流れ始めた音楽に、身体を跳ねさせる。

「な、何だ―――?」
「あ、い、いらっしゃいませ!びっくりしますよね!これ、えっと、びーじーえむ?とかいうんですって。機械装置によって音楽を流しているらしくて―――魔法より、難しいですよね」

 店の中にいた枯葉色のセミロングの髪をした少女が、おどおどした翡翠の目を向けてきた。愛嬌はあるが、人によっては醜女と思える地味な顔をしている。

 びーじーえむという音楽も不思議だが、この店内は奇妙だ。
 レジと思われるカウンターが、2つある。
 
 1つは、地味な顔の少女が前にいる、様々な魔具や魔術書が積んであるカウンター。はっきり言って、ごちゃごちゃしている。自分のいた村にもあったが、魔女が営む店、という外観だ。

 そしてもう1つは―――鉄やら、何か小さなもの―――これが機械とやらなのか?整然と並べられたカウンターだ。2つのカウンターはきっぱりと場所が分けられており、まるで2つの店が、1つの建物の中に収容されているようだ。
 
「こんにちは、お客様。この度は、何をお求めでしょうか」
「あ···こ、ここは···機械人形を作っているのか?」

 機械が並べられたカウンターの奥にいた少女に、ついノアはどぎまぎした。
 彼女は長い黒髪に黒目の、絶世の美少女だった。29歳のノアに比べ明らかに年下なのに、まるで貴族が行く高級店のような丁寧な言葉遣いだ。

「機械人形、ですか。私は機械人形の制作担当、リオ、と申します。異世界の、2200年のニホンから転移してきた者です。よろしければ、お話しを伺いますよ」
「お、俺はノア・アトウッド。つ···妻のマーサを、蘇らせて欲しいんだ!ここは、そういう所なんだろう?全財産、用意してきた!」
 
 リオのカウンターの前に、全財産を入れた麻袋をどんっと置いた。振動のせいか、じゃらりと貨幣が音を鳴らす。彼女は目を丸めたが、直ぐに笑みを口元に湛える。

「カレン、必要な金額かどうかを確認してくれる?」
「は、はい···十分かと、思います。お釣りをご用意できるくらい···」
「お話しを伺いましょう。こちらは、魔女のカレンです。あなたの妻を、彼女が呼び戻すことができます」
 
 力強い語調で言われ、ノアは心底ホッとした。
 今まで強張っていた筋肉が緩む。
 ―――自分は、彼女を失って、絶望の淵にずっと佇んでいる。

 思い出すのは、彼女の顔ばかりだ。
 彼女の笑顔と、そして殺された時の顔。
 健康的な彼女の身体が凹み、口から血をだらしらなく溢れ出したーーー変わり果てた姿。

「···だ···大丈夫ですか···?」

 自分が安堵して涙しているのを、カレンという少女が心配そうに声をかけてくれた。いや、安堵だけではない。彼女が死んだショックを、未だに自分は立ち直れないのだから。

「···本当に、呼び戻せるのか···?殺された妻を···」
「殺されてって···事故か何かでしょうか···?よければ···こちらを、お使い下さい···」

 カレンは自分に白いハンカチを差し出した。先程魔女と言っていたが―――心優しいのではないか、とノアは思った。彼女から貸してもらったハンカチで涙を拭うが、自分の涙は止まらない。

「···オークに、殺されたんだ···」
「オーク。私はまだ見たことがありませんが、この世界にはいるんですよね。この王都で、ではないですよね。あなたは見たところ···剣士や、傭兵?どこか遠くからお越しになられましたか?」
「あ、あぁ。ブリスコー地区の警備隊員だ。···何故?」
「だって剣を帯刀されているじゃないですか。その服装のくたびれた感じ、遠くからお越しになられたのかなと」
「···当たりだ」

 あはっと彼女は笑った。心配そうにしてくれているカレンと比べ、彼女は悠然としている。

「···妻とは、ブリスコー地区のベルチェスト―村で暮らしていた。村の近くにな、オークが住む村があるんだ。お互い暗黙で、不可侵だったんだが―――彼女は···オークの村に誤って、入ってしまったんだ」
「···そこで、オークに殺されてしまったのですか?そんな···」

 カレンが険しい顔をし、口に手を当てる。しかし、リオは首を傾げた。

「オークって冒険者に倒されるイメージが―――私がいた世界ではありますが―――不可侵、なんですか?現れたら倒すモンスターではなくて?」
「あぁ、そういう地域もある。が···農作業をして、収穫物を出荷するような農家のオークもいる。本当、そこは···オークによる。うちの村の場合は平和だが、互いに不可侵だった。暗黙の了解を破れば―――うちの村に来たオークも討伐される」
「そういうものですか」

 リオが頷くのを見て、ノアはとても不思議に思った。

(本当に噂通り、この子は異世界から来たんだな。一般常識がない···)

「奥様の肖像画か何かはありますか?なければ、奥様の外見的特徴を教えて下さい」
「肖像画なんて、平民には手が届かないよ···。特徴···黒髪に、碧眼。あ、髪の長さは、カレン···ちゃんと同じくらいか。年は25歳···」
「骨格はこのような感じでよろしいでしょうか?もっと丸みを帯びているとか、目は二重だったとか、教えて下さい」
「···何だ、それは?ま、魔法···?」 

 ―――リオが持っていたそれの意味が、わからなかった。リオの前に―――浮いている画面が現れたのだ。彼女はペンを持ち、空中に女性の絵を書こうとしていた。
 魔法や魔術でも、そんなことをしている魔術師や魔女を見たことがない。

「これも機械の1種らしいです。魔女の私も、仕組みはわかりません。しかしリオさんは絵が上手いですよねぇ」
「画面表示をしているだけだって。肖像画がないなら、私が描くしかないでしょう?それに私はなんでもできるし」
 
 自分は何でもできる―――その美貌と余裕めいた表情は、自信の現れなのだろうか。

(―――確かに、凄いな。これは、マーサだ···)

 短時間で、リオはマーサの肖像画を描き終えた。
 少し鼻が高い、新緑のような爽やかさを感じる女性の顔。間違いなく、ノアの妻の姿だった。

「これで奥様の機械人形は制作できそうです。3日ほどで制作が終わるでしょう。作業に移る前に、機械人形の注意事項をお伝えしますね」
「注意事項?」
「まず1つに機械人形は胸にあるコアを潰せば壊れてしまうのでご注意下さい。2に、機械人形は誰かを傷つけたり、殺害することはできません。3つめに、2つ目の約束を遵守しなければ、自ら壊れてしまうという仕組みになっております。4つ目に―――返品は不可です」

 ノアは話を聞き、静かに頷いた。

「マーサが、マーサのまま蘇るんだろう?だったら返品なんてありえない。だから、マーサを···お願いだ!」
「ーーーかしこまりました。3日後に、またお店にご来店下さい」

 ノアは気分を高ぶらせた状態で、店から出ていった。

(マーサが生き返ったら···王都の観光をしよう。王都には珍しい果物も集まってる。彼女は、喜ぶはずだ)
 
 幼馴染のマーサ。彼女は昔から果物が好きでーーー皮肉にも、オークの村に誤って入ってしまった時も、果物を積むための籠を持っていた。木苺でも積みに行ったのだろう。

『木苺をいっぱいのせたパンケーキって美味しいのよ?』

 純粋無垢な彼女。
 
 彼女を蘇らせたら、今回の金を工面してくれた彼女の兄にも会いに行こう。
 彼女と、共に。

 ◆ ◆ ◆

 3日後、リオが作ったという機械人形を見て驚いた。
 
「ま、マーサ···!これは、完璧にマーサだ!」

 案内された店内の奥に、彼女は横たわっていた。頬に触れると、冷たいがーー肌は柔らかい。

「あれ?首に···線?こんなのマーサにはなかったぞ!」
「ああ、これは私の世界のルールなんです。人間と機械人形を区別するためのものです」
 
 マーサの細い首には、縦に2本の線が刻まれていた。

(リオさんの首にも、同じのがあるな···)
 
「さ、さて、それでは···始めます!ププクス!」
「はぁいー!可愛いボクにお任せ〜!」

 カレンの横に、黒いネコが現れた。ただのネコではなく、空中を浮き、虹色の長い尾がある。
 
(そうか。魔女と言っていたから、悪魔か···)
 
 魔女は悪魔に身体の一部を捧げ、契約することによって魔術を使うことができる。
 カレンも、悪魔に何かを捧げいるはずだ。

「···ププクスに我が身を捧げた代償として、願います。白き世界の果てから、かの者の魂を呼び寄せん。かの者の名は、マーサ・アトウッド。我が願いを、成就させたまえ―――レプミリア!」

 カレンがマーサの前に立ち、呪文を小声で囁く。ププクスと名乗るネコと共に、カレンの身体が黒い光をまとう。
 悪魔の魔力魔術の光だ。その光は、マーサの機械人形を包み込んだ。

「マーサ···っ!」

 マーサがーーーびくりと機械人形の身体がのけ反った。今まで、死体のように動かなかった身体に反応があったのだ。

「ぁ···ノ···ア···?ノア···」
「マーサ!そうだ!俺は、ノアだ!」
「私···死んだんじゃ、なかったの···?」

 間違いない、マーサであった。
 彼女の身体を抱きしめる。溢れ出した涙を止めることもできない。
 少女達の前でも、構わない。

「ありがとうーーっ!マーサを、蘇らせてくれて···!」
「···ぐすっ···よ、良かったですねぇ···」
 
 カレンがしゃくりあげる。自分たちの姿を見て感動したらしい。
 マーサは夢から抜け出せないように未だまどろみ、リオは自分たちの姿をじっと見つめる。

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