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「え」私は一歩しりぞいた。「なにが?」
 となりで片ひざついているユエホワはなにも言わず、こうべをたれたままちらりと私を横目で見た。
「このたび貴様は我が鬼魔界精鋭のユエホワを危機から救い、あまつさえ鬼魔同士のいさかいを食い止めたとのこと」鬼魔の陛下はそう説明した。「人間にしてはよい行いであった。ほめてつかわす」
「――」私はなんと答えればいいのかわからず、陛下ととなりのユエホワをかわるがわる見た。
「はは、陛下」ユエホワがかわりに答える。「もったいなきお言葉、ポピーは感激のあまりことばにもならぬ様子にございます。あわせてこたび、アポピス類のおこがましくもつくりし地母神界にて、私ユエホワとこのポピーは力を合わせ、鬼魔界への反乱などいっさいおこさぬよう宣告し誓わせてまいりました。今後万が一にも鬼魔界をおびやかそうときゃつらたくらむような事ございましたらば、このキャビッチ使い名手ポピーが、命にかえても鬼魔界を守護するとのことでございますゆえ、陛下におかれましてはどうぞご安心召されるようお願い申し上げます」つづけてえらく早口でそう話す。
「――」私はとちゅうから話の内容がよくわからなくなり、頭がことばを受けつけなくなっていた。
「うむ。よきにはからえ」陛下はうなずいたけれど、たぶん私とおなじでわかってないんだろうと思う。
「ははっ」ユエホワはさいごにもういちどこうべをふかくたれた後立ち上がって「ではこれにて失礼致します」とおじぎをし、くるっとふり向いた。「行くぞ」小さい声で私に言う。
「あ」私はもういちどユエホワと陛下をかわるがわる見て「さ、さよなら」といちおうあいさつし、ユエホワの後ろを小走りについて行った。
「ポピーよ」けれどもう少しでその黒味がかった部屋から出るところで、なんと陛下が私を呼び止めたのだ。
「えっ」私は立ち止まってふり向いた。
「え」ユエホワもおどろいたように小さく声をあげ立ち止まった。「なんだ」
「かつて貴様がここ鬼魔界に作りおったキャビッチ畑はその後どのような様子じゃ」陛下はそうきいた。「野菜はよく育っておるのか」
「――」私は一瞬、陛下がなにを言っているのかまったくわからなかった。
「はは、陛下」かわりにまたユエホワが答えた。「おかげさまでキャビッチは順当に、豊かにみのりつづけております」
「えっ」私は緑髪を見た。「なんのこと?」
「しっ」ユエホワがすばやく私をだまらせる。
「うむ」陛下はうなずいた。「今後もよく世話をするがよい。いちどわしも味見をしてみたいものだて」ふほほほ、と陛下はおだやかな雷のように笑った。
「ありがたき幸せに存じます」ユエホワがおじぎをする。
 私もいちおう小さくおじぎをして、やっと外に出られた。

「ねえなんのこと? キャビッチ畑ってなに?」私は黒味がかった鬼魔王の城……というのか、王のすみかを出たとたん、くさい庭を歩きながらユエホワにたずねた。
「おぼえてねえのかよ」緑髪(これも鬼魔界で見るとやっぱり黒味がかった緑に見える)は歩きながらはあ、とため息をついた。「前にここに来たとき、ゼラズニアってやつと闘っただろ」
「ゼラズニア……ああ」それはたしか、クドゥールグの孫とかいっていたリューダダ類だ。思い出した。
「あのとき、闘いに勝ったら鬼魔界にキャビッチ畑を作らせてもらうって宣告したろ、お前」
「ええっ」私は眉をしかめた。そんなこと言ったっけ?
「つってもまあ、実際には俺がその場ででっちあげた話だったけどな」ユエホワは歩きながら苦笑した。「まさか陛下がおぼえてたとはな。油断ならねえな」
「え、じゃあ鬼魔界に、キャビッチ畑があるってこと?」私はきいた。
「あるわけねえだろそんなもん」ユエホワは目を細めた。「たとえあったとしても半日もたたずに荒れるかくさるかするよ」
「えーでも味見したいとか言ってたじゃん陛下」私は背後に遠ざかる鬼魔王のすみかをふり向いて言った。
「だいじょうぶ」ユエホワは自信たっぷりにうなずく。「三秒で忘れてるさ」
 思い出した。
 前にここに来たときも今みたいに、鬼魔王とかその一族とか……ゼラズニアもふくめて、なんだか気の毒だなあ、と思ったんだった。サンボウのこいつにこんな風にこばかにされて、軽くあつかわれて。
 なんか、そんなに悪いやつらじゃないのかも知れないな、と。
 まあでも、人間にたいしてすごく横暴で悪さするのは、いやだけども。
「もう、帰っていいんでしょ。菜園界に」私はユエホワに言った。
「いや」なんと黒味がかり緑髪はキョヒした。「いちおうざっとパトロールしていく」
「なんであたしがそんなことしなきゃいけないの」私は文句を言った。「ユエホワが一人ですればいいじゃん」
「お前、一人で帰れるか? 菜園界に」ユエホワは目を細めて私を横目で見た。
「う」私はつまった。
「道わかんねえだろ」ムートゥー類は勝ち誇る。「しかたねえから後で送ってやるよ。だからパトロールにつき合え」
「ひきょうもの」私は肩をいからせたが、ユエホワはなにくわぬ顔で暗くよどんだ空に飛び上がった。
 しかたないので私も箒でしぶしぶついて行った。
 まあパトロールってことだから、ただあっちこっち見物しながらだまって飛んでいくだけでいいんだろう。
 そう思い直すことにした。
 が、大まちがいだった。

「あっ、ユエホワ!」
 最初にその声が聞こえてきたのは、城からしばらく飛びはなれたところにある黒味がかった花畑にさしかかったときだった。
「ん」ユエホワは下におりてゆき、自分の名前を呼んだ鬼魔――人間の形に化けている――を見た。「トスティか。どうした」
 私がユエホワのとなりにおり立つと、その人型鬼魔は私を見て「あっ、ポピーさま!」とさけんだ。
「えっ」私はびっくりした。「だれ?」
「私ですよ、オルネット類のトスティです」ユエホワよりちょっと年上に見える人型鬼魔は自己紹介をしたけれど、私はまったく記憶になく、眉をひそめて首をかしげた。
「前、泡粒界でキャビッチ使って大勢召還した鬼魔の一人だよ」ユエホワが私に説明し、それから「お前ももう召還魔法解けてるんだから『さま』つけなくていいよ」とトスティという人に説明した。
「あっ、そうか」トスティは目をまるくした。
「えっ、そうなんだ」私も目をまるくした。
「で、なんかあったのか?」ユエホワはトスティにきいた。
「あっ、そうそう」トスティはあたりをきょろきょろ見回して「さっきここに、アポピス類のやつらが来たんだけど」と言った。
「えっ」
「まじか」私とユエホワは同時に声をあげた。「なんていってた?」
「イボイノシシ界に来いって」トスティは大まじめな顔で答えた。
 私とユエホワは一秒の間ものが言えなかった。
「イボイノシシ界?」私がきき返し、
「あーそう、何人いた?」ユエホワはふつうに受け答えた。
「えっ、イボイノシシ界ってなに?」私はユエホワにきいた。
「あとで教えるから」ユエホワは手のひらを私に向け、ひきつづき「あいつらの姿はちゃんと見えてたか? 声だけしか聞こえないとかはなかった?」とトスティにきいた。
「えーとたしか、五人ほどいたよ。姿はちゃんと見えてた」トスティは鬼魔界のどす黒い空を見上げながら答えた。「おれ、アルフにきいとくって答えたらまた来るっていってた」
 アルフという名前はおぼえている。ユエホワがさっきいった泡粒界で、最初に敵として闘ったハチ型鬼魔オルネット類の親分だ。その後、なぜか私の召還魔法で味方にすることができたんだけど。
「そうか」ユエホワは少し考え「もしそのアポピス類たちがまたここに来たら、ユエホワが探してたって伝えてくれ。イボイノシシ界に行くのはユエホワがだめだと言ってたって、きっぱり断るんだ。いいな」
「あ、うん」トスティはすなおにうなずいた。「でも、なんでだってきかれたら?」
「有能で役に立ちそうな鬼魔はユエホワが自分で選ぶからと言っといてくれ」サンボウ鬼魔はまじめに答えた。
「わかった」トスティもまじめにうなずき、その後私たちは飛び立った。

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