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神前の誓い

 元々少しずつ準備していただけに、結婚式の準備は直ぐに整ったらしい。
 メイマネ経由で連絡を受けたれいは、指定の日時通りに居住区画へと到着する。
 まずはメイマネの家に向かい、メイマネと合流。そこで最後の打ち合わせを手早く済ませて教会へ。
 教会には婚姻を誓う二人が既に待機していたが、他には誰もいなかった。普段万人を受け入れるとばかりに大きく開け放たれている正面の扉も、今はばかりは固く閉ざされている。
 二人はれいへと揃って深く頭を下げると、感謝の言葉を口にする。それを聞いた後、れいは教会奥の壇上に登る。
 壇上は上から光が射すように設計されているらしく、やや暗い教会内にあって、壇上だけはとても明るかった。
 そこにれいが立つと、二人は誓いの言葉を紡いでいく。それは二人が一緒になるだけではなく、この世界に骨を埋める覚悟も籠った誓いだった。もっとも、地下迷宮が攻略できない以上、どんなに願っても元の世界に帰ることは出来ないのだが。
 二人の誓約の言葉が終わり、れいが頷いてそれを認める事を示すと、二人は感謝の言葉と共に深く深く頭を下げた。
 それを見て、れいはふと他の世界での婚姻の儀を思い出す。といっても、それだけで膨大な数に上るので、参考にしたのは自身が管理する世界と適当に選んだ世界だけ。
 それによると、こういった場合は最後に二人の今後を祝う言葉を掛ける場合が多いそうだ。ただ、打ち合わせではこれで婚姻の儀は終わりなので、勝手な行動をするのもどうか、ともれいは考える。
 しかし、直ぐにまぁいいかと思い直す。別に進行の邪魔をする訳ではないし、変な事を言う訳でもない。ただ二人の今後を祝う言葉を掛けるだけなのだから。
 なので、すぐに思い直したれいは、まだ頭を下げている二人に向かって静かに言葉を掛ける。
「………………二人の今後に幸多からんことを」
 それは決して大きな声ではなかったが、人の呼吸音すら聞こえるほどの静寂に支配されていた教会では、れいの声はとてもよく通った。
 それを聞いた二人は思わず顔を上げると、驚愕の顔に涙を流して、先程以上の想いを込めて頭を下げた。
 少しして二人が顔を上げると、れいが壇上から降りて婚姻の儀は無事に終了となる。
 そのままメイマネと共に教会を出ると、一旦メイマネの家に戻った。
 今回のれいの役目はこれで終わり。後は明日に披露宴が控えているが、そちらはただみんなで飲み食いして騒ぐだけなのでれいの出番はない。
 メイマネも食事の準備をするだけで、無駄に緊張させるだけなので参加するつもりはないらしい。それでも最初に少し顔は出すかもしれないが。
 二人の婚姻の儀を見届けただけではなく言葉まで与えてくれたれいに、メイマネは改めて感謝の言葉を告げる。
 れいは少し興味を抱き、披露宴で用意する食事について質問してみた。
 その質問に、メイマネは用意する予定の料理の数々を伝えていく。基本的に居住区画周辺の森で手に入る材料を使った料理が並ぶ中、先日れいがお土産に持参した魔木の実の残りもジャムにして提供するらしかった。
 お土産として持ってきていたので、れいは味の方はどうだったかと訊いてみた。評判がいいのならば、たまに持ってきてもいいかもしれないと思いつつ。
 そうして聞いた感想は、大絶賛と言っていいぐらいであった。実際、魔木の実は美味しい。れいが持ってきた実もそこそこに古い木からなので、味も上質だろう。
 実は魔木の付ける実は、魔木が元居た世界でも超が付くほどの高級品であった。しかし理由は味だけではなく、魔木自体の強さも関係している。
 そもそも魔木というのは、古い木ほど強い。それでいて、古い木ほど上質な実を付けるのだ。それだけでも大変だと言うのに、魔木の数はそれほど多くはなく、生息している地域はその世界での危険地帯。しかも奥地ときている。
 それに加えて、魔木は何としても実を盗られるまいと死守するのだ。そうなると、実を手に入れるには魔木を斃さなければならないが、魔木の本体を斃すと実はその瞬間から急速に腐り始め、十分と保たずに完全に腐ってしまうのだ。
 そういった性質上、危険地帯の奥地で採取しても、持って帰るまでに確実に腐ってしまう。その場で食べたとしても、魔木が死んだ瞬間に急速に腐りだすので、中々鮮度の良い実は食べられない。
 その上、魔木の本体が死んだ場合は、新鮮な内に食べた実も腐るので、食べた量によっては腹を下して死んでしまう。抜け道というか対処法は、死ぬ前の木から実を採ること。その場合は、その後に魔木が死んでも問題ない。
 そういった訳で、市場に流れる実はかなりの高級品になるのだった。それでいて、市場に流れる実は全て若い魔木の実なので、それでも味は美味しいが、古い木の実の味を知っている者からしたら物足りないのだった。
 ちなみに、魔木本体が生きているならば、実は一月ほどは腐らない。つまりは一部の果実と同じぐらいの腐敗速度だ。少し熟れた方が柔らかくなって甘味が増すので、そちらの方が好きというモノも居るほど。
 そんな果実である。大絶賛されるのは当然と言えた。それに加えて北の森は肥沃の地でもあるので、うま味も増しているだろう。
 もっとも、れいがたまに会話をする魔木クラスになると、元の世界でも神話や伝説級。元居た世界が創造されてから、そのクラスの実を食したのは、魔木自身以外だとれいだけだったりする。
 しかも、魔木がれいを上位者と認めて実を献上しているのだが、れい本人としては、会いに行くたびに実を貰っているので、ただの歓迎の印として貰っているだけとしか思っておらず、会話もただの世間話だと思っている。魔木としては言葉を交わせるのが大変な栄誉だと思っているようなのだが。
 閑話休題。
 そういうわけで、魔木の実は美味しかったらしい。住民の反応も非常によかったとか。
 それを聞いたれいは、それは良かったと頷くと、折角婚姻の儀に付き合ったのだから、祝いの品として明日にでもまた魔木の実でも持ってこようかなと思った。
 それからもメイマネと軽く話をした後、れいはメイマネの家を後にして北へと向かったのだった。

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