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リンちゃんと惑星レトロナ Fractal.7

 
挿絵


 運命の王子様ってのに憧れた。
 少女漫画を()(あさ)るようになった。
 それもこれも窮屈(きゅうくつ)な家庭環境のせいだ。
 物心ついた頃から、やれ許嫁やら、やれ名門家柄とのお見合いだとか……ウンザリだ。
 だから全部、破談へと持ち込んでやった。
 ある時は〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉の超高速ツーリングでビビらせ、またある時は運動神経の雲泥差を誇示して気後(きおく)れさせてやったわ。
 何が「いつ見ても御美しいですね、天条さん」だ。
 所詮(しょせん)〝家柄に操られた人形(マリオネット)〟じゃない。
 どいつもコイツも名門温室育ちの御坊っちゃんだから、少しばかし箱庭から引き摺り出せば簡単にドン引く。
 次第に親も根負けして、何も()いなくなった。
 うん、それで善し!
 アタシは〝天条リン〟──自分の人生は〝自分〟で決める!
 以前にも増して、少女漫画を()(あさ)るようになった。
 イケメンドラマを観るようになった。
 ヴァーチャル恋愛ゲームも、必ず新作チェック。
 ハァ……ラブロマンスかぁ。
 こんな〝燃えるような大恋愛〟を体験したいものだわ。
 いつの日かアタシにも現れるわよね?
 運命の王子様ってヤツが……。




「うう……」
 モモが意識を取り戻した。
 アタシの両掌(りょうてのひら)(なか)で。
「あ? リンちゃん?」
「ったく、アンタは……。専属じゃないのに〈ミヴィーク〉乗りこなせるかッつーの!」
「えへへ、せやねぇ? さすが〈リンちゃん専用機〉だけあってGスゴかったわ★」
 相変わらずホワホワとした苦笑(にがわら)いに染まる。
 ホントに反省してるのかしら?
 ……まぁ、いいわ。
 この笑顔に免じて、もう少し『ラブロマンス』は御預けにしますか。
「あんな? リンちゃん?」
「何よ?」
「……ゴメンねぇ?」
「は?」
「ウチのわがままで、ケインはんと引き離してしもた」
「べ……別に、まだそんな仲じゃ…………」
「せやけど、ウチ、リンちゃんと一緒がええねんよ?」
「…………」
「せやから、ゴメンねぇ?」
「……アンタは悪くない」
「リンちゃん?」
「……言っとくけど、アタシも悪くない」
「ふぇ? せやったら?」
「悪いのは……アイツ(・・・)だァァァーーッ!」
 ビシィと指差してやったわ!
 宇宙クラゲ──の触手と悪戦苦闘しているドク郎を!
『えええぇぇぇ~~~~ッ?』
 黙れ、ドク郎。
 一切、反論却下だ。
『ちょっと待て! シャチ娘! 数分前の展開を忘れたか!』
「さっさと掛かって来んかーーッ! って、言ってたじゃ~ん★」
『晴れやかな笑顔を傾げて、何を独善主張をしとるかぁぁぁーーッ?』
 アタシはヘリウムブースターで上昇すると、閑雅(かんが)に傍観している〈モササウルス〉へと隣接する!
「エルダニャ! モモ御願い!」
『フム? (あい)()かった』
「リンちゃん? ウチもやるよ? イザーナ、すぐ呼ぶよ?」
「パータリン! ダメージ回復してないのに、何言ってんだッつーの!」
「ふぐぅ!」
「……しっかり休んでおきなさい?」
「せやけど! 今回の相手は〈宇宙クラゲ〉やねんよ?」
「アタシを誰だと思ってんの? アタシは〝リン〟──〝天条リン〟よ? 不可能なんて無いんだから★」



 波打に伸びる触手の槍!
 (おびただ)しいそれを、アタシはヘリウムブースターの微々たる滞空推移で回避する!
 紙一重!
 大きく旋回なんかしない!
 直進を兼ねているからだ!
 本体へ近付かなければ何も始まらない!
 また来る!
 しつこい!
「ドク郎ッ!」
『ドクロブレェェェーード! 乱舞滅多斬り!』
 呼ばれて飛び出て、下僕が触手の群を斬り払った!
「よし、よくやった! そのまま引き付ける!」
『アイアイサー……って、チト待てぇぇぇーーい! 何故、ワシがオマエに命令されなきゃならんのだ!』
「うっさい! アタシに口応(くちごた)えすんな!」
『ワガママかッ!』
 接近!
 接近ッ!
 接近ッッッ!
 ハンッ! クラゲ風情が!
 触手(ごと)きで止められると思ってるなら止めてみなさいよ!
 アタシは〝リン〟──〝天条リン〟なんだから!
「デリャアァァァーーーーッ!」
 間合いに詰めた刹那、間髪入れずにヘリウムブースター全開の前転(ぜんてん)踵落(かかとお)としを繰り出した!
 中核の発光器官目掛けて!
 クリーンヒット!
 が──「はあッ?」──包むジェル表皮に蹴りがフニンと沈み、せっかくのダメージが中和されてしまう!
「んにゃろ! たかがクラゲのクセに……うわっと?」
 即座に、その場から離脱!
 四方八方から触手が伸びてきたから!
「厄介ね! あのゼリー饅頭(まんじゅう)!」
『何をやってるか! シャチ娘! 全然効いておらんではないか!』
「うっさい! ドク郎の分際で!」
『分際って何だ! というか〝ドク郎〟って誰だ!』
「絶対、アソコが弱点だと思うんだけどなぁ? 他に目立った異質箇所は無いし……中核に据えてあるし……ブツブツ」
『無視をするな! 腕組み思案で無視するな!』
「あ、そだ! ねぇ、アンタ? ちょっと中性子爆弾でも(かか)えて、アソコに特攻して来てくんない?」
『さらっと恐ろしい死刑宣告するな……それも悪意無く』
「何よ? 使えないわね? ドク郎のクセに!」
『鉄砲玉に使うなッ!』
『3(フラクタル)\1(ブレーン)次元(ディメンション)の少女よ』
 沈着な抑揚で、クラゲが語りかけて来た。
 って、その〝3(フラクタル)\1(ブレーン)次元(ディメンション)の少女〟って、疑う余地無くアタシの事よね?
()が身に一撃を加えた結果は、素直に驚嘆に値する。あのような結果は、()が〈ラプラス・コンプレックス〉には演算されていなかった』
 何だ〈ラプラス・コンプレックス〉って!
 シンプルに〈未来予測〉って言え、コンニャロー!
 一聞に把握しづらい横文字へ置き換えれば、自分を高尚に見せれるとか思ってんなら大間違いだかんね?
 そんな安っぽいオタ房発想www
『しかし、だからこそ立証された──やはりオマエ達〝3(フラクタル)\1(ブレーン)次元(ディメンション)の人類〟は、危険な成長速度を内包している』
 シンプルに〈可能性〉って言え! このスットコドッコイ!
 厚顔無恥な白痴政治家か! アンタ!
『その反面、精神的成長は未熟。このアンバランス性は、宇宙全体にとって害悪となる事を憂慮せねばならない。やはり現状況から活動領域を拡張させるべきではないと判断……』
「知るかッつーの」
『……何?』
「そもそも〝篭の鳥〟なんて真っ平ゴメンだッつーの! そんなんで納得するぐらいなら、とっくに縁談だって快諾してるわ!」
『……何を言っている?』
「フッ……分かんないなら教えてあげるわ」
 そして、アタシはロングポニーをフワサと()き流した!
「アタシは〝リン〟! 〝天条リン〟よ! いつでもどこでも、自分の思った通りにやる! 誰の指図も受けないんだから ♪ 」
『……ああ、やっぱり』
 オイ?
 その「やっぱり」って何だ? ドク郎?
『慢心と奢り……だから、危険だと言う』
「フン……『自信』と『可能性』っていうのよ! そーいうの!」
『害悪の危険性は、この場で少しでも排斥する』
「ヤダァ★ 奇遇ぅ~? 同感~ ♪ 」
 アタシの挑発を皮切りに第2ラウンド!
 またも襲い来る無数の触手!
「ったく、ウネウネと! アタシはエロアニメのヒロインじゃないっての!」
『ィ……イヤァァァ!』
 ……アンタの恥態(ちたい)なんて見たくないわよ、ドク郎。
「クッ……ソ! せめて、触手の動きさえ止められれば!」歯噛みの中で、ふと妙案が脳裏を(よぎ)る。「やってみるか」
 そして、アタシは(りょう)(てのひら)を花と開いた!
「エコロケーションホールド!」
 放たれる超音波拘束!
 クラゲの動きが愚鈍に染まる!
 ……けど!
「クゥ? や……やっぱり(ひと)りじゃ不充分……か?」
 クラゲのヤツ、まだ動ける!
 そもそもはモモとの相乗効果で、膨大な拘束力を領域形成する連携技だ。
 アタシ(ひと)りからの圧だけでは、そりゃ不充分に決まっている。
 ()してや相手は、あの〈宇宙クラゲ〉──難敵もいいとこだ!
「ぅらあああああーーーーッ!」
 だったら振り絞る!
 持てる渾身を限界まで!
 宇宙の平和?
 人類の存亡?
 カンケーない!
 単に……アタシは負けたくない(・・・・・・)
 何故なら、アタシは天条リン(・・・・)だから!
『愚かな……仮に力業(ちからわざ)で抑え込んだとて、その後はどう攻撃へ転ずる?』
「グゥゥ……オ……オイシイ見せ場は……(ゆず)ってあげるわよ!」
 不本意ながらに、攻撃担当(レシーバー)への任命を叫ぶ!
「ドク郎!」
『イヤーン! 破廉恥(ハレンチ)な!』
「触手宙吊りにTo()LO()VE()ってんじゃないわよーーッ! この一大事(いちだいじ)にーーッ!」
 ホントに使えないわね! コイツ!
『いいや、リン! 一瞬でも動きを止められれば充分だ!』
 え? この頼もしい声……ケイン?
 肩越しに振り向けば、いつの間にか間合いを詰めていたレトロナ(ファイブ)の勇姿が!
 そうか! 完全に蚊帳の外だったから、失念のままノーマークになっていたのね!
『行くぞぉぉぉーーッ! 超リニア剣ーーーーッ!』
 胸部に据えられていた深紅のシンボル『(ブイ)型エンブレム』が、刀身と柄を伸ばして両刃(もろは)の巨剣に……って、違った!
 アレ『(ブイ)型エンブレム』じゃなくて『レの字』だーーーーッ!
 カタカナの『レ』だったーーーーッ!
 微妙な傾斜に据えていたから誤魔化されてたわ!
『ハアァァァーーーーッ!』
 高々と巨剣を振りかざすと、頭上には雷雲が集積していく!
 ……何で?
 何で、いきなり局地的天候変化?
 もしかして、例の〈ブルートーン効果〉の応用?
 とか胸中でツッコミを巡らせていた直後、神々しいほどの落雷!
 膨大な電気エネルギーが両刃(もろは)に帯電蓄積される!
 そんでもって、(すす)けた!
 レトロナ(ファイブ)、機体色が少し黒ずんだ!
 絶縁処理ハンパだった!
 落雷受けた瞬間、軽くビクゥって痙攣(けいれん)したし!
『超リニア剣……スピン斬りィィィーーーーッ!』
 強大なエネルギーを攻撃力へと転じ、鋼鉄の巨体が高速回転!
 刃を水平に伸ばして……。
 てっきり〈ドリル回転〉かと予想してたら、まさかの〈独楽(コマ)回転〉だったわ!
 けれど……さすが腐っても必殺技!
 遠心力依存の斬撃は自衛に襲い来る触手を無選別に斬り落とし、そのまま特攻で(コア)とおぼしき発光器官を両断にした!
「やった!」
 発光を帯びていく敵の姿に、誰もが勝利を確信!
 が──「浅いッ?」──深々と切り裂いたものの、分厚い軟質表皮だけに(とど)まった!
「だったら!」
 空かさずヘリウムバーニアを高出力で、アタシは高々と跳んだ!
 発光器官(コア)()()している!
 この千載一遇を逃す手は無い!
「テァァァアアアアアーーーーーーッ!」
 必殺の脚槍!
 貫く!
 帯電する高圧エネルギーを解放させるべく、アタシは起爆コードをキメた!
アタシ(・・・)の奇跡!」
 大爆発!
 白い光の拡散が〈クラゲ〉の最期を演出した!
 柔らかくも(まばゆ)く染まる眼界。
 だがしかし、予想外の展開が、またもやアタシ達を驚愕へと(おとし)める!
「な……何ですってッ?」
 確かに斬りはした!
 確かにトドメとなった!
 少なくとも〈クラゲ〉には……。
 だけど、溶けていく光の中にソイツ(・・・)はいた。
 白の中心に……。
 あの〈クラゲ〉に取って代わって……。
 少女だった!
 閑雅(かんが)に泳ぐ銀色の長髪。端正で線の細い美貌には、(うれ)いを()びながらも冷ややかな眼差(まなざ)し。まるで聖女のような高潔さを感受させながらも、得体知れない恐怖感をゾッと(いだ)かせる。

「我が名は〈ニョロロトテップ〉……」

 それが〈クラゲ〉の正体だった。

しおり