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魔木の実の魅力

 今日の訓練は自主訓練になった。理由は、れい様がいらっしゃるからと聞かされている。という事は、メイマネ様からあの話をしていただけるという事だろう。
 どうなるのかと、期待と不安を抱きながら自主訓練に励んだ後、夕方になったので妹と一緒に町に戻る。
 そのまま皆の顔を見に教会へと足を向ける。もしかしたら既にメイマネ様から彼女の方に話がいってるかもしれない。
 教会に到着すると、彼女に迎えられる。子供達も少し遅れてやってきた。
 そこから少し話をした後、メイマネ様から話が来ているかどうか尋ねてみる。しかし、まだ話は来ていないようだった。
 遅くとも明日には話が来るだろう。という事で、特に気にせず会話を続けていく。今日はずっと自主訓練で時を過ごした。れい様との話し合いが気になって集中しきれなかったので、念のために森へは行かないようにしていたから。
 そうしてみんなで集まって話をしていると、メイマネ様がやってこられた。
「丁度良かった、お二人共揃っているようですね」
 メイマネ様はこちらを見て、というか俺と彼女を見てそう言った。
 妹達と少し距離を取り、メイマネ様と彼女の三人で話をする。話の内容は、当然以前話した神前の誓いについてだ。
 メイマネ様によると、れい様はこちらの願いを聞き届けてくださったようだ。
 その話を聞いて、彼女は涙を流して喜んでいる。俺も感激したが、それだけではなかった。なんと、準備もあるだろうからと、こちらの都合に合わせてくださるらしい。その寛大な御心に、二人で感謝の祈りを捧げた。
 その後、当日の打ち合わせを軽く行い、披露宴の事もあるので本格的なものはまた明日として、妹達の許に戻る。
 妹達と合流すると、メイマネ様は持っていた籠を俺と彼女に差し出す。中に入っていたのは、こぶし大ほどの赤黒い実のようなモノ。
「これはれい様からのお土産です」
「れい様からですか!?」
 メイマネ様の言葉に、彼女が直ぐに反応する。確かに驚きの内容だ。
「はい。その籠に入っているのは、ここよりずっと北に行った森に生えている、魔木と呼ばれている魔物化した木に生る実です。その魔木の実はそのまま皮ごと食べても問題ないので、アプーの実と同じような食べ方でいいでしょう」
「ありがとうございます」
 メイマネ様による魔木の実の説明を聞いた後、俺はお礼を口にする。その後に皆が続いた。
 話が終わり、れい様のお土産も頂いたところで、メイマネ様は戻られた。残った俺達は、れい様のお土産に意識を向ける。
「ねぇ、せっかくだから食べてもいい?」
 最初に声を上げたのは妹だった。好奇心旺盛で食いしん坊なところがあるので、興味が抑えられなかったのだろう。
「いいよ。こっちの籠には四つ入っているから、一人二個までね」
「分かった」
 頷いた妹は、早速とばかりに俺の持つ籠から魔木の実を一つ手に取る。
「すんすん。甘い匂いがする」
 手にした実の匂いを嗅いだ妹は、魔法で実より若干大きな水の球を創り出す。今のところ手が洗えるぐらいの大きさの水球までしか創れないらしいが、こういう時には便利な魔法だ。
 創り出した水球で実を軽く洗うと、妹は待ちきれないとばかりに直ぐに齧りつく。
 シャクリと小気味の良い音がした後、妹は目を大きく見開いて動きを止める。まるで時でも止まったかのようなその光景に、ちょっと不安になった。
「お、おい?」
 恐る恐る声を掛けてみると、十秒ぐらい止まっていた妹の時が動き出す。しかし、シャクシャクと無言で実を食べ続けるだけでこちらに返事は無い。それどころか、もう完全にすり潰したのではないかというぐらいに顎を動かして咀嚼していく。
 程なくしてごくりと実を飲み干したところで、バッと妹がこちらを向いて、真面目な顔で口を開く。
「これ、凄い美味しい」
 真面目な顔とは違って寝ぼけているような声音でそう口にした後、妹はまた実に齧りついて食べはじめる。
「えっと……」
 どうしたものか。そう思って彼女の方を見ると、真剣な顔で手にした実を見ている姿があった。
 そのまま服でサッと磨いて齧りつく。そして、妹同様に動きを止めた。しかし、こちらは動きを止めながら涙を流してる。
 彼女から子供達の方へと視線を向けてみると、一心不乱に実を食している五人の姿。
 それに恐怖しながらも、れい様のお土産という事であればおかしなものであるとは思えないので、俺も意を決して実を一つ食べてみた。
 シャクッという音を立てて実が口の中に入った瞬間、その音は福音だったのだと理解した。
 口の中一杯に拡がる甘味は強烈で、甘さで言えばアプーの乾した実並みかそれ以上。しかし甘さにくどさが無く、甘いけれどさらりとした感じで舌の上を過ぎていく。
 そこに僅かな酸味も加わり、甘さをより引き立ててくれる。咀嚼も忘れてしまうほどの美味に、みんなの反応にも納得した。同時に、これほどの果実が存在するのかと衝撃を受けた。
 そのまま咀嚼していくと、しっかりとした食感と共に溢れ出てくる果汁。もう他には何もいらないと思えてくるような幸せの味がした。
 一つの実を食べ終わると、満足感と共に幸福感に包まれる。食べ終わってしまった哀しさも僅かにあるも、まだもう一つ残っているからな、今度は別の方法で食べてみてもいいな。
 周囲に目を向けてみると、みんな引き続き果実を一心不乱にむさぼっている。そして、彼女の持つ籠の中身は空っぽだった。
 ふと視線を落とすと、そこには俺の持つ籠と一つ残った実。そして、その最後の実に伸びた手。
「ちょ!!」
 慌ててその手を掴むと、その手の主に視線を向ける。
「んー、離して!!」
 そこには早々に実を二つ食した妹の姿があった。手を振り払おうとしているが、視線は実に向いたまま。
「おっと」
 すかさず妹の空いている手が伸びてきたが、身体を捻って身を挺して籠を護る。
「これは俺のだ。一人二個って最初に言っただろう?」
「えー、いいじゃんケチんぼ兄さん!!」
「ケチじゃないから」
 今回を逃がすと、次いつ食べられるか分からない。ずっと北に行った場所なんて、森の浅い部分しか行けない俺には到達不可能な領域なのだから。
「ねー、ちょうだいよ~」
「ダメ」
「いいじゃん~」
 服の裾を引っ張って駄々をこねる妹。元居た世界ならいざ知らず、ここでは食べる物に困っていないのだから、それは聞けぬ頼みだった。
 そうやって兄妹でじゃれ合っていると――妹は本気だったが。
「で、でしたら、あ、あの、私にいただけませんか?」
 その声に横を向けば、彼女が指を絡ませ、もじもじしながら恥ずかしそうに立っていた。顔も赤く染めてとても可愛らしい。妹同様に自分の分を食べ終えてしまったようだ。
 妹相手では揺らがない心も、彼女相手では揺らいでしまう。しかし、こんな美味しい物はまたいつ食べられるかしれない。そう思うと悩みもする。俺はまだ一つしか食べていないが、俺以外の全員は既に二つずつ食べている訳だし。
 妹の声を意識の外に置いて考えた後、俺は彼女と分け合う事にした。とても美味しかったが一つは食べたからな、もうすぐ一緒になる相手なわけだし、それぐらいしてもいいだろう。
「そ、それじゃあ半分なら」
 何となく気恥ずかしくなりながらそう告げると、彼女はパッと笑みを浮かべる。それだけで十分だったかもしれないが、まぁ分かち合うというのも大切だろう。
「えー、ズルい! 私も欲しい!!」
「それはダメ」
「なんで!?」
「彼女は俺の妻になるのだから、分け合うのはおかしくないだろう?」
「妹は?」
「そろそろ自立しても大丈夫だろう」
「むー……まぁそれならしょうがないな!!」
 実際、妹はもう一人で森に入れるぐらいの実力を身に付けているのだから、俺が気に掛ける段階は過ぎている。それに、幸いここならば妹一人でも食べ物には困らない。
「それじゃあ半分に切るために台所に行こうか」
「はい!」
 俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んで台所へと案内してくれた。

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