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北の森にて4

 フォレナルが拠点としている屋敷は、フォレナーレが拠点としている屋敷と同じぐらいの広さがある。ただ、フォレナーレの方の拠点が自然と調和する家だとしたら、フォレナルの拠点は木に呑まれた家だろうか。
 木に呑まれたといっても、ここに長いこと家が在って大樹に呑まれたとかそういうわけではない。確かにそれなりに長い年月が経ってはいるが、そうではない。
 その家は、ハードゥスに来た当初から木に呑まれていたのだ。幹の途中から上が無くなっていたので、もしかしたら家の部分だけ穴に落ちたのかもしれないし、最初から無かったのかもしれない。
 何にせよ、非常に大きな家が木に呑み込まれているというのも驚きだが、それでいながら家に不備がないというのもまた驚きだった。
 木はまだ生きていたようで、今ではこの地に木が根付いたらしく、上部の方に新しい芽が生え、それが今では少し大きくなっている。いつかはまた大きな木になるのかもしれない。そんな事を思わせる家だった。
 れいはそんな大きな家の玄関に近づく。居住区画の住民はもう寝ているだろう時間になってしまったが、今回訪れるのは相手は管理補佐なので、その辺りは気にする必要はない。管理補佐もれい同様に睡眠を必要としないのだから。
 そんな事を考えながら玄関に向かっていると、後数歩で玄関に辿り着くというところで玄関扉が勢いよく開かれる。
「れい様! このような場所にご来駕召されるなど、このフォレナル歓喜の極みに御座います!!!」
 家の中から出てきたフォレナーレと似た容姿の女性は、れいの姿を見るなり滂沱と涙して、玄関で伏してれいを迎える。
 おそらくフォレナーレから連絡がいっていたのだろうとは思うも、何だか以前に戻ってきているようなその反応に、れいは一瞬だけ動きを止めた。
 その後に一度立たせて、そういう事は必要ないと懇々と言って聞かせる。言って聞かせたのだが、瞳をキラキラと輝かせて頬を紅潮させるばかりで、本当に聞いているのか不安になった。それでも、当初の頃の恍惚としたような表情よりかは遥かにマシになったので、話を聞いていると思う事にする。いや、れいの言葉なので話は聞いているのだろうが、理解出来ているのかどうかは疑問が残った。
 とにかく、立たせても直ぐに跪くフォレナルとのやり取りを終えて、家の中に入る。フォレナーレの方が随分まともだったように思えたが、あれもあれでまだ途上なのだ。敬うのはいいが、時と場所を考えないうえに、会話に支障が出るほどともなると考えものなのだから。
 フォレナルの家も大きな広間が在る。こちらはそこが応接室も兼任しているようで、他はやや広い程度の部屋ばかり。その代り部屋数だけは多いので、もしかしたらここは元々何かしらの宿泊施設だったのかもしれない。
 その広間には、木製の長椅子と机が置かれている。それらは艶出しされた見るからに質のいい物で、落ち着いた色合いは味があって実に品がいい。
 これらはこの家に元々在った物ではなく、フォレナルが自作したものだとれいは聞いている。他にも色々と製作しているようで、いつか人が増えたら商品として売りに出してもいいかもしれない。
 れいは促されるままに背もたれのついた木製の長椅子に腰掛ける。座面には柔らかなクッションが敷かれており、全く硬さは感じられない。
 れいが長椅子に腰掛けて少しすると、フォレナルがお茶を持ってくる。茶菓子に一口サイズのパンのような物が付いていた。
 持ってきたお茶と茶菓子を丁寧な所作でれいの前に並べると、フォレナルは少し下がった位置で膝を折りながられいにお茶を勧める。
 別にお茶を飲みに来た訳ではないのだが、何か期待するような感じに、折角出してもらったのだからと、れいはお茶を飲む事にした。
 手にした湯呑に注がれたお茶は淡い緑色をしており、仄かに甘い香りが鼻孔をくすぐる。
 一口飲んでみると柔らかな苦味が口の中に広がり、その後に微かな甘みを残して引いていく。そんな何とも上品な味がした。
 のんびりとした昼下がりにでも飲みたいと思わせるそのお茶は、れいにとっても好ましいと思える味であった。果たしてその事をフォレナルに伝えていいものかと一瞬悩みはしたが、正当に評価しないわけにもいかないので、れいは諦めて味の感想を伝える事にする。
 それを聞いたフォレナルは、予想通りに涙しながら歓喜する。流石に慣れてしまったので、フォレナルが落ち着くまでの間、れいは茶菓子の方にも手を伸ばす。
 茶菓子は、見た目は一口大のパンであった。数センチメートル四方の四角いパン。やや硬めではあるが指に少し力を籠めてみると、ふにふにとしていて僅かに指が沈む。
 そのまま一口で食べてしまうと、直ぐに香ばしい苦味が舌の上に広がる。そのまま歯を立てると、中からどろりとした甘い物が出てくる。おそらく何かのジャムだろう。中に含まれていた量はそれ程ではないが、それが逆に甘過ぎなくて丁度いい。
 味わって食べた後にお茶を少し飲む。それで仄かに口内に残っていた甘さが流されて、気分が落ち着いていく。
 れいはもう一つ茶菓子を手に取ると、半ばから噛みきる。そうすると、予想通りに中から紫色のジャムが出てきた。しかし、先程とは味が違うようなので、何種類か用意してあるのだろう。もしくは全て違う味か。用意された一口パンは全部で五つ。
 二つ目を堪能した後、お茶で口の中を洗い流す。その頃になってようやくフォレナルが戻ってくる。
 フォレナルに向かいの長椅子を勧めた後、れいは少し迷った挙句、一口パンの感想も伝えた。その後で更に一口パンが二つ消えた。
 落ち着いたところで報告を受ける。といっても、確認だけなのですぐに終わったが。報告するような事は何も無かったようだ。
 歓談しつつ、残りの一口パンとお茶を飲み終わると、れいは屋敷を出る。森の見回りも残すは半周。その後は居住区画だ。
「………………それにしても、ここは本当に植生が豊かなのですね」
 先程フォレナルの家で出されたお茶と茶菓子も、フォレナルがこの森の恵みだけで作ったものだという。
 主な材料は木の葉と木の実ではあったが、それだけ様々な植物が生えているということなのだろう。ハードゥスに来て性質が変わった植物もあるようなので、今度改めて森を見て回ろうとれいは考えたのだった。

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