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こけた第一歩

 では、話していきましょう。春から通学だったはずですが、入学前日の夜に通学自粛の知らせを受け、若干テンションが下がった状態にありました。正直、ひきこもりが苦手な僕にとって自宅待機は苦痛以外何者でもありませんでした。
 首を傾げている読者の皆さんに事の経緯を説明いたしましょう。三ヶ月前、世界中で原因不明の感染病が発生し、入学前日までで世界総死者が100万人以上になったのです。そのため、政府が昨日の昼前に非常事態宣言を出したのです。これにより、大学は強制休校になったのです。もちろん、人命を優先したことによるものだと重々承知しています。でも、こんな不運に付き合わされたことに不満があるのでした。天に見放された気分がしてならなかったのです。
 しかし、そんな気分でいる朝でも未来は、たった30分で最高級の朝食を作ってくれたのでした。もちろん、同棲し始めた時には、自分の家の味を教えていましたが、なんとその味をたった一食だけで全て取得したのです。一ミリも味の感覚が狂っていなかったのです。彼女曰く、同棲して初めて僕と握手した時に取得した僕の遺伝情報と一食分の調理実習のデータとを組み合わせて味を合わせたとのこと。恐るべきアンドロイドの進化。ほんの数十年前までは、単なる単純作業ロボットだったのに、今や人間の知能を凌駕しようとしているのです。ですが、今のところ、理論上では生身の人間にはアンドロイドは勝てないことになっています。

「おはよう、マスター。」
「おはよう、未来……」
「どうした? 元気ないぞ。」
「まあ、休校になったからな……」
「しゃあなくないか? 強制休校なんて、俺らにはどうしようもないさ。」
「まあな。おっと、今日は珍しくパン食かい?」
「そう。ずっとごはんばっかだったから飯のイメチェンしてみた。」
「なるほどな……でもな、ごはんのほうが良いとかお米食べろとか言ってたやついただろ?」
松井修斗(マツイシュウト)だろ? アイツの言ってること、信じられないな、勢いで言ってる感半端ないし。しかも、アイツの終始騒がしい態度が気に食わないんだ。」

 よほど、米食に飽きているのだなと強く実感しました。

「あれ、そういやゆかりさんは」
「あいつは徹夜でゲームしてたからな……後で起きてくるんじゃないか?」
「なるほど。で、お前は……ゲームとか」
「しないな。逆にストレスたまるし、ストレスは最小限にしたいからな。」
「なるほど。」

 バターがたっぷり塗られたパンを口に運びながらイタリアンローストコーヒーを飲む。それが、僕のパン食の時のご飯の食べ方です。

「分かるなー、マスターの食べ方。俺もその食べ方好きだな。」
「マジで?」
「ああ。コーヒー飲んでパン食べるんだ。苦さとうまさとがうまくマッチングできてるんだ。苦さと甘さとのマッチングも良い。正反対の味の特性の組み合わせはな、料理の常套手段さ。」
「なるほどな……」

 彼女の味覚と僕の味覚は若干似ているような気がしました。味がとてつもなく良かったので、いつもの2倍の早さで完食してしまいました。 

「ごちそうさまでした。」
「早いなー、食うの。」
「そりゃあ、うまかったからな。とりあえず、歯磨いてくる。」
「おお、いってら。」

 歯を磨いて、顔を洗い、髪を整えていると、ゆかりさんがいつの間にか立っているのが常です。かなり眠そうにこちらをずっと見ているのが、妙に変な気分にさせます。

「おはよう、ゆかりさん。」
「おはようございます……今日は、どこかにおでかけですか?」
「まあ、ちょっとね。すぐ帰ってくるくるけどな。」
「そうですか……あの、聞きたいことがありまして……」
「なんだ?」
「その……師匠とどうやって知り合ったのですか?」
「高校でさ。1年の時のクラスメイトだったからな、あいつは。」
「なるほど……では、なぜ一緒に暮らすことになったのですか?」
「……話せば長いから夜に話してもいいか?」
「良いですよ。お願いします。」
「うん。」

  髪を整えた後、いつものように仏壇の前で少しばかり読経します。

南無大慈大悲観世音菩薩(ナムダイジダイヒカンゼオンボサツ)、南無大慈大悲観世音菩薩、南無大慈大悲観世音菩薩、南無大慈大悲観世音菩薩、南無大慈大悲観世音菩薩、南無大慈大悲観世音菩薩。昨日までお守りいただき、ありがとうございました。今日も1日頑張らせていただきます。どうか変わらずお守りくださるようにお願い申し上げます。」

 朝の礼から始まり夕の礼に終わる。自分はもちろん、未来も生かさている身です。生かされている恩を忘れないために、毎朝と毎夕に未来と一緒に仏壇の前で手を合わせています。  


「んじゃ、いってくる。」
「お、いってら。帰ってくるまでに掃除を終わらせておいておくな。」
「おお、あんがと。」

 未来には、家事を全部任せて申し訳ありませんが、自ら家事をしてくれているので助かっています。ちなみに、一部の生活費を僕の労働で賄って、残りの生活費は親からの仕送りと僕の株の配当金で賄っています。そう、労働は僕担当で、家事担当は未来で分担してます。
 男が労働で家事が女。昔からの典型パターンを築いている家庭です。ですが、未来は自分は女だと主張しません。男だと主張しています。僕は、体が男だと分かっていますが、心は女だと思っています。お気づきでしょうか。実は、2人共にトランスジェンダーなのです。そして、お互いトランスジェンダーなのでお互いの事を体の性別と反対の性別で認識してます。外で働く嫁と家で働く夫といった感じです。お互いにトランスジェンダーだと気づいたきっかけは、高校1年生の文化祭の変装パーティでしたが、詳しい話は後程。
 では、今回はここまで。
 

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