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とある青年の日常3

 訓練はいつも通りに厳しいものではあったが、無事に終了した。しかし、妹の方はまだ続けているようなので、少し待つ事にする。
 その間どうしようかと考えたところで、折角なのでメイマネ様に婚姻に関しての相談をしようと思い至る。家の件はまだ決めていないが、れい様に話を通して頂けないかとの相談だ。
 メイマネ様は未だに訓練している妹の方を指導されているので、近寄って声を掛けてみる。無理ならまた後日でもいいだろう。
「指導中のところすみません」
「ん? どうかしましたか?」
 声を掛けると、穏やかな声音が返ってくる。
 長身で常に動きやすい服を身につけている男性。それがメイマネ様だ。動きやすさを優先させたからか、服装だけ見れば野暮ったさを感じる服装なのだけれど、そんな服装でも何故だか上品に思えてきてしまう不思議な人物。
 魔法や武術に家事にと幅広く精通している方で、俺や妹の師匠とも言える。今では教会の子供達にも教えているので、町の管理者で、みんなの師匠とも言えるかもしれない。
「相談したい事があるのですが、少しお時間を頂いてもよろしいですか?」
「そうですね……」
 メイマネ様がチラリと妹の方を見る。妹は現在精神集中しているようで、床に座ったまま動かない。
 それを確認したメイマネ様は、こちらを見て問題ないと頷いた。
「それで、何のご相談でしょう? 場所を変えますか?」
「いえ、大丈夫です。実は――」
 そこで俺は、彼女と話し合った事を伝えていく。れい様への報告や挙式や披露宴についてなど。まぁ、挙式や披露宴といっても人数が少ないので、ほとんど皆に報告したら直ぐに宴会といった流れだが。
 問題は食事の用意についてだ。木の実や山菜なら少しは採れるが、他と言ったら水と果実しか用意出来ない。なので、その時に肉を融通して頂けないかとの相談。
「それでしたら、食事はこちらで用意いたしましょう。八人全員がお腹いっぱい食べられる量を」
 穏やかな笑みを浮かべてそう口にするメイマネ様。
「え!? いや、そんな、畏れ多い事です」
「いえいえ、お気になさらずに。これでも料理も好きなんですよ。それとれい様への言伝も承りましょう」
「ありがとうございます」
 俺は感謝を込めて深々と頭を下げる。
 この世界に来なければ、こんな人並みの想いも抱かなかったかもしれない。ふとそんな考えが浮かんだ。元居た世界では、妹以外が全て敵のように見えていたからな。
 そうして少しメイマネ様と色々と話をしている間に精神集中を終えたようで、妹が立ち上がる。
「お兄ちゃんの方はもう終わったの?」
「ああ、森に行くんだろう? 少し休むか?」
「ううん、大丈夫。今魔力を回復させたから、今すぐにでも問題ないよ」
「それで精神集中してたのか」
「そうだよ~。魔力はああやって精神を集中すると回復が早くなるんだから!」
 得意げな妹を微笑ましく思う。俺も魔法は使えるが、補助程度でしか使用しないのでそこまでやる事はない。なので、それは初めて知った。だからいつも妹の方が訓練が終わるのが遅いのか。
 メイマネ様に感謝の言葉と挨拶を告げて訓練場を出る。
「それで、今から森に行くの?」
「ああ。お腹が空いたなら一旦戻るぞ?」
「それは大丈夫だけど……」
 何か言いたげに見られたが、特に何か言うでもなく森の方へと歩いていく。まぁお腹が空いても、森の恵みを分けてもらえばいいだけだしな。
 森は訓練場からも距離がある。といっても、徒歩でも一時間ほどで到着するが。
 到着した森は、立派な木々が立ち並んでいる。浅い部分は木々の間隔が結構開いているので、森の中も明るい。しかし、奥に行くほど森は深く暗くなっていく。
 森を形成している木々は様々で、食べられる果実を付ける木から葉っぱしかない木まで色々。中には毒となる実や花を付ける物まであるので、浅い部分とはいえ慎重に進まなくてはならない。そういった事を考えると、思わず手にした剣を強く握ってしまう。
 この辺りの植生についての知識はメイマネ様から頂いている。れい様がまとめた本をメイマネ様が管理していらっしゃったので、それを拝見させてもらったのだ。勿論、許可を貰って。というか、森の浅い部分に入れるようになったら見せるように言われていたらしい。本当、感謝しかない。
 とても丁寧な装丁の分厚い本で、写真とかいう本物そっくりの絵付きで詳しく載っていたので間違いようがない。
 その本は植物だけでなく、浅い部分で遭遇するであろう魔物の名前や特徴なども網羅している。森の浅い部分に特化した事典だ。
「あ、アプーの実! まだ残ってたんだ!」
 森の中に数歩入ったところで、妹が頭上の木を指差す。
「アプーの実?」
 それにつられて上を見れば、赤く長細い実が幾つか生っているのが見えた。それは確かにアプーの実。暑い時期に生る実で、寒くなってきた今の時期だとほとんど見かけない。
 そのまま食べられる実で、甘酸っぱくて非常に美味しい。しかし、人には合わない魔力を帯びているらしく、あまり多く食べるとお腹が緩くなってしまう。毒ではないが、食べ過ぎ厳禁の果物だ。
 ただ、干して乾燥果実にしてしまえば問題ないらしい。しかしそうすると、ひたすらに甘くなるので、好みによりけりだが。
 妹は即座に木を登ってアプーの実を収穫していく。
 アプーの実は妹の好物なので、やたらと張り切っているようだ。特に干したのがお気に入りらしく、保存が効くので家に常備しているほど。大きな甕満杯で五つほど。妹と共に暑い時期に大量に収穫したものだ。……まぁ、妹ほどではないが彼女も好きらしいからいいのだが。うん。
「よっと!」
 生っていたアプーの実を全て収穫した妹が木から飛び降りてくる。アプーの木は別方面の森に群生地があるが、ここでは少し珍しい。
「ふふふふふ」
 妹は怪しい笑みを浮かべながら、収穫したアプーの実を小さな籠に入れていく。染める用の草を収穫するために用意したらしいが、事前に訓練場に置いていたようだ。
 アプーの実を籠に入れた後、その籠から一つ取り出して服でこすってから、問題ないか観察して口を付けた。
 かなり稀にだが、魔蟲の幼体が中に入っている事があるのだ。幼体なので然して脅威ではないし、食べても害はないらしいのだが、だからとて食べたいとは思わないだろう。幸い大きめの穴を開けるので見分けるのは簡単。
 アプーの実を食べてご満悦な妹と共に、森を歩く。
「そういえば、何の草を探しているんだ?」
 この辺りの事は木だけではなく草まで頭に叩き込んでいる。染物に使えるかどうかは知らなくとも、名前を聞けばそれがどんな草かは分かる。
「エメグリ草だよ」
「エメグリ草か。それなら直ぐに見つかるな」
 エメグリ草は、何処にでも生えている草だ。適当にそこら辺の草を全て抜き取れば、その三割から六割ぐらいはエメグリ草だろうというぐらいには何処にでも生えている。
「うん。ただ、結構量が必要でね」
「どれぐらい?」
「この籠一杯」
 妹は先程アプーの実を入れた籠を叩く。小さな籠ではあるが、それでも人の頭ほどはあるので少し面倒そうだ。
「それなら、アプーの実を入れたのは不味かったんじゃ?」
「それは問題ない!」
 即答であった。籠一杯に必要という事は、余計な物は入れない方がいいのではないか。そう思うが、そう言える雰囲気でもない。
「ほら、そんな事よりも早くいくよ」
「……はいはい」
 まぁいいかと思い、森の中を進む。少し進んではエメグリ草を採取する。特徴があまり無い草なので見分けるのが少し大変。マチガエ草という毒草と似ていてるのだ。こちらはそこまで生えていないが。
 俺は俺で、エメグリ草を探す合間合間に木の実や山菜を収穫していく。俺は籠は持ってきていないが、こういう時用に小袋を幾つか腰に下げているので、それの中に入れる。
 そうして十分に収穫を終えたところで森を出た。今日は魔蟲に遭遇しなかったので平和でよかった。浅い部分だと遭遇率は低いが、それでも居ない訳でもないからな。
 アプーの実を採取したからか、少しだけ遅くなってしまった。さ、暗くなる前に町に戻ろう。





 そうして森を出てから町に着いた時には夕方が終わろうかという時間だった。住民が少ないだけに明かりに乏しいこの町では、その時間はほとんど闇に包まれている。
 しかし、妹が魔法で出した光る球体のおかげで足下が見えないという事はない。
 一度教会に寄り、メイマネ様との話を彼女に聞かせる。その間に妹は子供達にアプーの実を配っていた。
 話が終わった後、家に帰る。夕食は庭の木に生っている実と、採ってきた木の実と山菜を調理した物を少し。
 夕食後はそれぞれ好きに過ごす。
 俺も光の球を出す事が出来るので、夜でも問題はない。もっとも、妹ほど光量が無いし、維持出来る時間は短いのだが。
 その短い時間を使って、採ってきた木の実や山菜の残りを並べて検分した後に保管庫に入れたり、部屋で教わった通りに剣の手入れをしたりと、今の内にやっておくべき事を一通り終わらせて、月が昇りきる前に就寝する。
 そうして今日という日が終わる。明日は訓練後に家を見に行こうかな。

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