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とある青年の日常2

 町中は静かなものだ。ここに住んでいる者が少ないから当然だが、もう少し活気があってもいいと思う。ただ、そう上手くはいかないらしい。
 なのでそれは気長に待つしかないのだが、人はあまりやってこないとも聞かされている。もしかしたら、俺が生きている間にもう人は増えないのかもしれない。だが、こちらから何か出来る訳でもないので考えるだけ無駄か。
 俺の家から教会までは少し歩く。といっても大した距離ではない。先を歩く妹も、慣れた足取りで町中を歩く。
 少しして、目的の教会に辿り着いた。
 教会の正面の扉は閉まっているが、そろそろ開く頃だろう。今日は少し早くに出過ぎたらしい。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
 扉が開くのを待っている間、妹が話しかけてくる。
 教会内で暮らしている者達が寝泊まりしているのは併設されている孤児院の方だが、今は教会の方に居るだろう。扉を叩けば気づいて開けてくれるだろうが、朝の準備が済めば開くのだ、急かすほどではない。
「今日は森へは行くの?」
「訓練の後で時間があればな」
「私も行っていい?」
「いいけど、どうして?」
 たまに一緒に森へは行くが、意外と妹と一緒に森へ行く機会は少なかった。それは訓練内容が違っていたり、俺は俺で好きにしているように、妹は妹で何かしているからだ。
「ちょっと欲しい草があって」
「草?」
「そう。染物に使える草が森の浅い部分に生えてるらしくてね。今、手作りで布を作っているのだけれども、それを染めるのに使おうかと思って。だから森に行くなら一緒に連れて行ってくれない? 草を取ってる間の警戒をお願いしたいから」
「まぁそれならいいけれど、お前そんな事をしていたんだな。というか、誰に聞いたんだ? 布作りもだけど、草の場所なんて俺かお前ぐらいしか分からないだろうに」
 今森に入れるのは俺と妹だけだ。実力的に他に入れる者が居ないから。
「裁縫はお義姉ちゃんから教えてもらったの。でも、染め物に使える草や、そもそも糸を作るのに必要な物なんかはれい様がお教えくださったのよ!」
 自慢げに語る妹。その気持ちは分かるが、よりにもよってれい様からとは、あまりにも畏れ多い。
「お前……」
「ふふん! 私が新しい服が欲しいと思っていたら導いて下さったのよ!!」
 この町には建物が沢山並んでいる。それは俺達同様に流れ着いた物らしく、住民は居ないが家具などの中身はある程度そのままだ。当然、そこには服もあるので、その中から着られる服を探して俺達は着ている。
 最初の頃はそれでよかった。いや、俺は今でも文句は無いのだが、どうも妹はオシャレというモノに目覚めたらしく、着られればいい俺とは異なり、着る服に不満があったようだ。
 昔の感覚で言えば、どれも上等な服なのだが。仕立てがいいとか材質がいいとかは分からないが、破れたり汚れたりしている訳ではない、普通に着られる服なのだから。
 話を聞くに、それらを切って縫い合わせるという事もしたようだが、やはりどうしても人様の物という感覚が何処かに在るからか、あまり積極的にはなれなかったらしい。それについては理解出来るので、衣食住が満たされていると、そういう感覚が蘇るものなのだと実感したものだ。
 まぁ、誰かの服を着て誰かの家に住んでいる時点でという部分もあるが、この辺りはしょうがないと割り切れる。進んで壊したりしている訳でもないし。
 そういう訳で、自作することにしたらしい。元々何も持っていなかったからな。服ではなく布もまぁ一応在ったらしいが、似たような色合いの物が少し在っただけだったとか。
 そんな折にれい様が声を掛けてくださったらしい。そして、糸に出来る植物やその紡ぎ方などを授けてくださったとか。もう少し戦闘力があったら糸を吐く魔物を利用するという手もあったらしいが、その辺りは実力不足なのでしょうがない。
 そして現在、まだまだ不格好ながらも布を作るまでにはこぎ着けたのだとか。しかし、色合いが何かの染みのような感じなので、染めたいという訳で今に至るらしい。
 訓練後に時間が出来たら一緒に森に行くことを了承したところで、教会の正面扉が開く。
「あら? おはようございます。今日は早かったのですね」
「おはようございます。少し早く起きてきてしまって」
「おはようございます。どうせお義姉ちゃんに早く会いたかっただけでしょう」
「な! そ、そんなことは……」
「…………ないのですか?」
 妹の言葉に慌てると、直ぐさま扉を開けた彼女が下から覗き込むようにして首を傾げる。
「え、あ、いや、その……はい、そうです」
 観念して俺が頷くと、彼女は花が咲くような笑みを浮かべてくれる。実際、早く起きた理由の大半はそうとも言えた。
「私も朝から貴方に会えてうれしいです」
 真正面からそう言われると、思わず顔がにやけてしまう。
 彼女と恋仲になったのは今から三年ぐらい前だったか。この町には年の近い女性は妹を除けば彼女しか居ないので、これもある意味必然の結果と言えるのかもしれない。
 この地には法が無い。いや、大原則として絶対に厳守せねばならない事柄が二つあるだけだ。
 一つはこの世界に対する攻撃の禁止。これは普通は考えもつかない事だろう。もしも世界が壊れれば、自分もまた終わるのだし。
 なので気にする必要はないのだが、この場合の世界への攻撃だが、世界を害する意思があるかどうかという事らしい。
 例えば、何かを壊すために爆発をさせたとする。その結果、巻き込まれた地面にクレーターが出来てしまった。これに関しては、世界への攻撃には該当しない。
 同様に、上空から標的目掛けて魔法を放ったとする。結果として標的を貫通して地面に穴が開いてしまった。これに関しても世界への攻撃には該当しない。もっとも、威力が強すぎて核にまで辿り着いたらその限りではないが。
 しかし、上記と同じ結果を出したとしても、そこに世界を壊してしまおうなどという害意が含まれていれば、世界への攻撃に該当してしまう。
 なので、非力な者でも、害意を持って地面を思いっきり殴りつければその決まりに抵触してしまうのだ。
 二つ目は、この世界の管理者たるれい様への攻撃の禁止。これも普通は実行しない。だってみるからに格が違い過ぎるので、そんな気は全く起きないのだから。
 そう思うのだが、どうやら俺達以外にここに流れ着いてれい様を襲おうとした愚か者達が居たらしい。命知らずというよりも単なる阿呆だ。漏れなく即時消滅させられたのだとか。
 この地での法と呼べるようなものはこの二つのみ。後は俺達八人と、町の管理をしているメイマネ様を交えて決めた約束事が少し在るのみ。
 それだって、殺しはしない盗みはしないとかそんな基本的な事ばかりだ。元々問題は大してなかったので、今はそれだけでよかった。
 さて、そういう訳で、この世界に結婚という制度は存在していない。なので、現在の俺と彼女の関係は恋人だ。まぁ、制度はなくとも互いの元居た世界には存在していたので、そういう取り決めをすればいいのだが……やはり恥ずかしいもので。しかし、そろそろ真面目にプロポーズでもしようかと思っている。何故ならば周囲が騒がしいから。俺と彼女としては、一緒に居られればそれでいいんだけどな。
 なので、同居するという話が出ているのだが、この辺りはまだ決まっていない。メイマネ様に好きな家を選んでいいと許可を貰ったばかりだし。ゆっくり決めるつもりだ。
 ただ、周囲が言うように結婚となると、彼女としては教会で挙げたいらしい。神に報告をという事で。
 ここで問題になってくるのが、現在の教会の状況だ。元々この教会では、当然だが元居た世界の神が祀られていた。
 彼女達もその神を祀っていたのだが、いつの頃だかその神がれい様になっていた。世界が変わったのだから間違ってはいないのだが、いつの間に石像を用意したのだろうか。しかもかなり精巧に作られている。
 つまり、結婚する際にはれい様に報告したいらしい。この世界では本物に会えるのだから、挙式の前に直接話したいとか。
 ただ、最近れい様はあまりこちらには来られない。メイマネ様にお願いしていれば話は通るかもしれないが、それはそれで畏れ多い気がするんだよな。
 この辺りも直ぐにはいかない理由だ。まぁ、いい訳も含まれているが、それは自覚している。
 彼女と少し話をした後、妹と一緒に訓練所に行く。森に行けるようになったので、もうメイマネ様に同行して頂かなくとも訓練所に行ってもいい事になったのだ。
 町から少し離れた場所に在る訓練場に到着する。いつ見ても立派な建物で、かなり頑丈に造られている。
 中はとても広く、屋内なのに魔法の練習までしっかり出来るというのは驚きだ。もっとも、自分の身は自分で守らなければならないが。それでも距離を取ればそこまで大袈裟に気にする必要はない。
 俺達が訓練場に到着すると、既にメイマネ様が中で待っていた。待たせてしまったかと思ったが、掃除していただけだと笑っていた。

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