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新たな住民

 訓練場を後にしたれいは、いつも人を招き入れる際に使用している平原の一角に移動する。既に世界には漂着しているので、後はれいがいつも通りに誘導するだけ。
 いつも誘導している場所に到着すると、れいは一度周囲を確認した後に流れ着いた人を所定の位置に漂着させる。
 そうして現れたのは、五人の子供と一人の女性。
 子供達の身なりは悪くない。ただ、裕福さとはかけ離れているようで、れいが相手の放り出された世界を調べた限り、一般と貧困の間ぐらいのようだ。
 女性の方は、紺色の服に前面に十字に色抜きがされており、見るからに何かしらの神官といった出で立ち。調べた限りでは、どうやら神殿併設の孤児院の子供とその職員が一部穴に落ちて流されてきたようだ。
 女性は子供達を護るように前に出ながらも、その表情には不安と困惑が浮かんでいる。当然の反応だろうが、その中でも子供達を守ろうとしている辺り善良な性格なのだろう。それとも職務に忠実なのか。
 とりあえず、れいはいつもの挨拶を行う。スカートの裾を摘まんだ優雅な礼だ。
「ようこそ世界の終点へ。私はこの世界を管理をしているれいで御座います」
 折角名前を決めたので、いつもの歓迎の挨拶ながらも、その文言を少し変えてみる。しかし、今までよりはいいかもしれないが、それでもまだしっくりとこなかった。
 れいの言葉に、警戒していた女性が何かを発しようと口を開くが、その前にれいがいつも通りに淡々と説明を行う。こちらの方は今のところ変更点も無いので、いつも通りにここが異世界である事と、世界とれいに害を及ぼさなければ好きにしていいという事を語った。
「違う世界、ですか?」
 れいの説明を聞いた女性は、愕然とそう呟く。ただ、まだ半信半疑といったところ。ここが異世界かどうかはまだ判断出来ないが、少なくとも先程まで居た場所とは違うな、といった認識なのだろう。
「はい。今し方説明したばかりですね」
「そんなはずは……確かに見たことない場所ですが……確か転移魔法とかいう魔法があると聞いたことがあります。使える者は居ないと聞いておりましたが、もしかしたら本当は使える方が居たのでは?」
 何処か遠くを映して揺れているようにも見える瞳。それは確認というよりも、現実を認めたくないといった部分が多分に含まれているのだろう。
 この世界は様々な世界から色々なモノが混ざっているので、独特の空気を形成していた。それが明らかに今まで居た場所とは異なるというのを、相手にいやというほど伝えている。しかしそれでも、知らないだけでまだ別の地域という可能性もあるだろう。女性はあまり遠くまで行った事がなさそうだった故に。
 それにやってきた経緯も調べてみると、孤児院の庭で遊んでいるところに運悪く穴が開いてしまったようだ。
「いいえ。ここは貴方の居た世界とは異なる世界です。元に戻る方法もなくはないのですが、実質不可能なので、ここで生きていく事をお勧めします。住居に関しましては用意がありますので」
 混乱している女性に、れいは淡々と事実を告げる。その後に女性の背後で心配そうにしている子供達に目を向けた後、れいはくるりと背を向けた。
「では、早速貴方方の住居に案内しましょう。候補は複数用意していますので、中からお好きな物を選んでください」
 肩越しにそう告げると、どうすればいいのかと固まっている女性達を置いて、れいは居住区画へと移動を始める。移動速度はそれ程ではないが、止まっているとどんどん距離は離れていく。
 それを心細く思ったのか、女性は迷いながらも、子供達を連れてれいの後を付いていく。
 少しして、前方に居住区画の建物が見えてくる。いや、最初から見えてはいたが、それなりに距離があったのではっきりとは見えていなかった。
「町?」
 はっきり見えてきたところで、女性は少し安堵したように言葉を零す。それなりの数の建物が建ち並んでいるので、そう思ったのだろう。建物が在るという事は、そこに人が住んでいると。
 れいは視界の端でやや距離を置いて付いてくる相手を確認した後、その呟きに含まれる希望に気づき、どうせ直ぐに分かる事だと思い、ここで先に伝えておく事にした。
「あれはただ建物が並んでいるだけです。あの場所の住民は現在二人ですね。後はあの建物群を管理している者が一人居ます」
「え?」
 れいの言葉は届いたようで、女性は呆けたように声を漏らす。だが、それは直ぐには受け入れられないようだ。
 伝えることは伝えた後、程なくして居住区画に到着する。道中、念のために管理補佐に連絡を入れておいて、顔合わせのために少年少女を連れてきてもらうことにした。
 居住区画に入ったところで、れいは六人に気に入った空き住居があれば、そこに住んでいいという説明を行う。それに子供達は嬉しそうな反応を見せたが、女性の方は頷いただけであった。子供達に対する責任感でも持っているのかもしれない。
 それが何にせよ、説明を終えると気にせずれいは居住区画を移動していく。
 小さな家から大きな家まで、本当に様々な家が建ち並んでいる。色とりどりだし、見ているだけでも面白いのだろう。子供達は建物を指差しては楽しげに話している。女性も何処か諦めたような雰囲気ながらも、子供達の手前だからか、少しは持ち直したようだ。
 その後しばらく歩いたところで、女性が立ち止まった。
「ここは……」
 れいも足を止めて女性が見上げている建物に目を向ける。それで、何故女性が立ち止まったのかが分かった。
「貴方達が居た世界の教会ですね」
 女性に少し近づいて、れいはそう告げる。
 その建物は、先程調べたばかりの女性達が暮らしていた建物に似ていた。教会の建物と、それに併設されている孤児院と施療院。建物は女性が居た頃の物よりも古いものだが、教会の造りは昔から変わっていないのだろう。
「………………」
「中に入りますか?」
「いいのですか?」
「勿論。ここは誰も住んでいませんので、気に入ったなら住んでもいいですし」
「で、では、お願いします」
「付いてきて下さい」
 緊張しながらも、女性はれいに中の案内を頼む。
 それを了承したれいは、教会の正面扉を開ける。鍵は内側から木の板を置いて扉の開閉を止めるだけだが、それは扉の脇に置かれているだけで掛かっていない。信徒が祈る場所なので、基本は開けっ放しだったようだ。メイマネも最初から掛かっていないのであれば、わざわざ鍵を掛ける事はしないし。
 メイマネのおかげで教会内は奇麗なままであった。むしろ流れ着く前よりも奇麗になっているだろう。
 女性達は勝手知ったるという様子で教会内を歩いていく。
「好きなように見て回っていいですよ」
「え? あ、ありがとうございます!」
 れいの言葉に、女性は嬉しそうに頭を下げた。自分の世界に在った見慣れた建物という事で、随分緊張が解けたらしい。
 それぞれが散っていく様子を眺めながら、れいは近くの椅子に腰かけた。
 その場からでも全員の行動は把握できるし、ここは流れ着いた建物でしかないので、何か壊されても問題ない。何か盗ったとしても、それを罰する法はここにはまだ無いし、れいも興味がない。流石に建物を壊そうとするならば警告ぐらいはするが。
 女性達は教会内だけではなく、併設されている孤児院の方にも足を向けている。孤児院の方は外への扉には鍵が掛かっているが、教会側の扉には鍵が掛かっていない。
 そうして女性達が建物内を見て回っている間に、メイマネが少年少女を連れてやってきた。話はメイマネから聞いていたのだろう、新しい住民という話にそわそわしているようだ。
 れいは立ち上がりメイマネの方へと近づく。
「丁度いいタイミングですね」
「ありがとうございます」
 そろそろ女性達も見学を終えようとしているのを感じ取っていたれいは、メイマネにそう声を掛けた後に、改めて少年少女に目を向ける。
 近くで見る二人は思った以上に成長しているようで、そろそろ少年少女とは言えないだろう。少なくとも少年の方は既に青年だ。
 悠久の時を生きるれいにとっては五年など一瞬と変わらないのだが、こうして短命の種族の成長を見ると、五年でもしっかりと時を感じられた。
 その事に僅かに新鮮さを覚えていると、女性達が奥から戻ってくる。
「え、えっと?」
 戻って直ぐにれい以外の人物が目に入り、女性が困惑げに視線を動かした後、その中で唯一知っているれいへと視線を向けた。
 れいがメイマネ達三人の紹介をすると、女性達もそれぞれ名乗っていった。
 そうして顔合わせが済んだところで、れいは女性にここに決めるのかどうか尋ねる。
「あ、はい。可能でしたらここに住まわせていただきたく」
「分かりました。では、建物周辺を柵で囲いましたので、後はお好きなように。全員でここに住むので?」
「え、あ、はい」
「では、孤児院側から外に出たところに細やかながらも庭を造りましたので、そこに井戸と食べられる実を六つ付ける木を用意しました。薪も台所に用意しました。自力で調達可能になるまで減らないので存分に使ってください」
 その後に木の説明をしたれいは、女性からの質問を受け付けた後、居住区画の説明などはメイマネ達に任せて教会を出る。
 新しい住民が一気に六人も増えて、また少しこの世界も賑やかになったのだった。

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