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第九話 端緒


 晴海はコーヒーを飲みながら情報端末を操作している。
 かばんの中にはタブレットも入っているが、逃げる場合を考えて、すぐに動ける状態にしてある。

 夕花のエステの施術は予定終了時間を少しだけ過ぎたが、概ね予定通りに終わったようだ。

”晴海さん。終わりました”

 晴海の情報端末に、夕花からのメッセージが届いた。

 晴海は、夕花がビルから出てくるのを、コーヒーショップから見えていたので、支度をして夕花に近づく。夕花も晴海に気がついた。

「夕花。綺麗になったね」

「ありがとうございます」

 うつむきながら晴海に礼を言う。

「次は服を買わないとね」

「え?服なら・・・。いえ、わかりました」

 夕花は、晴海が言っていた”お披露目”を思い出した。粗末な格好をして自分だけが馬鹿にされるのなら問題はないが、晴海が馬鹿にされるのは我慢出来ない。晴海のためにいい服を着るのなら納得できるのだ。

「うん。移動しよう」

「はい」

 晴海は、横目で尾行している者を探す。
 しっかりと尾行している。礼登の部下の姿は見えないが、尾行している者を見張っているのだろう。

 商業施設には晴海が運転して移動した。
 車の中で、晴海は恥ずかしがる夕花にエステの施術を聞いていた。

 車での移動中もしっかりとバレやすい距離で付いてくる車があった。
 商業施設にもしっかりと入ってきていた。尾行だと考えていいだろう。

 今まで現れなかった尾行の出現に、晴海は嬉しくなってしまっていた。それも、夕花を狙う理由が徐々に出てきた中で、今までと違って晴海を狙っている尾行の出現だ。切れかかった糸が繋がった感覚になっていた。

 店は1階の中央部分にあった。
 館内地図を見ながら二人で移動した。夕花は、食材も買っていきたいと言い出した。先に食材を買って車までの運んでもらうお願いをした。それから、コーヒー豆を扱っている店で何種類か試飲して二つの銘柄を購入した。紅茶もジャムと合わせて購入した。屋敷で飲むための物だ。

 服屋に入ると、鏡に尾行がはっきりと写っている。それだけで訓練を受けていない者だと判断できる。

 店員を夕花にまかせて、晴海は移動してみた。どちらが狙いなのかを判断するためだ。

 晴海は、2階に移動して靴を見ている。
 尾行は晴海を追ってきている。夕花が狙いではなく、晴海が狙いなのだ。何が狙いなのかわからないが、文月の分家なら尾行が苦手なのもうなずける。晴海は、文月の家が得意としている業務を思い出そうとしていた。
 晴海が思い出したのは、武闘派としての一面だ。東京の文月の傍流として六条の百家に合流した文月は、裏の仕事を専門にしていた。そのために、武闘派のイメージが付いている。実際には、武闘派の一面もあるが、それよりも物を流すのが得意で建築資材の調達をしたり、店舗の器材の調達をしたり、独特の仕入れルートを持っている家だ。調達係として使われていた。

 諜報活動や尾行などは、苦手としている家だ。訓練を受けた者も居るだろうが、その者たちは、礼登の部下になっているのだろう。

 靴を見ながら情報端末を操作して、礼登に状況を問い合わせる。返事はなかったが、クルーザーに乗る前に接触する予定なので、晴海も気にしなかった。

 10分くらい靴を見てから、夕花の下に戻った。

 夕花はまだ着せか人形になっていた。
 店員も久しぶりに見る素材がいい女性にいろいろ着せているのだ。全部を撮影しているので、ある程度の着せかえ人形が終わってから、店舗の端末で確認するのだ。晴海も参加して、夕花の服を決めていく。結局、7着の服を購入した。撮影したコーディネイト情報も一緒にもらう。晴海も夕花も自分のセンスに自身がない。店員のコーディネイトを参考にして、服を着るためには必要な情報なのだ。

 車に運んでもらって、フードコートで食事をして屋敷に帰る。

 クルーザーまで戻ってくると、礼登が近づいてきた。

「何人だ?」

「把握できたのは、7名です」

「少ないな」

「どうしますか?」

「捕らえろ、明日の会談までに吐かせろ」

「はっ」

 晴海の指示を受けて、礼登はハンドサインを送る。
 部下たちがハンドサインを読み取り、一斉に行動を開始する。

 晴海と夕花は、係留しているクルーザーに乗り込んだ。荷物は、礼登と従業員が運んだ。

 最初のビーコンまでは夕花が操舵したが、1つ目のビーコンに到達してからは、自動運転に切り替えた。

「夕花。明日の話をしておくね」

「はい。お願いします」

 エステの成果を晴海に見られていた夕花だったが、むしろもっと見て欲しいと思ったが、恥ずかしくて言えなかった。
 代わりに、晴海の上に乗った状態だったが、動くのを止めて晴海の話を聞く体制になった。

「うん。明日は、六条家に仕える5家を集めている」

「はい」

 夕花には、六条家の話はしている。六条にまつわる一通りの知識も能見が与えているから大丈夫だ。

「俺は、5家の中に裏切っている家があると思っている」

「はい。以前にお聞きしました」

「明日は、高齢で来られない家を除いて、当主が来て、六条に忠誠を誓う」

「はい」

「夕花には、僕の隣に居て欲しい」

「それだけで良いのですか?」

「問題ない。それで、僕が”文月”を名乗った理由を説明する。実行犯を手配したのは、文月で間違いない」

「はい」

「そのときに、夕花の旧姓を教えると思うけど、許して欲しい」

「私が晴海さんの役に立つのならなんでも使ってください」

「ありがとう。そのときに、夕花の母親の旧姓を”不御月”と説明すると思うけど許して欲しい」

「”不御月”ですか?わかりました。何か、意味があるのでしょうか?」

「うん。不御月は、文月の裏で、六条の文月と繋がりがある家の名前だ」

「わかりました。私は、不御月夕花と名乗ればよろしいのですか?」

「ううん。夕花は、文月夕花で大丈夫。僕が、不御月と言うだけだからね」

「・・・。わかりました」

 最後のビーコンまで話を続けた。
 夕花は全裸のまま操舵室に戻って、桟橋まで操舵した。晴海は、荷物をまとめて下船出来る状態にした。

 桟橋にクルーザーを付けていつものように作業を行う。
 海までは誰も付けてきていないのは確認している。桟橋から見える範囲には船影はない。

 夕花と手分けして荷物を屋敷に運び入れた。
 二人で、夕花が明日の会議で着る服を選んで、クルーザーに詰め込んだ。給油と給水と給電をガードロボットに依頼して、屋敷の7階に移動した。食事はすませているので、今日は、早めに寝て、明日の朝は早く起きて風呂に入ってから学校に行く。夕方の会談までは学校で過ごすと決めた。

 もちろん、7階では会議には着ていかない服を夕花が着て見せて、晴海を満足させていた。
 晴海は、エステで綺麗になった夕花を満足するまで堪能した。

 夕花が気を失うように寝たのを見て、晴海は夕花を抱きしめながら夢の世界に旅立った。

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 晴海が起きたのは、朝方の3時だ。
 まだ夕花を起こすには早い時間だ。

 晴海は、抱きついてきている夕花の手を優しく外して、ベッドから抜け出す。

 情報端末には、礼登からのメッセージが残されていた。報告書が添付されていた。能見の様に面倒な添付ではなく、通常の暗号化だけだ。
 すぐに資料を取り出して読むことが出来た。

(ふぅーん。そうか、裏切っていたのは、奴らか!)

 礼登の資料には、晴海を尾行していた者の素性が書かれていた。文月の家は、当主と次期当主が行方不明になっている為に、機能しない状況になっている。その間隙を突かれて、文月の分家を取り込んだ家があった。

(愚かだな。能見たちの御庭番の存在を忘れているのか?それとも、俺が御庭番を掌握出来ていないと思ったのか?)

 晴海がどこまで知っているのかを調べようとしていたようだ。

 礼登は完全にノーマークだと思われている。
 他の家はわからないが、裏切っている家は、晴海が文月を切ったと考えたようだ。

 細く脆い糸が、重なり合ってよじれて、紐になり、紐が幾重にも寄り合って、縄になっていく。

 晴海には確たる証拠を必要としていない。捜査をしているわけではない。納得できる証拠があればいいのだ。礼登からの報告は、晴海が納得出来るだけの質を持っていた。あとは、実際に証拠のいくつかが裏付けされれば、粛清には十分な状況になるのだ。

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