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終章-1 ルリタテハ王国の神様の所業

 宝船が惑星ヒメシロのスペースステーションに入港した。当然、ユキヒョウとは別のスペースステーションになる。何しろユキヒョウは軍港に入港しなければならないからだ。
 入港の手続き終え、宝船はスペースステーションとエアロックを接続した。
 アキトは先頭に立ちエアロックを通り抜け、待機所へと足を踏む入れた。その瞬間、最近の時空境界突破通信で良く聞いた声がアキトの耳に入る。
「空人(あきと)、久しぶりだね」
「おっ・・・お父ぉ様ぁあぁーー。・・・何故ヒメシロにいらっしゃるのですか?」
 アキト自慢の思考力が追い付かず、目の前の光景を理解できないでいた。アキトの言葉づかいが反射的にか、新開家にいる時に戻っていた。
「そうだ、剛(つよし)くん。ヘル博士を紹介してくれないか。その際、新開グループが計測器をご用意したいと伝えて欲しい。そうすれば円滑にことが進むだろうね」
 にこやかな表情でアキトの父親である新開優空(ゆうあ)が翔太と千沙に話しかける。
「やあ、初めまして。宝翔太くんに宝千沙さんだね。息子がお世話になっています」
「うんうん、任せてください。一緒に愉しくトレジャーハンティングしてますよ。最近はトレジャーハンターではなく、傭兵になったような気がするけどさ」
「ア、アキトくんのお父様・・・は、初めまして、アァ、アタシは宝千沙です。不束者ですが、今後とも末永くよろしくお願いします」
「あ、うん。2人とも空人と仲良くしてやってくれると嬉しいね」
「ハッ、ハイ」
「僕とアキトは永遠の友だからね。心配はいらないさ」
 いいや、永遠の友じゃねーし。オレの命は危険で一杯、心配だらけだぜ。
「剛くんに伝えてあるけど、これから昼食を共にしよう。移動する間、彼らが君達と会話をしたいそうでね。相手をして欲しい」
 スカイブルー、パールホワイト、翡翠色を各所に配色し、作業服であるのにデザイン性の高い服装の男女2人が現れた。宝船の開発責任者のラルフ・スタインマン統括と七福神ロボのガブリエラ・ミストラル技術統括である。
 2人は早歩きで翔太と千沙に近づき、20インチぐらいのペーパーディスプレイをそれぞれに押し付けた。ディスプレイには予め宝船からデータをダウンロードしておいた。そのデータは既に加工され、分析に必要なのは、他に操縦者と乗組員からの情報だけであった。
「時間ないから、さっさと吐きなよ」
「僕に対する態度が酷いなぁー。まるで犯罪者みたいじゃないか」
「犯罪者よ。アンタはアタシの作品を破壊したんだからね」
「いやいや、ガブリエラちゃんさ。破壊したのはTheWOCの心なき私設軍隊なんだよねぇー」
「いいから、訊かれたことに答えな」
 気楽そうな会話を繰り広げる翔太とガブリエラとは対照的に、ラルフは真剣に千沙に話しかけている。ただラルフは気が急いていたようで、会話の目的を話さず千沙へと質問したため、質疑応答の成立を難しくしていたようだ。
「宝船が時空境界突破した後、どこかに異常は出なかったかい?」
「う~ん、あたしは別に大丈夫だけど・・・」
「それ良かった。それで宝船に異常はなかったかい?」
「異常じゃないけど、お風呂が足りないの。男風呂と女風呂を用意して欲しい」
「それは善処しよう。前の宝船と比較するとエンジンの出力が倍近くになったはず・・・安定してただろうか?」
「安定・・・?」
「宝船の乗り心地はどうだったかな?」
「う~ん。加速はスムーズになったけど・・・最大出力時に進行方向から微妙にずれてるような気がするの・・・でも、気の所為かも」
「なるほどね。そういう違和感が他にもなかったかい?」
 翔太と千沙が宝船の開発関係者らしき男女から、質問攻めにあっている。内容が気になり、お父様が惑星ヒメシロにいるという事実から眼を逸らすように、意識が持っていかれそうになる。しかし、そんなに甘くなかった。
「ようようよう空人ぉお、色々とやらかしたな」
 金髪碧眼の初老の男がラルフ・スタインマン統括の背後から姿を現した。
「おかげで新開グループの研究開発者1万人が惑星ヒメシロに移動だ。ワシなんか60過ぎて、初めての単身赴任となったんだ。しっかりと責任を取ってもらうからな」
 60歳を過ぎたといっても若々しく、滑舌もはっきりしている。何より10メートル以上離れていたオレの横に駆けるようにやってきた。
 新開グループの研究開発員にして、オレの研究開発の師匠でもあるエドバルド・モーセルがいたのだ。エドじぃは惑星シンカイで仕事をしているはずなのに・・・。
「な、何の?」
「新開グループ1万人の生活を変化させ、研究開発を加速させた責任だ。たっぷりと・・・」
「研究開発を加速させたなら貢献では・・・」
 アキトの言葉づかいが安定していない。
 トレジャーハンティングしている時、惑星ヒメシロで遊んでいる時、新開家に帰宅している時、研究開発している時、それぞれの時で言葉づかいが異なる。
「半端な貢献は罪でしかない」
 エドバルドは強い口調で言い切った。
「脳内を隅々まで、洗いざらいワシらに公開しろっ。搾りかすすら残さずに、余さずに研究開発の肥料としてやる」
「あーっと・・・エドじぃ? オレ、レポートは提出したけど」
「まぁーーーったく足りん。大小合わせて、すでに質問が3桁もある」
 オレは愕然とした。そのまま特許申請できるぐらいには仕上げたはずだぜ。そのレポートに3桁もの疑問点があるだって?
 質問を訊きもせず感情のまま反論しようとした時、待機室にゴウとヘルが入ってきた。
「優空(ゆうあ)さん。マッドなヘルを連れてきたぞ」
「貴様がアキトの父か・・・新開グループが我輩を満足させる計測器を開発するというのうは、本当だろうな?」
「本当ですともシュテファン・ヘル博士。お会いできて光栄です」
 優空が手を差し出し、ヘルと握手を交わす。
 あの傍若無人のヘルが、まるで常識人のようだった。
「それでぇえーだぁああ・・・」
 やっぱりヘルだ。
「私は新技術開発研究グループ”新技術開発研究株式会社”の代表取締役社長をしている新開優空と申します。それと彼は、新技術開発研究株式会社の研究開発本部”計測機器開発部のダークマター計測グループ”のグループ長で・・・」
「エドバルド・モーセルです。ヘル博士の理論を元に、ヘル博士の必要な計測機器を、ヘル博士の満足する性能で、他のどの企業よりも早くご用意いたします」
「貴様らぁあああ。二言は、ないっなぁあああ」
「ワシを含めて弊社の研究開発者約2000人が、ヘル博士の計測機器を開発します。もちろん二言はありませんとも・・・ただ、ヘル博士の求める計測機器がどのようなものか? 何を計測すれば良いのかご教授いただけないと開発はできません」
「アキトでは解決の目処もたたなかった計測機器。さあぁああ、我輩は貴様ら新開グループに任せるのっだぁあああーーーーっ」
 ヘルの叫びに呼応せず、落ち着きを払って優空は説明する。
「すでに惑星ヒメシロにヘル博士専用の研究室と、計測機器開発のための研究開発所を開設しました。新技術開発研究株式会社の約2000人に、ご協力をお願いいたします。ヘル博士のご協力があれば、計測機器をご用意できるでしょう」
 優空は、待機室の入口に並んでいた田中耕一を含めた5人の作業員を呼び、ヘルに有無を言わせず話を進める。
「宝船より必要な資材、資料を研究室に運びこませますので、彼らに指示を出してください」
 オカシイぜ。新開グループの研究者に隠密の素養は必要なかったはず・・・。
 アキトの思考は良い具合に迷走を続けていたのだ。

 アキトと優空は、他愛もない親子の会話をしながらスペースステーションの通路を移動している。
 上品な言葉遣いに機知に富んだ話、機微な感情の交換、洗練された仕草。何処から見ても上流階級の父と息子であった。ただ息子は・・・アキトは暗赤色のスペースアンダーの上に、一目でトレジャーハンターとわかる装備を身につけていた。
 今のアキトからは、世間一般で、粗野なイメージのトレジャーハンターとは一線を画していた。
「ここ3週間ぐらいレポートの作成で大変だったろう。体調は大丈夫かい、空人」
 アキトは今回のトレジャーハンティングで得た知見を、細大漏らさずレポートとして提出するよう命じられていた。命じたのは、新技術開発研究グループの持株会社”新技術開発研究統括株式会社”の会長”蒼空(そうあ)”に社長の”晴空(せいあ)”と優空である。
 レポート提出を労いながらも、優空はアキトに探りを入れる。
「何も問題ありません、お父様。自分の得た知見が、新開グループの役に立つのは大変喜ばしく感じています」
 アキトの真意を言葉にすると《体調は大丈夫。レポートが新開グループの役に立ってるんだから、ヒメシロでは自由にするぜ》となる。
 惑星ヒメシロへの帰途、アキトは全力でレポート作成をした。それは、実家にかなり迷惑をかけた罪滅ぼしというか、負い目からである。
 守護職任命をめぐり蒼空とジンの間で、激しい議論の応酬があった。一歩間違えれば、ルリタテハ王国で内乱・・・というより内戦に発展しかねない程だったと、父親から言い聞かされたのだ。
 それにアキトは、ルリタテハ王国王家守護職五位に任命され、ルリタテハ王国の門外不出の機密の塊であるGE計測分析機器を改造した。
 いくら任命理由に瑕疵があっても・・・、王族とGE計測分析機器改造の契約を交わしたとしても・・・、アキトを完全に自由の身とするのは困難を極める。その困難に新開家と新開グループが一丸となって、今も交渉しているのだ。
 3週間全力でレポートを作成したぐらいで、帳消しになるはずがない。
「それは良かった。何をするにしても体が資本になるからね。父親として子供が心身共に健康なのは、何よりも嬉しいよ。空人には、もっと喜んでもらえるよう、新開グループが全力でもって準備している」
《体調に問題ないなら、3週間のレポート以上の成果が期待できる。その為の準備は、新開グループの人物金と情報を総動員したからね。健康を害さない範囲で働いてもらおう》
 予め手配していた貴賓車両へと、優空はアキトたちを案内した。
 高価な貴賓車両を手配してまで、お父様は時間を買ったようだ。オレが新開家を離れてから4年以上、自立してから1年以上が経つ。こういう新開グループの節約意識に乏しいところが嫌になる。
 あの貴賓車両は、スペースステーションからシロカベン宇宙港へは、シャトルの一番良い位置にドッキングする。シロカベン宇宙港からはオリハルコンロードへと、そのまま貴賓車両で入り、運行することが可能なのである。そう、要は滅茶苦茶お金がかかる。
 独立トレジャーハンターとして活動していたオレには、理解に苦しむコスト意識の低い金遣いだった。
「さて・・・こっちだよ、空人。1時間ぐらいあるしね」
 相変わらず優しい声色で柔らかい口調なのだが、有無を言わせない迫力があった。ゆったりとした大きさの1人用ソファーがボックスシートに4人分配置されている。オレは仕方なく、言われたとおり、お父様の対面のソファーに腰を下ろす。座った瞬間、ボックスシート全体に遮音フィールドが、通路側全体に半透明の映像障壁が形成されたのだ。
「さて、ここからは本題だ。いいかい、空人。家との約束を違え、ルリタテハ王家に守護職として勝手に仕え、幾度も命の危機を迎えたね。父親としては、もう見過ごせない」
 全くもって不味いぜ。どう切り返すか?
《約束を違えた覚えはないです》
 約束の内容と事実を並べ立てられ、事細かに違いを指摘されるだろうな。
《些細な危機です》
 ミルキーウェイギャラクシー帝国や、民主主義国連合のTheWOCの軍隊との戦闘は知られているし、それ以外も怪しいぜ。お宝屋は新開家に雇われたスパイだったしな。
 ここはお父様の・・・新開家の出方を窺うべきだな。・・・というより、対応策はない。
「見過ごせない。なら、オレの処遇は?」
「残念だけど、決まってないね」
「決まってない?」
 珍しいことだった。
 大事な話は充分に吟味し、結論ありきで進めるのが新開家の流儀。
 もちろん反対意見に訊くべき部分があれば取り入れるし、撤回することもある。しかし、決まっていないということは、一族で検討したにもかかわらず意見を集約できなかったということだ。
「ルリタテハ王家との交渉が難航していてね」
 違った。
 もっと質が悪かった。
 つまり、どんな処遇となってもオレに拒否権はない・・・ということか。
「いいかい。一番の問題は、空人がGE計測分析機器に、新開グループのオリハルコン次世代制御システム”ダークゼータシステム”を搭載したことでね。権利関係が複雑になりすぎた。上手に収めないと、今後30年は特許紛争が続くね」
 あぁあああーーーそういえば・・・。
 七福神ロボにダークゼータシステムが使用されていたから、カミカゼのダークゼータシステムを取り外してGE計測分析機器に搭載したっけ・・・。それでオリハルコン同士の通信が可能になっただけでなく、システムとして機能したんだぜ。
「新開家は子供の独立心を否定しない。寧ろ推奨している。ただね、大学進学前にルリシジミ星系外で学校に通うのは前代未聞。しかも空人は、新開グループの進出していない星系を選んだ。いいかい。それでも許可したのは、大学進学が1,2年遅れても空人の為になると考えたからなんだ」
「お父様には感謝しています」
 感謝の気持ちを込めて答えたつもりだが、お父様の表情を見るに棒読みだったらしい。
「ふぅーーっ」
 深い溜息の後、優空は言葉を継ぐ。
「新開家の直系を・・・しかも未成年者を、本当に一人にして放っておいたと思うのかい? 24時間、陰ながら支援してた。つまり、お宝屋は目につき易くした表向きの支援役。裏では別動隊として20人以上の支援要員が動いていた」
 驚愕で声にならな。
 なんて大袈裟な・・・。
「今では、一桁少なかったいうのが新開家で主流な意見だね」
「どうして・・・」
「新開家恒例の5年間の自由期間を義務教育後すぐに申請したのも前代未聞なら、トレジャーハンターになったのも前代未聞。新開家の今までの前代未聞数を、空人一人で越えるだろうね、と冗談交じりに話してたが・・・ここ一年の活躍は凄まじいものだった。たぶん更新したろうね」
「そうかな・・・」
 アキトは内容のない言葉しか発せないでいた。
「その上、トレジャーハンターの資格を取得し、独立するとはね」
「まあ、資格取得は比較的簡単でした」
「いいかい、空人、褒めてはいないんだよ。ライコウを購入して独立した時は、対応に、本当に苦労してね。最終的には新開グループが水龍カンパニーと不本意な代理店契約を締結したんだ」
「えっ・・・なんで? 独立と水龍カンパニーは関係ないかと・・・」
 あまりの衝撃に、アキトの言葉遣いが悪くなっていた。
「中古船のライコウは、パーツ取り推奨となってたね」
「だから?」
「いいかい。中古船でパーツ取り推奨とは、まともに航海できないという意味なんだ。しかも新開グループ製でないから、アキトがメンテナンスできない」
「ん?」
「だから、新開グループ製の中古部品を水龍カンパニーに供給して装備を入れ替え、恒星間航行可能にメンテナンスしてもらった。いいかい、空人には内緒で協力してもらう交換条件として、ヒメシロ星系で一部の新開グループ製品の独占販売契約を締結したんだ」
 あー、なるほど。
 ライコウの修理・・・マニュアル片手でオレがやれたのは、新開グループ製だったからか・・・。宝船も新開グループ製。ユキヒョウは新開グループ製ではないから、技術的な違和感が半端なかったなぁーーー。
 アキトの思考が逃避気味になっていく。
 しかし優空の説明・・・というより説教は止まらない。

『新開社長。そろそろ宜しいでしょうか?』
 エドじぃの声がスピーカーから聞こえた。通路側に人影があることから、わざわざ席まで呼びに来てくれたらしい。
「もう時間か・・・仕方ないね」
 ようやく目的地か・・・。
 助かったぜ。
 まったく新開家の人間は・・・議論の際、相手の逃げ道を塞いでから正論で追い詰めてくるし、理屈っぽくて・・・相手するのが疲れるぜ。それに、いくら父親だといっても過干渉すぎんだよなぁ。
 アキトは理論を尊び、ロジックを愛している。
 それにも関わらず、自分の理屈っぽさを棚上げして、身内には己の感情を汲み取り、理解して欲しい。そういう理不尽かつ、若さからくる承認欲求が満たされないことで拗ねているのだ。
 そんな自分の姿を客観的にみることができれば、恥ずかしさで顔を隠したくなるだろう。要は新開家の身内に甘えているだけだった。様々な才能に恵まれているアキトは、とても16歳の少年とは思えないほどに優秀なのだが、まだまだ少年なのだった。
「お父様。ここは何処でしょうか?」
「長距離高速軌道用オリハルコンロードとのインターチェンジだね」
「目的地に着いたのではないのですか?」
「失礼します、新開社長」
 エドじぃがボックスシート内に足を踏み入れ、オレの隣のソファーに向かおうとした。
「モーセルさん、こちらへ」
 優空が自分の隣のソファーに座るよう勧めたのだ。
「こちらの席の方が、空人に説明しやすいでしょう」
「承知しました、新開社長」
 返事をしてから、モーセルはオリビーのメーターパネルのようなコネクトをテーブルに置く。すると、通路側の映像障壁の一部がディスプレイへと変化した。
 一旦ソファーに体を沈めてから、少し前屈みになりモーセルは視線を鋭くし、アキトに目をむける。
「さて、空人君・・・」
「待った、モーセルさん」
 優空は、真剣な表情と口調で説明を始めようとしたモーセルの話の腰を折り、場に満ちていた緊張感を奪ったのだ。
「空人は新開グループの社員じゃないし、ここには3人しかいない。いつもの調子でいこうか。話が早く進むしね」
 モーセルは肩を竦め、ニヒルな笑みを浮かべてから軽い口調で話す。
「オーケー、ボス」
 ソファーの背に凭れかかり、モーセルはリラックスしてアキトに話しかける。 
「まずはアキトに礼を言っとこうか。最初に言わないと忘れるかも知れんのでな。マイブリットが研究者の道に進むつもりで、大学院にも進学できそうだとも言ってたなぁ」
「えっ・・・マイ姉は先生になるんじゃ?」
「親としては、娘が進みたい道を選択してくれれば良いと考えておった・・・が、諦めてた夢を再び追いかけると決意し、楽しそうに進路について話す姿は嬉しくてなぁー。ともかく、ありがとうよ、アキト」
「・・・全然。えーっと・・・何が?」
 混乱するアキトに、モーセルが理由を告げる。
「マイブリットは兄2人と自分を比較して、出来が悪いと考えていたようでな。ワシから見れば向き不向きの問題というか、大した差はないのだがな。兄2人は大学へ進学のための学力検査を1回でパスしておる。しかしマイブリットは2回落ちた。次の検査でパスできなければ、義務教育の後、予備校に通って学力検査対策することになる。それがプレッシャーとなって、模擬学力検査の成績も伸び悩んでいた」
 学力検査は年に1回。
 検査にパスすると、大学への進学資格を3年間保持できる。だから、大学進学を希望している者は、義務教育を終える3年前から学力検査を受けるのだ。
「そんな時、アキトが学力検査を一緒に受けると言ってきたな。マイブリットがアキトに勉強を教えることによって自分の理解も深まったようでな。成績が徐々にあがっていった。検定をパスできたのは、アキトのお陰と言ってもいい。アキトも検定にパスしたと知った時は、教師が向いているのかもと話しておった。それは検定にパスをしても、研究者としてやっていける自信までは培えなかったからだろうな」
 オレはマイ姉に構ってもらいたくて学力検査の勉強しただけだった。
「マイブリットは助手をしてたから、ワシや研究開発本部の研究員、それにアキトと自分を比較してたらしい。その所為か、大学3年でラボに入ってからは、違和感が凄かった言っておったな」
「違和感とは?」
 優空が口を挟んだ。
「知識、実験、観察、調査、ディスカッション、考察、推論、仮説、検証など、研究に必要な全ての要素でレベルが低くて話にならないとな」
「学生の研究レベルと、研究開発本部の研究レベル。比較対象として、相応しくないね」
 新技術開発研究株式会社の研究開発、技術はルリタテハ王国の最先端を走っている。その中でも、研究開発本部は人類の最先端といって良い。
「アキトと学生を比較しても、レベル差がありすぎるとも言っておったな」
「そうなると、原因も解決も空人の所為になるね」
「そうか・・・なんと悪質なマッチポンプ。子供の振りして他人の人生を自由自在に操る実験をしていたとは・・・」
「いや、そん時は子供だったから!」
 17歳のアキトは、今でも子供に分類されるのだが、この場ではツッコミ役が不在であった。
「それは・・・新開グループを掌中に収める為の実験か。我が息子ながら恐ろしい。長男と次男が新開グループの経営権の争奪戦を始める・・・しかも、家には三男と長女もいるから四つ巴の血で血を洗う構想に発展することになる」
「ワシはアキトの派閥に属しておるな。なに、娘の恩人・・・たとえ負けると判っていても義に殉ずる所存。研究開発者の多数派工作はワシに任せておれ。アキトは新開家での地位を高めよ」
「どうする? 空人。これは、お家騒動の誘いだ」
 愉快な会話に唇を綻ばせた優空が、アキトに警告を発する。
「新開グループの企業理念は共教敬栄(きょうきょうけいえい)。故に、このまま見過ごす訳にはいかない」
 新開グループは、常に研究開発で時代の最先端を歩み、技術で人類に貢献するだけでなく、共教敬栄は”共に、教え合い、敬い、栄えよう”という企業理念を掲げている。その理念は新開家の家訓でもあり、行動原理なのだ。
「なんと・・・。ワシは新開グループの発展にも尽くす義があるのだ。如何がすべきだろうか、アキト?」
 モーセルは真剣な表情で、縁起でもない言葉を吐く。
「ボス。残念ながらお暇を頂きたく。この老骨は今この時より、アキトに付き従おう」
 父さんとエドじぃは、今にも対決しそうな雰囲気・・・が全くない。
「父さん、エドじぃ。陰謀ごっこに付き合う気はねぇーぜ」
 エドじぃは煽るだけ煽ってるけど、最終的にはオレを新開グループに組み込みたいという思惑が透けて見える。父さんは父さんで、オレを新開家に戻す口実に全力で乗っかってるだけだった。

「・・・と研究者の約2000人が惑星ヒメシロにきておる」
「モーセルさん、そろそろ到着するから、続きは降りてからにしよう」
「オーケー、ボス。アキト、続きは研究所で説明だな」
 ここまでの説明を受け、オレの推察が極甘の見通しだったと充分すぎるほど理解した。
 新開グループの実力、財力、思考法を全く理解してなかった。
 貴賓車両の利用は新開グループの幹部なら当然の義務であったのだ。幹部の時間は貴重であり、貴賓車両の利用で時間を少しでも捻出するのだ。時間を購入するという考え方らしい。
 アキトのように若い世代には、自分自身のために時間を存分に使えるので実感がわかない。しかし、これからの約2ヶ月間で、自分自身の時間を持てることの贅沢さを、アキトは思い知ることになる。
 惑星ヒメシロの帰途、宝船で仕上げたレポートは始まりに過ぎなかった。
 新開グループの最先端技術への執着は、砂漠で彷徨う旅人がオアシスの水を渇望する以上だった。
 まず半年で、惑星ヒメシロに1万人の研究開発従事者を赴任させるというのだ。今後ダークマター、ダークエナジーの入手の中心が、ヒメシロ星系となる見通しだからだ。ただ人を移動させても、研究開発施設がなければ人を遊ばせておくことになる。
 そこで新開グループの不動産部門は、すでに惑星ヒメシロある建物の購入を決めた。いくら時間がないとはいっても、企業の論理として、不良債権になるようなコストパフォーマンスの悪い物件は取得しない。そこで惑星ヒメシロの不動産業者、コンサルタントを集めてコンペを実施した。
 多くの提案は、ヒメシロ市街のビル購入というコストパフォーマンスの悪い提案であった。しかし、1件だけ面白い提案があった。
「現在のヒメシロランドを2倍の規模にするために大規模投資をして建物を建設しましたが、テナントが集まらず投資回収の目処がたっていません。その上、投資額は借入金で賄っていて利子の支払いが重くのしかかり、キャッシュフローが危険水準に達し、経営が立ち行かなくなっています。適正価格でなら建物を売り、当面の経営資金にしたい考えているようです」
 この提案に新開グループらしい思考法で検討したところ、不動産管理部門は即決した。
「ヒメシロランドの運営会社を買収する。そうすれば不良債権化している建物は、新開グループで使用できる。それに社員の福利厚生施設としてヒメシロランドを活用できる」
 驚いている不動産業者に、新開グループ不動産部門の幹部は追い打ちをかける。
「ヒメシロランド運営会社は、ヒメシロランド周辺に宿泊可能なホテルを所有していないか? できれば3000の個室が欲しい」
「あります。高級ホテルから一般客用ホテルまで全7棟。データによると全部で5000室になります」
 幹部が部下に、その場で指示をする。
「ホテルを丸ごとで1年間予約する。グレードの高いホテルから順で3000室分確保したまえ」
「承知しました」
 このようなやりとりが、新開グループの様々な部門で行われたのだ。そして、第一陣の研究開発者約2000人が、すでに惑星ヒメシロで仕事をしている。
 研究開発の設備は、時空境界突破航法装置をで惑星シンカイから惑星ヒメシロまでいくつも設置して送った。時空境界突破航法の人への影響や、ヒヒイロカネ合金の製造量が不足のために人は時空境界突破させなかった。
 時空境界の両側でコントロールし、突破自体は無人で設備のみとなり、人は通常のワープ航法で1ヶ月に及び長旅をしてきたのだ。
 アキトは新開グループの社員でなく、個人契約となっているため休日の定義がない。つまり惑星ヒメシロに赴任した研究開発者たちの仕事に振り回されることになるだろう・・・というか、決定されていた。
 本人の意思とは関係なく・・・。

しおり