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第12章-3 結界攻防戦

 情報統括長のロス中尉は、様々なデータから次々と情報を整理整頓していった。情報統括長として余計な感情を排し、客観的な情報を積み上げていく。彼に司令官としての素質があれば、1番冷静な戦局判断できる立場にある。
 ただ戦術眼がないため、司令官エリオン少佐の額から滲み出る汗の理由を共有できないでいた。
 TheWOCの即応機動戦闘団が1隻を相手にする戦訓は存在しても、1機を相手にする戦訓なんて存在しない。たった1機のサムライの相手など作戦や戦術を検討するまでもなく、1個即応機動戦闘団の数の力で一気に撃破できる。その疑いようもなかった常識が、エリオン少佐の中で音を立てて崩れ落ちていた。
 まず第4即応機動戦闘団は、フォーメーション”2A”陣形で防御を固めながら接近し、攻撃のチャンスながら窺った。そして、数の暴力で押し潰せると確信する陣取りが完成した直後、一気呵成の総攻撃に仕掛けた。
 カヴァリエーレ2個小隊16機が2手に分かれ、十字砲火の要領で攻撃するのだ。攻撃パターンは、遠距離からレーザービームで、近距離になると誘導ミサイルで攻撃する。そして空中を飛翔しているサムライの上を1個小隊が、もう1個小隊が下を最高速度で駆け抜ける。
 バイオネッタ大隊32機が敵に纏わりつくよう陣取りし、1編隊4機が上下前後左右から次々と接近戦を仕掛ける。接近戦を仕掛けていないバイオネッタはフレンドリーファイアに気を付けながら、レーザービームで敵の行動を制限しつつ削るのだ。
 カヴァリエーレとバイオネッタが戦闘している間に、機動歩兵科は地上から地上設置型レールガンを準備する。2名1組で行動し、1組当たり4ヶ所、合計400ヶ所に設置するのだ。
 この数の暴力を高効率で敵に叩きつける攻撃が、全く機能しなかった。
 カヴァリエーレのスコープで視認できる距離にルリタテハ王国軍のサムライを捉えた刹那、パイロットは一様に驚きを隠せなかった。新型と思われるサムライは8本腕の異様な姿だった。
 TheWOCは、たった1機の弁才天を相手するのに、即応機動戦闘団の全戦力を投入したのだ。
『なんなんだ・・・』
『あれは・・・ルリタテハのサムライ・・・?』
『知らんぞな』
『サムライはサムライだろ』
 無線から無秩序な音声が流れた。どの声色にも、驚愕の色はあっても恐怖の色はない。自分たちが死ぬとは、微塵も想像していないのだ。
『ガタつくなっ!』
 カヴァリエーレ2個小隊の隊長2人の内、先任将校にあたるブーニン大尉が一喝すると、無駄口を叩くパイロットはいなくなった。
『タイミング合わせぇー』
 カヴァリエーレのレーザービームの有効射程まで数秒の距離になり、ブーニン大尉がカウントを始める。
『・・・スリー』
 弁才天の持つ羂索は、青/黄/赤/白/黒の五色の糸を縒り合わせ縄状としている。ただ、新開グループ製のコウゲイシ”弁才天”が持っている羂索は、五色の無限可変式合金で作成されているのだ。合金にはミスリルとヒヒイロカネが大量に使用されていて、羂索1つで小型の恒星間宇宙船が購入できるぐらいなのだ。
 羂索が色毎に5本の無限可変式合金へと分割される。それぞれの無限可変式合金の先端に、刀/矛/斧/長杵/鉄輪が繋がる。羂索を持っている左側の手から、5臂が無限可変式合金の終端を掴む。そして、何故か空いた手を背中に回したのだ。
 TheWOCの一斉射撃開始まで、弁才天が攻撃するのを禁止されている訳でない。翔太は先制攻撃する予定であり、予定通りブーニン大尉のカウント終了前に弁才天が攻撃を始める。
 弁才天の右下から迫るカヴァリエーレ小隊に、刀/矛/斧/長杵/鉄輪が襲い掛かる。
 8臂を持つ弁才天の攻撃は、無論それだけでない。
『ツー、ワン、ファイア』
 弁才天の左上から突撃するカヴァリエーレ小隊へは、3本の矢型誘導ミサイルが弓より発射された。ブーニン大尉のファイアの台詞が言い終わる時点で、カヴァリエーレは5機が撃墜されたのだ。そのうち1機は誘導ミサイルによるもので、辛うじて回避運動していたカヴァリエーレ2機も誘導ミサイルによって、すぐに撃墜マークへと変換されたのだった。
 ブーニン大尉のファイアの台詞が言い終わってから2秒ほどで、カヴァリエーレ2個小隊16機は9機となったのだ。
 カヴァリエーレ2個小隊の放ったレーザービームの十字砲火は、弁才天の一瞬前の姿を貫いていた。
 2次元なら2方向からの十字砲火が有効だが、弁才天がいるのは空中なのだ。精確なレーザービームの一斉射撃は、タイミングさえ計れれば簡単に躱されてしまう。空中という3次元が戦闘場所ならば、せめて3方向から一斉射撃すべきだったのだ。
 しかし、カヴァリエーレは空中で停止もできるが、本質は戦闘機である。戦闘機としての速度・・・突進力を活かすためには、3次元の戦闘は難しい。宇宙を活動場所として開発されているサムライ・・・弁才天はコウゲイシだが・・・は、上下前後左右関係なく機動が可能なのだ。
「カヴァリエーレ2個小隊が敵サムライと交錯。全機離脱。続いてバイオネッタ大隊が交戦に入ります」
 指揮専用オリビーにいるスペリー少尉が、司令官に状況報告と必要な情報を告げる。
 カヴァリエーレは弁才天へ少しでもダメージを与えるため、レーザービームを連射モードに変更していた。弁才天を屠るに充分な時間、レーザービームを命中させるのは無理と判断したようだ。
 連射モードに変更したのは成功だった。弁才天に命中したのだから・・・。正確には、弁才天が持つ琵琶にだが・・・。
 弁才天は左側の腕を背中へと回し琵琶を握った。その琵琶にはヒヒイロカネ合金が潤沢に使用されていて、斥力でレーザービームを逸らし、威力を減じていた。
 弁才天の重要な箇所は、分厚いヒヒイロカネ合金装甲に護られている。そのため、琵琶の盾を抜けたレーザービームもあったが、弁才天の継戦能力に影響を与える程でなかった。3本の矢型誘導ミサイルを弓に番え、離れていくカヴァリエーレへと向け発射する。
 3機のカヴァリエーレは爆炎と共に、惑星ヒメジャノメの地へと墜落していく。
 無限可変式合金の最大距離の半分の位置に、刀/矛/斧/長杵/鉄輪を空中に展開する。
「バイオネッタ大隊32・・・27機が交戦開始。離脱したカヴァリエーレで戦闘継続可能なのは6機」
 必要な情報であるが、本音のところエリオン少佐は、欲しくも知りたくもないだろう。
 そこにロス中尉が、エリオン少佐の欲しくも知りたくもない情報を重ねる。
「敵の位置をロスト」
「・・・1つですか?」
 エリオン少佐が冷静を装って報告を求めた。
「いえ、2つともです」
 冷静な声色になりそうもなかったのでエリオン少佐は、ロス中尉に返事はしなかった。口を開いたら罵詈雑言が出ていただろう。彼女は、いつでも沈着冷静、苛烈で勇猛果敢だが、品のある司令官というブランド維持を優先した。
 弁才天を操縦する翔太の実力をエリオン少佐は高く評価した。
「どうやら敵のパイロットの実力は、デスホワイトに匹敵するのでしょう」
 翔太がデスホワイトこと現ロボ神”ジン”の指導を受けたのは1日に満たない。そして、どんな戦闘シチュエーションでも翔太はジンの足下にも及ばない。ジンが活躍していた時を知らないエリオン少佐が、翔太の実力を測れるはずないのだ。
「1個即応機動戦闘団だけで、無理に戦線を維持すべき時ではないです」
 無理にでも維持すれば、結界からの脱出路を確保できたのだが・・・。
 それに、弁才天のパイロット・・・翔太の実力評価が高すぎた。翔太は、1人で戦っている訳ではない。
「バイオネッタとカヴァリエーレは本司令部の上空まで転進せよ。機動歩兵科は移動を中止し、レールガンの設置を急げ」
 迎撃態勢を整えるための命令だったが、結果として翔太に挟撃を許してしまったのだ。

 翔太が偵察機チェーロ全6機を撃墜した後、統合オペレーター席に座っているアキトが翔太に指示をだす。
「弁才天を空へ、派手にブッ飛ばせ、翔太っ! 七福神一の凶暴な破壊の力を解放するんだ」
 アキトのいる統合オペレーター席は、オペレーションの全てを実行できるよう汎用性を重視した設計になっている。情報分析に特化している情報統括オペレーター席とは、設計思想が真逆なのだ。
 宝船の統合オペレーター席は、汎用なのにアキト専用の場所である。なにせ、事実上アキトにしか使いこなせない。お宝屋の3人は、それぞれ操縦、射撃指揮システム、情報分析オペレーターの専用席と決まっている。
 そして翔太のもう一つの専用席・・・翔太専用七福神リモートコントロール機から、お気楽で陽気な声が、オペレーションルーム届く。
『僕とアキトの2人なら、TheWOCの1個即応機動戦闘団を撃退するぐらい訳ないさ』
「目標は殲滅だ。ゴウ、風姫、そっちはサポートできない。頼むぜっ!」
 千沙の座っている情報統括オペレーター席と横並びに、統合オペレーター席がある。
「こっちは気にするな。アキトは、アキトにしかできことに集中すれば良いぞ」
「私は問題ないわ。私は、ね」
 風姫は蔑みの目をゴウに向け、断言する。
「このぐらい簡単だわ。まあ、任せなさい」
 ゴウは風姫の視線を受け止め、小馬鹿にした口調で揶揄する。
「ふっはっはっははーーー。俺の方は、まーったく問題ないぞ。破壊するしか脳のない、何処かの王女様に実力を見せつけてやろう」
「無精ヒゲの筋肉ダルマに、如何ほどの実力があるのかしら?」
「んっ? 無精ヒゲだと? ふっはっはっははーーー。相変わらず貴様は、見る目がない愚か者だな。いいか俺の・・・」
 統合オペレーター席にいるアキトは、一瞬だけ千沙に視線を向けた。視線を感じた千沙が軽く頷き、仲裁のため口を開く。
「ゴウにぃっ! ゴウにぃは風姫さんに気を遣わなすぎっ! 円滑に戦闘を進めてTheWOCを排除するには、人間関係は重要なの。ゴウにぃは、あたし達のリーダーなんだよっ!」
 降参とばかりに、ゴウは両手を挙げた。
「うむ、千沙の言う通りだな」
「謝罪はないのかしら?」
「ないっ! ただ、一言だけ貴様に伝えよう」
 風姫をゴウは瞳に蔑みの色を浮かべ、自信満々に言葉を継ぐ。
「俺は毎朝ヒゲの手入れをしているぞ」
 千沙の台詞はゴウを一方的に責めたような内容だったが、仲裁のため口を開いた。そう、ゴウが風姫に謝罪することはないと千沙は知っていたのだ。
 ゴウは千沙たちに、前以って言い含めていた。
 ゴウをリーダーとして認識するまで、風姫と徹底的に戦うから邪魔をするなと・・・。
 サバイバルやトレジャーハンティングで、個々人が好き勝手したら生き残れない。ヘルはマッドサイエンティストだが、生存に対して理性が働く。風姫は若さ故の過信か、それともジンという護衛としては過剰な戦力の傍にいた所為か、生存本能で動いている。
 風姫とヘルを含め全員無事に、惑星ヒメシロへと帰還させる為、ゴウはリーダーシップを発揮せねばならない。
 しかし、ゴウの狙いを知っているアキトが言い争いの停止を千沙に求めた。それだけTheWOC即応機動戦闘団と真剣に対峙せねばならない場面なのだ。
「千沙、戦闘機の数は?」
 統合オペレーター席の簡易戦術ディスプレイに、戦闘機の集団が2手に分かれたのが映し出されていた。アキトは、それぞれの集団の戦闘機数が知りたかった。千沙はアキトの質問の意図を正しく受け取った上、有用な情報を渡す。
「8機ずつ。2分でレーザービームの射程内なの。TheWOCのカヴァリエーレより射程距離が長いから先制攻撃可能だよ~」
 福禄寿の杖型レーザービームは、超長距離ライフルである。しかし、弁才天のレーザービームは福禄寿と比べ、射手距離が圧倒的に短い。
「翔太。ミサイルは上方向からの集団へ。残りは下方向からの集団だ。レーザービームの射程距離に入った瞬間、攻撃開始だぜ」
『了解さぁ』
 照準補助と戦術、琵琶による防御をアキトが受け持つ。翔太は七福神ロボの操縦に集中する。2人は役割を分担しているが、互いに阿吽の呼吸でフォローし合う。確かな信頼関係がアキトと翔太の間には存在するのだ。信頼の源は性格でなく、技量に対してだが・・・。
「10秒前・・・」
 千沙がカウントを始めた。
 アキトはレーザービームとレールガンによる照準をカヴァリエーレへと定め。
 翔太は弁才天を回避運動させ、弧の軌道を描く。
「2、1、今」
『「発射」』
 レーザービームがカヴァリエーレを両断し、レールガンの弾がカヴァリエーレを破壊する。矢型誘導ミサイルは、有効射程外であるにも関わらず発射した。
 結界内にはアキトが改造したモニタリング端末が展開してある。端末からのデータをオテギネがリアルタイムに収集して、オリハルコン通信で宝船に情報提供している。矢型誘導ミサイルは、発射後に敵機をロックオンする仕組みに変更したのだ。しかも、様々な方向からのリアルタイムデータを利用するため、ほぼ100パーセントの命中率となっていた。
 翔太は矢形誘導ミサイルを発射するだけでよく、後はアキトが担当しているのだ。
 矢型誘導ミサイルがカヴァリエーレ3機を撃墜した時には既に、もう3本の矢型誘導ミサイルが弓に番えていた。弁才天の正面を回避する軌道を描き、機体の後部を見せたカヴァリエーレは絶好の的になる。
 アキトは七福神ロボそれぞれに、数多くの戦闘パターンを予め用意していた。当然、弁才天の戦闘パターンも複数準備している。
 戦闘パターンの一つをアキトは選択、追加した。
「翔太、今」
 弁才天は無限可変式合金を巧みに操り、刀と矛、長杵でカヴァリエーレ2機の動きを制限する。高速で飛行するカヴァリエーレには、大きさのある刀と矛、長杵、それに無限可変式合金が脅威に映ったのだろう。アキトの予想通りの軌道を描いたカヴァリエーレは、突如として死角から出現した斧と鉄輪に、それぞれ1機ずつ激突、墜落していった。
「上手に敵機を引き込んだわね。戦闘では役立つけど、性格の歪みが良く分かる戦法だわ」
『いやいや、そう褒めなくても良いさ。何せ、この僕が相当に練習したからねー。それとさぁあ・・・この戦法と、練習用メニューは・・・アキトの考案さ』
「そうだ」
 アキトは短く応じた。
 今、アキトには全く余裕がなかったからだ。
 レーザービームとレールガン、矢型誘導ミサイルの照準、それに戦闘パターンの選択と攻撃指示はアキトの担当なのだ。つまり攻撃する際、翔太はタイミングを計れば良いだけなのである。
 翔太は被弾しないよう弧の軌道に緩急をつけつつ弁財天を動かし、敵に的を絞らせない。その上、アキトが琵琶の盾の斥力でカヴァリエーレのレーザービームを逸らし、弁才天への攻撃を遮っている。
「そうね・・・アキトの性格は歪んでないようだけど、思考内容は常軌を逸しているわ」
 風姫は少し考えてから、微妙に表現を変更したのだ。
 その表現に対して、千沙がディスプレイから視線を外さず反論する。
「風姫さんは勘違いしてるよ。だって・・・アキトは頭が良すぎるんだもん。だから普通の人には理解できないの」
 反射的に千沙は言い返したが、説得力に欠ける言葉にしかならなかった。千沙もアキト同様、集中しているのだ。ただ千沙の主戦場は弁才天のいる所ではなく、結界内全体なのだが・・・。
「天地人!」
 いきなりゴウが大きな声を出した。
「どうしたの、ゴウにぃ?」
 芯は強いが普段は比較的大人しい千沙だが、アキト絡みになると沸騰しやすくなる。風姫は根っからの王女様で周囲との接し方が自己中心的になりやすい。
 さっき千沙から注意された不快感から、ゴウは仲裁に入ったのではない。少しはあるかも知れないが・・・。
「うむ、大昔の孟子とかいう人の書に記載された戦略が成功する条件でな。天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず」
 ゴウには余裕があった。
「俗に、天の時・地の利・人の和と言うのだ。機を見て、地の利を活かし、全員が一致団結して戦うことだな。その中でも、人の和が一番重要なんだぞ」
「西暦二千年前後で、軍隊として編成される以前の考え方だわ。でも・・・そうね。今の状況では必要な考え方なのかしら」
「そうなの?」
「いいわ、アキトの話題は戦闘の後にしましょう」
「う~ん・・・そうよね」
「史帆、作業中に悪いんだけどコーヒーを淹れてくれないかしら? 豆はアキトの部屋の冷蔵棚の”喫茶サラ”ブランドのコーヒー専用容器(完全気密容器)に入っているわ」
「ちょーっとぉ、待ったぁああーーー」
 流石にアキトが口を挟んだ。
 弁才天の琵琶の動きが微妙に変化し始めた。
「なんで知ってる? どうして知ってる? あれはオレんだぜ」
 澄まし顔で、風姫は跳ねるような声を出す。
「人の和の為に提供するのは、チームメンバー義務だわ」
「ありがとう、アキトくん。史帆さん、あたしにはミルクも入れて欲しいな」
 紅茶党の千沙が風姫の話の流れにのった。そうなると、アキトに否やはない。
「わかった。淹れてくる」
 史帆は素直に返答した。
『僕も飲みたいなぁ。史帆ちゃん、ブラックで持ってきてくれないかな?』
「うん、いいよ」
 史帆は明るい声で返事をした。
「史帆、オレもブラックだぜ」
「・・・ついでに」
 史帆は嫌そうな口調で了承した。
 弁才天の琵琶がTheWOCの人型兵器”バイオネッタ”のレーザービームをまともに受ける。琵琶を持つ弁才天の腕にかかった負荷の所為で、関節部が軽微な損傷をする。レーザービームの威力を逃がせなかったので、弁才天が態勢を崩す。
『さあさあアキト。集中だよ、集中』
 アキトに注意を促しながら、態勢を崩した弁才天を翔太は即座に立て直した。
 刹那でアキトは集中力を取り戻し、バイオネッタ大隊を迎え撃つ態勢を整えた。そして、自らの境遇に対して文句を吐く。
「・・・全くもって納得いかねぇーぜ」
「あ、あのゴウさんは?」
「うん?」
「コーヒーはブラックで・・・?」
「そうだな・・・俺は少しで構わんぞ。その代わりという訳でもないが、水を1杯頼もうかな」
 千沙の結界内の情報から、ゴウは長期戦を覚悟した。そこでコーヒーブレイクによる緊張感の緩和と、水分不足による血栓を防ぐためのオーダーを史帆に依頼したのだ。
「ハイ、分かりました」
 史帆の声色は、何故か輝いていた。その史帆の声色の変化に、いつもの千沙なら気づけるはずだった。しかし、バイオネッタ大隊の接近が、それを許さない。
「TheWOCバイオネッタが8隊に。それぞれ4機なの」
『どうするアキト』
「中央突破だ」
 バイオネッタ大隊を迎え撃つ弁才天の姿は、実に奇妙だった。
 5本の手からは太い糸が重力を無視して、うねうねと曲がっている。その糸の先には、刀/矛/斧/長杵/鉄輪が繋がっている。2本の腕は、弓を持ち矢を番えている。それと、琵琶を持っている手が1本。
 2本の脚は膝を折り曲げて、正座で空を翔ているよう見える。その姿は可笑しくもあるが、膝から覗かせている砲身が、非常に凶悪であった。弁才天は、右脚にレーザービーム、左脚にレールガンを装備しているのだ。
 サムライとしては不思議な姿勢で、コウゲイシとしては奇抜なシルエットで、敵を無慈悲に葬り去る準備が完了していた。

「そうそう、そうこなくっちゃねぇー。どの方向へでも攻撃できる弁才天なら、中央に位置取りするのが最適解さぁ。行くよ、アキト」
 自分専用の七福神リモートコントロール機内で、翔太は軽快な口調を維持していた。つまりは余裕があるのだ。
 8本の腕を持つとはいえ、たった1機のコウゲイシを操るのは、翔太にとって簡単なのだ。
 しかも弁才天の5臂の手は、無限可変式合金の糸を握っているように見せているだけで、腕自体が見せかけだった。腕の曲がる角度、方向を考えず操れる分、格段に楽なのである。
『中央突破だ、中央突破っ!』
「いやいや、僕の心配なら無用さ」
 弁才天の腕の装甲を外すと、羂索の糸と同じ無限可変式合金だけが存在する。要は胴体から、5本の無限可変式合金が生えているのがコウゲイシ”弁才天”なのだ。
 手首から出ている腕と同色の無限可変式合金が、糸の無限可変式合金と接続されている。無限可変式合金の接続部は、手の内で隠している。腕と見せかけて、一つの無限可変式合金であり、あらゆる角度、方向に武装を展開できる。弁才天は、文字通り手の内を隠しているのだった。
 もちろん弁才天だけでなく、僕のスキルもTheWOCに隠しているけどさ。
『オレ自身の心配をしてんだよっ!』
 語気強く言い放ったが、アキトにいつものキレがない。
 感覚派の翔太に比べ理論派のアキトは、今も頭脳をフル回転させバイオネッタ撃破の策を練っている。
 そして、それを翔太が台無しにする。
「うんうん、もう遅いよアキト。お宝屋劇場第二部の開演さぁああーーー」
 第一部での戦果は、16機中10機。
 第二部の相手は、人型兵器32機。
 目標は15機としようかな。
 アキトの照準サポートと策略があれば、僕なら15機は撃墜できるさ。
 中央突破しないで戦闘するという無理無茶無謀を強いておいて・・・。それによってアキトの策略を破綻させておいて・・・。それでもアキトに頼るという無責任ぶりである。
『後で覚えてろよっ!』
「アキトにしては、言葉のチョイスが陳腐だねぇ。余裕が感じられないなぁあ」
 矢型誘導ミサイル3発を弁才天の上空を通過するバイオネッタへと照準し発射。結果内に敷いたレーダー網で敵を捕捉し続ける。両脚の膝は限界まで折り曲げ、下から後ろに回り込もうとしているバイオネッタを牽制する。
『ふざけんなっ!』
 凡庸な台詞で罵倒する。しかし、それ以上言葉が続かない。アキトには言葉を選ぶ余裕がなく、反射的な反応しか返せない状況なのだ。
 右脚の膝から放たれる連射モードのレーザービームがバイオネッタを追い込み、左脚の膝のレールガンで確実に仕留める。レーザービームの輝きがバイオネッタを無理な姿勢へと導き、回避不能状態にするのだ。
 命中しないレーザービームの輝きに対して翔太が呟く。
「少し照準が甘いな」
 もはや、アキトは言葉すら発せない。
 ただ怒りのオーラを周囲に撒き散らすのみで、コントロールルームから七福神リモートコントロール機内に届く訳もない。
 しかし、翔太はアキトの怒りを感じ取っていた。
 だからといって、翔太の態度や声色などに変化はないのだが・・・。
「後7機は撃破したいなぁー」
 あくまで翔太の15機撃破という目標があるため口から零れ出たのだが、アキトへの挑発になっていた。ナチュラルに敵味方構わず相手を挑発できる翔太のスキル”口から適当”が発動されたのだ。翔太は理論でなく、自身の感覚で語るっているので悪気はない。しかし今の言葉は、アキトへの挑発に他ならなかった。
 弁才天は、すでに8機を撃破したのだが、それでは物足りないと取られた。
 アキトは無言で集中力を高め、無限可変式合金でバイオネッタを絡み取り動きを封じる。絶好の的と化したバイオネッタだが、1機が弁才天に後ろを見せた。右膝の砲口をそのバイオネッタに向け、瞬時に連射モードから最大出力の破壊モードへと切り替える。弁才天のレーザービームが、無限可変式合金の糸もろともバイオネッタを切断した。
 無限可変式合金に絡めとられたバイオネッタ4機は、弁才天の攻撃に備える。しかし4機のバイオネッタは弁才天とは別方向からの攻撃に依って撃破されたのだ。バイオネッタを破壊した得物は、糸の先に繋がっている刀/矛/長杵/鉄輪であった。
 最初からアキトは得物を使って破壊する予定であった。しかし、バイオネッタのパイロットの1人が鋭敏な感覚を持っていたようで、斧の攻撃に備えるため後方を向いた。アキトは無限可変式合金の糸を犠牲にする気はなかったが、仕方なくレーザービームで1機を葬り去ったのだ。
『後2機』
「2機でも構わないさ」
 翔太には挑発する気は全くないのだが、アキトはそう受け取らなかった。
『3機撃墜するぜ』
 刹那で弓に3本の矢型誘導ミサイルを番え、発射する。
 狙いは、爆風に遮られ弁才天から見えない3機のバイオネッタ。つまり、3機のバイオネッタから弁才天の様子は分からない。しかし結界内にいる3機のバイオネッタは、アキトからは丸見えだった。
 矢型誘導ミサイルは3機のバイオネッタを同時に撃墜したのだった。

しおり