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第四話 IV

 少し固まる三人に、紅白は構う理由などない。今紅白の位置からして、一番近くにいるのは副所長の女性だった。
 理由は、ただそれだけだった。
 紅白は、音もなく彼女に近づき、そっと左胸に手を当てる。さっきまでの光景、そして今の紅白の行動に、彼女は脳の処理が追いつかなかった。
 処理落ちした脳では、もう何も考えられなくなった女性は、徐々に顔から覇気がなくなっていく。なんとか逃げようと、わずかに後ずさりしようとしたその時、


ドンっっっ!


彼女の左胸に、とてつもない衝撃が走った。
 彼女は口から鮮血をこぼし、声にならない声、いや息を漏らしその場に膝から崩れ落ちた。
 心臓は、もう動いていない。
 紅白の能力は振動操作、固有名称は『天地神明(インビジブルレイ)』。ありとあらゆる振動を操作することができる。振動を操作できるということは、波の性質を持つ、音や光を操ることが出来るということだ。
 音を操り、自分や周囲の音を消したり、遠くの音を聞いたり、音の指向性を操ったりすることができる。光を操れば、自分の姿を消したり、焦点を操って自分の場所を視覚的に偽ったりすることができる。紅白は、この能力で、自分の存在を隠し、さらにエコーロケーションの要領で、自分の視界の範囲外のことも把握でき、不可視光や不可聴音も、可視光や可聴音の様に知覚することができる。また、電波なども知覚でき、それを辿れば、通信先を探ることも可能だ。
 しかし、真に恐ろしいのはその攻撃力。電磁波を操り、電子レンジの要領で人を殺すことなど容易い。先程の部屋で多くの人間を殺したのは、この技術によるものだ。首元の頸動脈に向けて電磁波を放ち、血を沸騰させて殺した、というわけだ。
 今、副所長の女性を倒したのはもっと単純だ。彼女の体内に地震を起こしただけのこと。それこそ振動操作の真骨頂と言っても過言ではない。振動と言うと、まず出てくるのが地震だろう。それを起こすなど、赤子の手をひねるより簡単だ。もちろん大規模な地震を起こすこともできるし、指向性を持たせることも可能だ。しかし、紅白の能力は、強力かつ汎用性が高い分、扱うのが難しい。対価も大きく、調整が困難なためだ。だから『戦闘』には向いていない。しかし、『殺す』となれば話は別だ。細かい調節など必要ない。
 女性が崩れる様を見て、残った男性二人は少なからず、表情が歪む。しかしそれは、紅白を脅威に感じたとかではなく、単純に、仲間が殺されたことへの憤り、もしくは、研究への損害といったところだろうか。

「おい、君。自分が何をしたかわかっているのか?彼女はこの施設で、私に次ぐナンバーツーだ。その彼女を殺すということは、日本の技術の発展を少なからず遅らせるということ。この重大さが君にはわかっているのかい?」

 語気は強くないものの、眼光は鋭く言葉の端々からも、怒っているのが誰の目から見ても明らかだった。

「……………で?」

 この紅白の一言が、完全に所長の堪忍袋の緒を切った。

「もういい。殺さずに、私たちの研究材料にでもなってもらおうかと思ったが、その気も失せたよ」

 所長の男性は、もう一人の男性に命令した。こいつを殺せ、と。顎で使うとはこのことか、というような命令の仕方だったが、命令された男性からすれば、気に留めた様子もなかった。それが彼の仕事なのだろう。

「おい、ノーブラッドって、知ってるか?」

 所長に命令された男性は、ゆっくりと紅白の前に歩み出た。そして、ここ最近よく聞くようになった名前を口にする。

「ノーブラッド?」
「そう。もしそれが自分の目の前に現れたとしたら、お前どうする?」

 そう言った男の右手に紫電がほとばしる。どうやら雷を操る能力らしい。雷の能力は、自然系の中でもかなり強力で、使い手も少ない。確かに雷を操ることができれば、電気ショック等で、外傷なく人を殺すことができるかもしれない。

「……………絶望に顔が歪むだろうよ」

 紅白はそう呟いた。そしてその直後、男はニヤリ右手を前に出し、文字通り目にも留まらぬ速さの電撃が紅白に向かって突き進む。その電撃は刹那で紅白に届き、

「………な!?」

消えた。
 霧散だとか、受け流して地面に流れていったとかではなく、消えた。
 男は一瞬信じられなかった。それはそうだ。普通電撃をいなすことなど出来はしない。それこそ電撃のスピードなど、普通は視認すら出来ない。それでいて、紅白の能力は、さっきの副所長への攻撃で、雷をいなせる類の能力ではないことは想像がつく。それでも、紅白の能力を完全に理解したわけではない。確かめることも含め、もう一度と言わんばかりに、男の右手には、再び紫電がほとばしった。


パチンッ!


 しかし、その紫電は、放たれることなく消えてしまった。もちろん、男が電撃を放ったわけではない。

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