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「火起こしか」ユエホワが言う。
 火起こし――まだ姿を見ていないとハピアンフェルが言っていた、妖精たち。
 どこにいるんだろう――
 どうすればいい――
「ポピー、これを使え」ギュンテが空の上からさけぶ。
「え」上を見上げると、
「燃えないキャビッチだ」ギュンテはそう言って、雲の上から私に小さなキャビッチを投げてきた。
 それは、さっきギュンテの水がめに入れておいた、私のキャビッチだった。
 小さな、キャビッチ。
 その一個だけでは、たとえ燃えないとしても何のダメージも与えられないだろう。
 だけど。
 私はそれを受け取るやいなや、頭上に高くさし上げて「リューイ」と叫んだ。
 ぐん、とたちまちキャビッチが巨大化する。
 まわりの大人たちが全員息をのんでふり向く。
「モーウィヒュージィエアリイ」私はできるだけ早口でつづけた。
 ばん、と大きな音がして、最終的にキャビッチは百五十センチほどの直径となり、数は――たぶん、百個ぐらいになった。
 ギュンテの水がめに入れておいたおかげだ。
 よし。
 いや。
 これを今からどうやって投げる?
「みんな」母がさけぶ。「箒で打って」
 おおお、という叫び声があがったかと思うと人びとは、それぞれ自分の乗っていた箒を両手にかまえて、空中に浮かぶ私のキャビッチをばしばしと打ちはじめた。
 打たれたキャビッチは猛烈な勢いで、アポピス類たちを攻撃し、やつらはたちまち後退しはじめた――姿を現していないものも、おそらく。
 私も――はじめてやることだったが、自分のツィックル箒を右手から横にふり、巨大化キャビッチを二個ほど打ち飛ばした。
 手と腕が、じんじんとしびれる。
「またこんな」頭上でユエホワが、両腕を翼に変えて飛びながらその翼でキャビッチを打っていた。「あほみたいにでっかくして増やしてー」ぶつぶつ言いながら。
「ほほほ」その隣で祖母が笑う。祖母は箒にまたがって空中に浮かび、ツィックル箒の柄の先を巨大化キャビッチに近づけるだけで、そのキャビッチをものすごいスピードで遠くに飛ばしていた。ツィッカマハドゥルだろう。
 私はじんじんする腕をさすりながら口をとがらせた。あほみたいってなんだよ。それに笑わなくたっていいじゃん……
「アポピス類たち」母が叫ぶ。「勝手に来て畑や聖堂を作ったりしたのは悪かったわ。だけどなぜそれが必要なのか、私たちと話し合いをして欲しいのよ。あなたたちはそうするべきだわ。もう攻撃をしかけてこないと約束してちょうだい」
「わあ」ギュンテのそっとつぶやく声が上から聞こえてきた。「俺が言おうと思ってたことぜんぶ言われたなあ」
「今すぐにここから出て行け」怒鳴り返す声が、どこかかなり遠くから聞こえた。姿は見えない。「お前たちの作るものも、お前たちと話すことも、我々にはいっさい必要ない」
「あなたたちはラギリス神を信奉しているの」母も負けずにさけぶ――というか、怒鳴り返す。「そもそもラギリスという名前の神さまのことを知っているの」
 しん、としずかになった。
 誰も答えない――ということは、知らないのか?
「なんてことかしら」母は顔をそむけてため息をついた。「自分たちの世界をつくってくれた神さまを崇めるどころか、知らないだなんて」
「知らないことはない」アポピス類の声が、さっきよりは近くから聞こえてきたが、それはなぜかさっきよりも小さかった。「この世界が我々に与えられたのは、他でもないそのラギリスのおかげだ。そのことについては大いに感謝している。だが」そこで声はとぎれた。
「だが、なによ」母がせかす。なぜか私が内心あせってしまう。早く答えないと。
「だが、彼の役目はそこまでだ」声がきっぱりといいはなつ。「世界ができた以上は、その世界を運営していくことが重要だ。我々は今その点に力を向けている。悪いがラギリスの出る幕はもう、ない」
「なんですって」母も、他の人びともざわめいた。
「ひどい」
「なんという言い草だ」
「神の冒涜だ」
「神罰が下るぞ」
「我々はこの地母神界を、鬼魔界にも引けを取らぬ――いや、それをしのぐほどの強国にする」アポピス類は声を大きくした。「神だの聖堂だのに頼っていてはそれはかなわない。キャビッチなども我々には不要。必要なのは魔力と武力、そしてすぐれた参謀だ」
「すぐれた参謀ってお前のことか、ユエホワ」ギュンテがまた上から声をかけてくる。
「ん」緑髪鬼魔はちらっと上を見てから「ああ、まあ……らしい」と、ちょっと照れ臭そうに答える。
「ぷーっ」ギュンテは雲から顔をのぞかせて、ほっぺを大きくふくらませてふきだした。
「なんだよっ」ユエホワは肩をそびやかして文句を言う。
「では妖精たちを解放なさい」今度は祖母がアポピス類に向かって言った。「あなたたちのせいで、罪もない妖精たちがひどい行いを強いられているわ。それは許されないことよ」
「妖精たちは我々と契約を結んでいる」アポピス類はあいかわらず姿の見えないままで言い返した。「やつらにも相応の利益あってのことだ」
「ではなぜ反乱を起こすものが出ているの」祖母がきく。「契約は意味をなしていないわ」
「ほんの一部だ」アポピス類はなおも言い返す。「すぐにそいつらは鎮圧する」
「ほんの一部?」
「このありさまでまだそんなことをいうのか」
「水がからからじゃないか」人びとが口々に言う。
「いっとくけど」ユエホワが声をはり上げる。「俺は加担しねえからな。妖精退治にも、鬼魔界との戦争にも」
「世界がこうなっているのはラギリスのせいだ」アポピス類は怒鳴る。「世界をつくった神だというのなら、今のこのありさまを責任をもって修復するべきだ。それをしてこその神だろう。違うのか。我々を救いもしない者が神などと名乗ることは許されない」
「あきれた」母がまた大きくため息をつく。「自分たちの都合ばっかりね。神のために働こうという意識はまったくのところないってわけね」
「なげかわしい」
「ありえない」人びとも首をふり、ため息をつく。
「お前たちこそ情けないと思わないのか」アポピス類たちもつぎつぎにわめきだす。「なにが神だ。神にばかり頼って。子どもじゃあるまいし」
「我々は神の子だ」
「役に立たないもののどこが神だ」
 もう、カンカンガクガクという感じで、そこにいる全員が大声で怒鳴り合い、わめきちらし合いしだした。
 私はただ肩をすくめて耳をふさぐしかなかった。
「ポピー」祖母が箒に乗ったまま上から呼ぶ。「この場を離れましょう。耳がおかしくなっちゃうわ」
「う、うん」私はうなずき、ツィックル箒にまたがって祖母につづき飛びはじめた。
 なぜかユエホワもいっしょに飛んでついて来ていた。
「もうああなると、話し合いとは呼べないわねえ」祖母は飛びながら、ふう、と大きく息をついた。「子どものけんかみたいだわ」
「でも」私は飛びながら後ろをふり向いた。「ママたち、だいじょうぶかな」
「だいじょうぶよ」祖母はにっこりと笑う。「フリージアにまかせましょう。私たちは」祖母はそう言って、まじめな顔になった。「反乱を起こしている妖精たちをさがさなければならないわ」
「その、反乱を起こしている妖精たちっていうのは」ユエホワが飛びながら言う。「俺たちがこの世界に来たことに対してどう思っているのかな」
「そうね」祖母は箒の上でうなずく。「それを、直接たしかめたいわ。聖堂を壊したり、畑を荒らしたり、森の木々に火をつけたりしたのは、アポピス類に従っている妖精たちでしょうけれど、反乱している妖精たちはそのことについてどう思っているのか……あるいは、自分たちには何も関係がないとして、だまって見ているだけなのか」
「でも」私は祖母にきいた。「さがしに行くっていっても、どこに行けばいいの?」
「彼らは水を枯らしてまわっているわ」祖母が答える。「水のあるところをさがしましょう」
「でも、どこに水があるかわかるの?」
「ええ」祖母は微笑んで、箒で飛びながら上を見上げた。
「えっ」私も見上げた。
「おう」ギュンテが雲に乗って私たちの頭上を飛んでいた。「まかせとけ」

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