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第三十五話 急報


 ラナが立ち上がって、部屋から出ていく。

「それで、ルーサは?」

「魔通信機からの連絡です」

「マルス!ルーサからの通信を繋いでくれ!」

『了』

 モニターにルーサが表示される。

「ルーサ。何があった?」

「ヤス。いきなりすまん。ドーリスにも繋げたいが大丈夫か?」

「マルス。手配してくれ」

『了』

 すぐに、画面が分割されて、ドーリスが表示される。

「ヤスさん。ルーサさん。緊急事態だと聞きましたが?」

「あぁ時間的には、1-2日は余裕があるが、どうしたらいいのか判断出来ない」

 ルーサが、ドーリスに返事をするが、緊急事態の内容が見えてこない。

「ルーサ。それで何があった?先に、それを説明してくれ」

「おっそうだった。ヤス。ドーリス。難民が神殿に向かっている」

「??」「ん?何が問題だ?」

「そういう反応だろう。報告を聞いたときには、同じ反応だった。ドゥアム男爵領とタイヒマン男爵領から、1万を超える難民だ。もしかしたら、リップル子爵領を抜けるときには、もう少し増える人数になる可能性がある」

「1万」「・・・。1万を超える難民。ルーサ。それだけじゃないのだろう?」

「はい。未確定情報ですが、リップル子爵家が奪爵や降爵になるのは確実だという噂が流れている」

「ん?なぜ、それが難民に繋がる?」

「ヤスさん。ギルドにも似たような話が流れてきています。奪爵や降爵ではなく、リップル子爵家が税率をあげるのにあわせて、近隣の男爵領も税率を上げると言うものです」

「どういうことだ?」

「ヤスが命名した、草の者たちからの報告だけどな。王都では、リップル子爵家が行っていた不正の証拠書類を王家が入手して調査が始まったらしいという噂がある。どっかの悪辣な男が、流出させた書類の話だな」

「ルーサ!驚きだな。自分のことを悪辣だと認めるのだな。それだけ、悪人面ならしょうがないのだろうな。ドーリスもそうおもうよな?思うよな?思っているだろう?」

「ヤス!確かに、俺は悪人面だけどな。お前ほど、性格がひん曲がっていない!ドーリス!そうだろう!な!」

「二人とも・・・。似た者同士ですよ。リップル子爵家も2つの男爵も同じ侯爵の子供なのですよ。侯爵にも王家から調査が入るようです。それに先立って侯爵が上納金を3家に要求したという話も出てきています」

「上納金?それで、税をあげたのか?馬鹿なの?」

「馬鹿なのだろう。それで、ドゥアム男爵領では、確認が取れているだけでも10の村が潰れた。兵を向けられた村もあるようだ。潰れた村にいた村民や近隣の村に住んでいた連中が、難民になったという話だ。タイヒマン男爵領はもっと酷いらしい」

「ちょっとまってくれ、ルーサ。それなら、なんで”今”だ?ドーリスの話も、ルーサの話も、ここ数日の話ではないよな?」

「ヤスさん・・・」「ヤス。お前は、魔通信機を使って遠距離で会話するのが子爵や男爵風情に出来ると思うか?」

「出来ないのか?」

「ヤス」「ヤスさん」

 二人の呆れた声にヤスは、名前を聞いた男爵領には貸し出していないことを思い出した。
 冒険者ギルドと商業ギルドには貸し出してあるが、領には貸し出していない。

「そうか、貸し出しはしていないな。そうか、領主がリップルと一緒に王都に向かったのだな?」

「そうだ。リップルの野郎は、男爵たちに護衛を出させたようだ。それで、兵の数が減った所で、民が逃げ出した」

「事情はわかった。ドーリスもいいよな?」

「はい。ヤスさん。受け入れるのですか?」

「1万。もしかしたら、1万5-6千にもなるのだろう?ルーサの説明では、戦える男は少ないのだろう?」

「あぁ報告では、女と子供と年寄が中心だ。義侠心に駆られた冒険者が護衛に着いているようだけど、微々たる数だ」

「そうか・・・。2万と考えて、それだけの食料の確保が必要か?ドーリス。サンドラは居る?」

「居ますよ?変わりますか?」

「頼む」

「ヤスさん。話は聞いていました。領都でも王都でも2万人を1ヶ月食べさせるだけの食料を確保するのは難しいと思います」

「そうだよな。この前でもギリギリだったからな」

「おい。ヤス。受け入れる前提になっているけど、いいのか?」

「ん?受け入れを行わないと大変な状況になるだろう?アシュリの周りにスラム街が出来るなんて嫌だぞ?」

「そりゃぁそうだけど・・・。お前、1万以上だぞ?女性と子供だと言っても・・・」

「食料以外は大丈夫だと思うぞ?」

 ヤスはニヤリと笑った。

「あぁ?」

 ルーサが疑問を声にだしたが、誰かを脅しているようにしか見えないのは、悪人面が悪いのだろう。

「ヤスさん。関所の森を開拓するのですか?」

「あ!」「そのつもりだ。女性と子供でも、村に住んでいたのなら、畑仕事が出来るだろう?それに、何か産業になるようなこともしていたのだろう?環境が違うけど、関所の森にある湖近くなら住居さえあればなんとかならないか?」

「ハハハ。森の中に、突如1万を超える住民が住む”村”が出来るのか?驚くだろうな」

「あ!」

「ヤス。どうした?」「ヤスさん?駄目なら別の方法を考えましょう」

「いや、違う。違わないけど、違う」

「なんだよ」「??」

「ルーサ。サンドラ。ドーリス。帝国から子供たちを救出したのは知っていると思うけど」

 3人が画面上でうなずく。

「関所の森の帝国側に、元奴隷と元二級国民の村が出来る」

「は?」「え?」

「ルーサなら聞いているだろう?帝国の関所の森に隣接する領主が身分制度撤廃を言い出したって話」

「あぁ聞いている。って、お前か!」

「違う・・・。けど、まぁそれで、奴隷商も違法奴隷を解放する。あと、二級国民も集まってくるだろうから、そのときには保護して、関所の森に放り込む」

「・・・。ヤスさん。仮にですが、関所の森の帝国側に村が出来るとして、食料はどうするのですか?家は?」

「家は、なんか、関所の森の中にある湖の近くに建っていたらしいぞ?食料も実は、帝国は食糧難ではなくて、商人や貴族が溜め込んでいただけで、溜め込んだ食料を皇国に輸出していた。皇国への輸出を止めて、商人から吐き出させて、貴族が溜め込んでいた物を吐き出させたら、健全な領地になるようだぞ。かなりの反発が予想されるから、塩や砂糖は止められるけどな」

「そうなのですね。ヤスさん。その良心的な帝国の貴族から食料を回してもらえないのでしょうか?」

「うーん。難しいかな。小麦は大量にあるから、流せると思うけど、それでも1-2ヶ月分だけだと思うぞ」

「ヤス。帝国に、塩や砂糖と売っているのだよな?」

「そうだな。その対価で、小麦をもらうのは”あり”だな」

「ヤス。確認だけど、難民は、受け入れるのだな。子爵や男爵と真っ向から喧嘩になるけどいいのか?」

「あぁその為にルーサが居るのだろう?子爵や男爵の兵と戦うのは駄目か?なら・・・」

「ヤス。その安い挑発に乗ってやるよ。任せろ!イワンたちの武器防具があるし、魔道具も揃っている。関所や壁もある。負けない」

「それでいい。”勝て”とは言わない。味方に一人の死者を出さない。負けない戦をしてくれ」

「難問だが、わかった。ヤスの期待に応えよう」

「ありがとう。ドーリス。サンドラ。そんなわけで、関所の森に村が出来る。2万程度を想定する。畑も準備する。家は用意する。トーアヴァルデとローンロットと難民村をつなぐ道を作る。あと、子供は無条件で学校に通わす。難民が到着したら、サンドラが主体となって人数の確認を頼む」

「わかりました」「ヤスさん。私は、協力を依頼できそうなギルドに食料の余剰があるか確認します」

「頼む」

 3日後に、全体が把握できた。正確な数はわからないが、2つの男爵領と1つの子爵領の潰された村やスラムから寄り添いながら神殿を目指した人数は、2万人を数えるほどに膨れ上がっていた。当初は、村を潰されたときに逃げ出した女性や子供が中心だったが、殺されなかった男たちも合流した。
 怪我をしている男や女性や子供とはいえ、集団となり数が集まれば、それは驚異となる。男爵や子爵の兵士たちは自分たちの失敗を隠すために、無関係な村を襲って首謀者と偽って村長や有力者を殺した。そして、新たな難民が生まれた。そして、皆が神殿に向かい始める。
 合流して数を増やし続けた難民が、子爵領を超えて辺境伯領にはいった。娘から連絡を受けていた辺境伯は、4-5日分の食料をなんとか用意して、難民に渡した。辺境伯から、神殿が難民の受け入れをするための準備をしていると告げられ、全員が神殿に向かった。

 15日後に、難民の先頭がアシュリに姿を現した。
 ルーサは、当初の予定通りに、全員を関所の内側にいれた。手分けして、難民に説明を行って、落ち着いてから、関所の森に移動した。

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