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第61話

 夜。羽(さとる)は一人、第四研究所の外へ出ていた。

 四〇分徒歩で移動し、人気のない売り家の前に着くと、そこには一台の黒い車とメイド服を着た女性型アーティナル・レイスが立っていた。

「お待ちしておりました、冴原様。どうぞ、お車にお乗りください」
「待て。その前に、尾行が着いてきていないか、確認をしてくれ」
「その必要はありません。冴原様が第四研究所を出てからずっと、“彼女”が監視しておりましたので」
「例の先行量産型か」

 メイド服のアーティナル・レイスが視線を向けた先――売り家の向かいにある家の屋根には、人影があった。

「冴原様、お車の方へお乗りください。代表がお待ちです」
「……ああ」

 車のドアが開くと、一人の男が羽(さとる)を迎えた。

「待っていたよ。早く乗りたまえ」
「失礼します」

 羽(さとる)が席に腰掛けると、メイド服のアーティナル・レイスも運転席に乗り、車は発進した。

「元気そうでよかった。まずはシャンパンでもどうかね?」
「ありがとうございます。ですが、やめておきます。誰かと酒を飲んできたと思われる可能性があるので」
「ふむ。慎重なのは良いことだ」

 男は出しかけたシャンパンをしまうと、代わりにミネラルウォーターと丸い氷をグラスに入れ、羽(さとる)に渡した。

「さて……それでどうだね。君から見た、柳原澄人は」
「思っていた以上の――あなたが言っていた通りです。技術だけじゃなく、人望もある。アーティナル・レイス達からもすごく慕われていて、ある種のカリスマがあるような気がします。そして、あなたや俺のような考えを持っている」
「君も彼を気に入ってくれたということかな」
「そう思ってはいますが、同時に危険性も感じています」
「具体的には?」
「あいつはいつも穏やかに振る舞っていますが、その実、ものすごく慎重で用心深い男です。それに時々、俺の考えを見抜いているかのようなことを言うんです。あれは勘が良いなんてレベルじゃない」
「彼に計画がバレていると?」
「そんな気もしてしまうくらいです」
「フフフ、そうか」

 男はグラスを両手で持ちながら、嬉しそうに笑った。

「計画を変更した方がいいのでは?」
「いいや、計画は予定通り実行したまえ。披露会当日、第四研究所にくる者の多くは、アーティナル・レイスをモノ扱いしている人間だ。加えて、柳原澄人を良く思っていない者達も大勢くる。アーティナル・レイスの幸せを望む柳原澄人が、そんな彼等を守ると思うかね?」

 男はグラスを羽(さとる)に見せる。

「君と私が目指しているのは、このグラスと氷のように美しい世界だ。地位、権力、金、名声、差別……汚れたものが一切ない、争いのない理想郷。これは柳原澄人が望んでいる、アーティナル・レイスにとっての楽園でもある。それを手に入れられる手段と汚れた者達……君が彼なら、どちらを選ぶ?」
「前者です」
「そう、柳原澄人は我々を選ぶ。愛する“彼女“が望む世界のためにね」

 男は満足そうに笑みを浮かべながら、グラスに口をつけた。

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