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第九十四話 夢物語

 しばらく経つと、ソラのことをもう少し詳しく調べると言う名目で、ひと時の休息はお開きになった。

「じゃあ、ソラのこと任せたよ」

 シンはソラとともに付き添うことになったヴァネッサにそう伝える。

「ああ、じゃあ行くぞ」

 ヴァネッサはソラの肩に手を置く。ソラは少し不安そうな顔を見せる。

「ほんじゃあ、また会おうぜ、ソラ」

 そう言って、手を振る焔。そんな焔に少し安心したのか、ソラの表情は柔らかくなる。

「わかった。またね、焔」

 ソラは別れを告げると、焔に近づき、控えめに頬にキスをする。

「おお」

「ヒュー」

 シン、ヴァネッサはその光景に少々の驚きを見せるが、微笑ましく見届ける。

「助けてくれたお礼」

「……なるほど。こいつは高くついたな」

 悪戯っぽく微笑むソラ。果たしてそれは素なのか、それともわざとなのか、焔にはわからなかった。でも、楽しそうだったから、別にどっちでもいいか、と最終的には思うのだった。

 その後、ヴァネッサとソラは普通に扉から医務室を後にし、その場にはシンと焔だけが残った。

「焔、案外君は大人だね。あんな美少女にキスされても動じないなんて」

「あ、ああ。そういや、あんまり動揺しませんでしたね」

「高校生の時にもう一回、不意打ちで食らってるからかな?」

「……ああ、そういやありましたね。咲がいきなり……え?」

「……え?」

「何でシンさんそれ知ってんの?」

「……テヘペロ!」

「テヘペロじゃねえよ!」

 その後、医務室から騒々しい声が漏れだした。それは廊下を歩いていたヴァネッサの耳にも届いた。

(はあ……もう少しいたかったな)

 少し、歩くスピードが遅くなった。


 しばらくすると、医務室は元の落ち着きを取り戻し、シンは今後のことを焔に話す。

「まあ、何はともあれさっきので試験は全て終了だ。結果発表は後日みたいだから、それまでは昨日同様好きに過ごすと良い」

「……ああ、そういやさっきので試験は全部終了したんでしたね。完璧頭から抜けてました」

「ハハ、まあさっきはそんなこと考える余裕はなかっただろうからね……じゃあ、いい結果を期待してるぜ、青蓮寺焔」

 そう告げると、シンは焔の肩を強くたたく。

「……はい!」

 何とか師匠らしいことを言って、その場を収めたシン。そんな思惑に焔は気付くことはなく、強く返事をするのだった。

 その後、部屋に帰らされた焔は時間を確認する。時間はもう17時を回っていた。一先ず、汗を流すために軽くシャワーを浴び、再び部屋に戻ると、ベッドに大の字になって倒れ込む。そして、目を閉じた。


 はあ……これで試験は全て終わりか。たったの3日だったけど、案外長く感じたな。色んな事があったけど、やっぱりソラが元の姿を取り戻せて何よりだ……いや待てーい!!


 焔は閉じた目をすぐに開く。


 いや、待て待て待て。俺は何しにここへ来たんだ!? 試験を合格して、この組織に入るためだよな。今までソラのことに気を取られすぎて本質見失ってたわ。


 ソラのことが一件落着し、他のことに目を向けられる余裕が出てきた焔は一気に試験の合否のことで頭が満たされた。


 まず第一試験だが、あれは特に点数とかの問題はないから、大丈夫。第二試験は受験者の中で一番強い怪物を倒したんだ。問題はないはずだ。多少AIのサポートはあったが、AIはそこまで総督は気にしてないって言ってたし。第三試験も一発目は一撃で終わらせたし、二回目も一応勝ったし……でも、何か全然攻めることできなかったな……思えば、第2試験もAIが俺のこと叱ってくれなきゃ勝てなかったし……というか、受からなきゃ冬馬の足が……


 焔は目を閉じ、ベッドの上で唸り声を上げながら、ジタバタ動き回る。自分の人生のみならず、他人の人生まで背負っていることに今更ながら気づいた焔は更なる不安に煽られた。だが……

「スー……スー……スー」

 10分後、焔は溜まっていた疲れもあるのか、考え事をしている最中に眠りに落ちてしまった。布団もかぶらずに腹を出して寝ている焔。

 だが、不思議と部屋には暖かい風が流れ始めた。そして、ゆっくりと照明は暗くなっていき、部屋は闇に包まれた。

「お疲れまでした、焔さん。おやすみなさい」

 通信機から発せられた言葉は暖かい風に乗り、焔の耳へと届くことなく、消えていった。


―――「スー……スー……スー……」

 眠りにつく焔。だが、しばらくすると……


 ジリリリリリ!!


 部屋中にアラームの音が鳴り響く。強烈なモーニングコールに焔はすぐさま飛び起きる。

「な、何だ!?」

 焔が起きたのを確認すると、アラームは鳴り止む。

「おはようございます。朝ですよ、焔さん」

「あ、そう。というか、昨日言ったよな。もうちょい優し目のやつにしてくれよ」

「一度起こしたんですけど、起きなかったもので」

「だから、段階ってもんが……はあ、もういいや。で、今何時?」

「8時50分です」

「へえ、けっこう寝たな。そういや、合否の発表って今日だよな。いつからとかもうわかってんの?」

「9時です」

「へえ、9時ねえ……9時!?」

「はい」

「午前の!?」

「はい」

「もう後10分しかねえじゃねえか! 何でもっと早くに起こしてくれなかったんだよ!?」

「……テヘペロ」

「お前高性能の人工知能なのに言い訳のレパートリー少なすぎるだろ!」

「勉強しておきますね」

「いいよ、勉強しなくて! というか、それってどっかに集合すんの?」

「昨日の試合会場で発表するみたいですよ」

「マジかよ。服とかは別に良いんだよな!?」

「はい、私服で構いません」

「よし! 取り敢えず、洗面所出してくれ」

 焔はベッドから飛び上がると、壁から洗面所が現れた。そこで、顔を洗い、歯を磨く。そして、手早くトイレを済ませると、すぐに試合会場へと転送された。その間、わずか5分だった。

 転送された先は昨日の試合会場だった。昨日来たはずだったが、まじまじと会場を見るのは初めてだったのだろうか、焔はまるで別の場所にいるかのような感覚に襲われた。

「おーい、レンジ!」

 そんな中、独特なあだ名で自分のことを呼ぶ声が聞こえる。振り返ると、そこにはこの3日でかなり打ち解けた4人の姿があった。

「焔、心配したヨ。もう大丈夫カ?」

「おー、平気平気」

「遅いわよ、焔。10分前に集合するのが基本でしょ」

「いや、これでもけっこう急いだほうなんだぜ」

 軽いやり取りをしながら、焔は4人がいる所へと足を進ませた。

「……焔、そう言えば昨日の子……」

 焔への挨拶もそこそこにして、茜音が何かを言いたそうに話を持ち掛ける。

「ああ、ソラのことね。もう、大丈夫。普通に会話できるよ」

「へえ、ソラちゃんって言うんだ。よろしくね」

「え……よろしく?」

 そう言って、茜音が手を伸ばした先を目で辿ると、何食わぬ顔で焔の横にソラは突っ立っていた。

「よろしく」

「うわっ! いつからいたんだよ」

 当然のように横にいたソラに焔は思わずツッコミを入れる。そして、その問いにソラではなく茜音が答える。

「え? 気づいてなかったの? 焔が来た時、ほぼ同時に来て、平然と横歩いてたよ」

「マジで? いたなら、声かけろよ」

「知ってると思ったから」

「ああ、そう(流石は暗殺者に育てられただけはあるな。何かシンさんと同じ気配がする)」

 そんな会話を遠目から見ていた3人も恐る恐る近づく。

「これは驚いたヨ。本当に昨日の子カ? 雰囲気が凄く変わったネ!」

 その驚きを口にしたのはリンリンだった。

「焔が変えてくれた」

 ソラは少し嬉しそうな表情を見せ、そう言った。その言葉に焔は照れ臭そうに顔を掻く。

「なるほど。昨日の奇行にはそんな意図があったとはな」

「おい、てめえ。誰が奇行だって」

「私もいきなり女に抱きついたものだから、サイモン以上に気持ち悪く感じたぞ」

「ちょ、コーネリアちゃん……」

「うっ、その言葉が一番心に来るな」

「……お前もか。レンジ……お前もなのか!!」

 サイモンが騒がしく声を上げる。それを見て楽しそうに焔はサイモンをおちょくる。

 そんな焔の様子を見ていたソラも自然と笑顔になっていくのだった。

「ちゅーもーく!」

 急に会場から大きな声が響く。振り返ると、そこには総督、そして教官たちが立っていた。

「では、これより結果を発表したいと思う」

 いきなり結果を発表すると言い出す総督にコーネリアは待ったをかける。

「すいません。まだ、全員揃ってないと思うんですけど……」

 動揺する焔たちをしり目に総督は不気味に笑う。

「いーや、これで全員だ。他の者たちはもれなくここに関する記憶を消して、元の生活へと帰ってもらった」

 その言葉に一瞬固まる。だが、その意味が分かるや否や焔たちは口々に言葉を紡ぐ。

「それって」

「つまり」

「僕たちは」

「この組織に」

 そう言って、焔、リンリン、サイモン、茜音は互いに顔を見合わせる。その瞬間、総督は声を荒げる。

「セリーナ・コーネリア! 梅・玲玲! サイモン・スペード! 野田茜音! ソラ! そして……青蓮寺焔! 以上6名! 入隊試験突破!! 合格だ」


 パン!!


 その言葉を聞いた瞬間、焔、リンリン、サイモン、茜音の4人はハイタッチをする。

「よっしゃー!!」

「やったヨ!」

「フッ、僕にかかればこんな試験など造作も……」

「受からないかと思ったー!」

 柄にもなく焔は声を荒げる。そして、リンリン、サイモンもそれぞれ嬉しさをあらわにし、茜音は安堵感から地面に崩れ落ちた。コーネリアは何も言わなかったが、手を胸に当てため息を吐き、取り敢えず受かったことに安堵を示す。ソラは何をそんなに喜んでいるのか分からずにいた。

「さて、では改めて歓迎しよう。ようこそ、宇宙連合所属独立機関地球外生物対策本部『アース』へ」

 それまでの楽しげな雰囲気は一転、はしゃいでいた焔、サイモン、リンリンはその一言で動きを止め、固まる。

「……マジかよ」

 引きつった笑みを見せる焔に総督はさもご満悦だった。


―――部屋の中でまた大の字で寝転がる焔。


 いやー、受かったのはマジで嬉しかったけど……宇宙連合って……どんだけ壮大な組織なんだよ。組織のことについては後日説明って言ってたけど、気になりすぎる。


「なあ、AI。宇宙連合って何なの?」

「宇宙連合……そのままの意味ですね」

「いや、そうじゃなくて……まあ、いいや。どうせ、明日わかるし」

 何もかもやり切った焔はボーッと天井を見つめる。だが、しばらくすると何かを思い出したように跳ね上がる。そして、携帯に何かを打ち込むと、

「おーい!! レンジ!! 何してんた!! もう皆きてるぞ!!」

 突然、ベッドのそばに置いておいた通信機から大きな声が部屋の中に響き渡る。

「おー! 今から行くわ」

 今日の日程は総督からの合格発表のみで、焔たちはほぼ自由行動となった。そして、今いる施設は受験者用に作られた施設だそうだ。だから、今現在、広い食堂はほぼ貸し切り状態。ということで、今から焔たち6人は食堂で合格祝いをする約束をしていたのだ。

 焔は携帯を置くと、通信機をつけた。

「ほんじゃあ、頼むわ」

「了解です」

 そうして、部屋には誰もいなくなった。焔がいなくなったのを合図に電気が消える。暗闇の中、焔がベッドの上に置いた携帯だけが薄い光を纏う。携帯の画面は誰かとのトーク画面だった。


『やっと同じ土俵に上がったぞ。この夢物語、絶対に実現させてやる』


 夢物語……焔はこう綴っていた。だが、この言葉を見た3人はもうその『夢』を実現する様を見ているのだった。

『楽しみにしてるぜ』

『私も応援してる』

『期待してるね、ヒーローさん』


 さて、そのヒーローさんの夢物語は今後どんな軌跡を描くのだろうか。だが、今まで描いてきた軌跡もその夢の一部なのだと言うことを本人は知る由もないのだった。


                                 

                                  ~試験編『完』~
 

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