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放流

 再び気を失ってしまった相手を、管理者は困ったように見上げる。
 意思を直接伝えてみても反応が無いし、叩いて衝撃を与えても少し起きただけ。相手が巨体故に揺するというのは効果があるのか分からないし、騒音でも響かせてみればいいのだろうかと思うも、そもそも相手に耳があるのかどうか不明だ。
「……………………」
 と、そこまで考えたところで、別に耳でなくとも音は伝わるかと思い直す。撫でるだけでも気を失うほどに繊細な相手のようなので、大きな音が出す振動ぐらいがちょうどいいのではないかと考えたのだ。
 しかし、その大きな音がどんなものか、で悩んでしまう。近くで何かを爆発させてもいいが、それでは爆発の方に巻き込まれてしまうかもしれない。そうなっては気を失う程度では済まないのではないかと思うと、採用は躊躇われた。
「……………………」
 そこで、爆風を浴びせるというのはどうだろうかと思い浮かぶ。爆風だけ届けるために距離を取る必要があるので、爆発音は巨体を揺り動かすほどまで大きくはならないのかもしれないが。いや、それはそれで爆風も弱いかもしれないなとも思い直す。
 他には、ラオーネとヴァーシャルに任せるという方法もある。二匹は相手と格の上では同じだが、どちらも戦闘方面に重点が置かれた能力なので、叩き起こせるぐらいの力はあるだろう。ただでさえ相手は繊細なのだから。
 と言った事を思案すると、管理者はラオーネとヴァーシャルに起こすのを任せる事にした。何となく二匹も自分達に任せてほしいと主張しているような気がしたのも大きい。
 起こすのを任せた後、管理者は少し離れて二匹を見守る。今後の力の制御に役立つかもしれない。
 管理者に任された二匹は、張り切って相手を起こし始める。
 まずラオーネは、相手の傍で大きく吠える。耳を覆いたくなるほどの大きな声がビリビリと大気を震わす。少し離れたところに居る管理者の身体まで響くその大きな声は、当然ながら向けられている目の前の相手にはより大きく響いている事だろう。しかし、相手は気を失ったままピクリとも動かない。
 吠えるのを止めたラオーネに代わり、ヴァーシャルが相手へと手をかざす。
 その短い手の先に淡い光を放つ光球が浮かぶと、その光球は相手の体内に入っていく。それは管理者が見たところ、他の世界で魔法だなんだと呼ばれているモノに近いような気がした。流石は創造主と同格なだけあり、その存在を知っていて、尚且つ使用出来るようだ。
 管理者の推測では、先程の光球の正体は相手の怪我を治癒させるもの。それも随分と強力なものだった気がする。
 しかし、そこで管理者は首を傾げる。治癒というのは、怪我を治すものだ。であれば、前提として相手が怪我をしていなければならない。だが、管理者の記憶する限り、生まれて間もない相手が怪我をしている訳がないのだが。
 そう思うも、念のために調べてみる事にする。もしかしたらいつの間にやら怪我をさせていたのかもしれない。もしくは、あの光で気絶をどうにかできるのかもしれない。
 その結果、相手は内部に負傷している事が判明する。それも相手の心臓である核付近。範囲は狭いが場所が場所なだけに結構な深手のようだ。
 管理者はいつの間に怪我をしたのかと驚きながらも、その傷が癒されていくのを確認した。怪我が治れば、このまま無事に目を覚ますかもしれない。
 怪我の治療が終わると、再びラオーネが大きく吠える。そのビリビリとした振動を改めて受けて、相手は僅かに身じろぎをした。
 それにもう一押しと感じたラオーネは、もう一度大きく吠える。
 再度の強い振動に、相手もやっとこさ目を開けた。その後しばらく状況確認のためか硬直した相手に、管理者がやっと自分の番だと判断して近づく。今度は威圧の強さを誤ったりはしない。
 まだ状況を把握しきれていない相手に、管理者は優しく語り掛ける。しかし、それに気づいた相手は、巨体を震わせてしまう。先程の事を思い出したのかもしれない。
 それでも気を失っていないのでむしろ都合がいい状況だと判断した管理者は、そのまま早速交渉に移る。とはいえ、実際は交渉というほど対等な関係でもないが。
 現在居る世界で飼育されるか、それともこのまま消されるか。管理者が尋ねるのはこの二択のみ。やはり交渉ではなく強要だろう。
 相手は管理者が自身を簡単に消せる存在なのだとやっと理解出来たようで、もう侮るような態度はみせない。むしろ怯えが強くなる一方だ。
 そんな様子を、ラオーネとヴァーシャルは憐れむように眺める。
 相手はしばらく怯えていたが、ジッと見詰めたまま答えを待つ管理者に気づき、やっと答える。当然、答えは飼われる事を選んだ。
 その答えに満足げに頷くと、次に管理者はこの相手を何処で飼うのかを思案する。あまりにも巨体なので、その辺りで暮らせと言うのもどうなのだろうかと思ったのだ。遠目に見れば動く連峰でしかない。それもかなり巨大な。
 元々外の世界を泳いでいたような相手だ、それを知っているだけに、地上を這う姿というのも何だか与える住処を間違えたような気分にさせられてしまう。何処ででも問題なく生きていけるだろうが。
 しばらく考えた管理者は、そういえばと思い出す。丁度無駄に広いのに何も無い場所があったではないかと。
 新しいペットの居住先を決めた後は、新しいペットの名前を考えねばならないだろう。さて、何にするかと管理者は考える。名前を決めるのは中々に難しい。
「……………………」
 相手を眺めながらどんな名前がいいかと思案する管理者に、観察されている相手はビクビクと怯える。
 そんな状況がしばらく続いた後、管理者は新しいペットの名前を決めた。その名前は、¨モンシューア¨。山のような巨体で蛇のような存在という事で付けた名前。こちらも多少は親しみやすくなるようにと、語感を少し丸い感じにするのも意識している。
 モンシューアと名前を付けた後、そういった由来を管理者は説明していく。やはりペットは可愛がりたいという思いがあるのだから。
 そうして名付けまで済ませたところで、管理者はモンシューアを住処へと案内する。案内する先は海。
 海が在るのは漂流物を集めた一角だが、その一角も結構な広さがある。海はその半分ぐらいを占めるうえに深さもあるので、モンシューアの巨体でも問題なく過ごせることだろう。
 それにこれからも海は拡大していくだろうから、広さについては問題ない。後はモンシューアが海でも過ごせるかどうかだが、まぁこの辺りは心配していないので大丈夫だ。
 そうして案内した海に入ると、モンシューアは奥へと優雅に泳いでいった。この世界については説明しているので、後は好きにさせていてもいいだろう。そう判断した管理者は、モンシューアが見えなくなったところで、一角の外に行ってラオーネとヴァーシャルと少し遊ぶ事にした。

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