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漂着物

 管理者が創造した世界だけに、そこに到着する漂着物が何なのか、何処に現れるのかを察知するのは容易であった。それだけではなく、漂着物が現れる位置や時間を調節する事も問題はない。
 まだほとんど何も無い世界ではあるが、それでも無秩序に現れては困るだけなので、管理者は瞬時に世界の状況を把握して、何処に漂着物を設置するかを決めていく。最初にやってきたのは土であった。
 漂着物を直前で留め置くのも数年程度であれば可能ではあるが、それをやると溜まっていくうえに外の世界に在る状態なので、外の世界に溶けてしまえば受け入れる意味が無くなる。
 勿論、漂着物の受け入れは強制された事ではあるが、それでも外の世界に増えすぎた力への対策が必要なのは重々承知しているので、渋々ながも引き受けることにしていた。
 やってきた土は、世界の一角に導いて解放しておく。広げた土は山一つを耕したような量ではあるが、世界全体に比べれば水の一滴にも満たないだろう。
 そうこうしている内に次がやって来る。流れを作った最初の内は、今まで溜まっていた分が一気に流れてくるだろうから忙しい。
 土の次は大気、その次は大量の海水。木が数十本土ごとやってきたかと思うと、巨石が漂着する。とにかく色々なモノが流れ着いてくる。異なる世界の同種の物も大量だ。
 それだけ世界の数が増えたということだろうが、それらの後始末を押しつけられる方からすれば堪ったものではない。
 この世界の唯一の住民であるペット達には既に伝えているので、突然世界に色々なモノが溢れても問題ないが、それでもいちいち配置を考えるのは面倒だった。
 管理者であれば後から動かす事も可能ではあるが、面倒な事は可能な限り労力が少ない方がいい。それに、やってきた漂流物をそのまま受け入れるというのも些か不味い。別の世界で創り出されている以上、多少は調整しなければ何があるか分からないのだから。
 そうした作業をしながら、管理者はそれにしてもと思う。
 世界の穴に関しては、創造主では修復不可能という事で諦めもつくのだが、今の今までそれをそのままにしていたというのはどうかと思った。それも最終的には管理者に押しつけるのだから。
 いくら創造以外には興味が無いとはいえ、後進の指導から自身の不始末の処理まで管理者に頼りすぎではないか。そう思うも、話が出来ないのだからどうにもならない。どうしても文句を言う場合は、押しかけなければならないだろう。そのためにはまず相手を探さなければならないので、それはそれで疲れるのだ。
 来るのを察知して、調整して場所を決めて受け入れる。そんな半ば流れ作業のような事を繰り返してどれだけ経過したか。
 気づけばほとんど何も無かった世界が少し賑やかになっていた。受け入れ先を集中させたことで、世界の一部だけはそれなりに形になっている。しかし、まだ生き物は漂着していない。
 というのも、生き物というのは存在に必要な容量が少ないので、外の世界に出た時に世界に溶けて消えやすいのだ。なので、生き物が漂着するというのは中々に珍しい事であった。
「………………」
 管理者はその賑やかになってきている一角を見て回る。広さは、まだ一般的な世界の半分にも満たないだろう。それでもやって来る者が居ないので、十分過ぎるほどに広い。
 長閑な平原に誰も暮らしていない家が数件建ち並ぶ場所は、もしも人が来たら提供しようと思っている場所だが、その機会は未だに来ない。建築様式や高さなどがバラバラなのは、やってきた世界が全て異なるから。
 そこの保守点検も管理者の役目。まだ家の数が少ないからいいが、もう少し増えたら管理補佐でも創造しようかと管理者は考えている。
 そんな家々が建ち並ぶ場所から少し行くと、森が在った。
 山や森として一塊でやってきたからか、そこには植物の他にも小さな虫程度なら僅かに確認している。しかし、その虫がどうにも普通の虫のようには思えず、管理者はその虫が元々棲んでいた世界を辿って調べてみた。そうすると、その虫は元々の世界では魔蟲と呼ばれる存在だと判明する。
 ただ、それだけでは管理者は分からないので、もう少し詳しく調べていく。それで分かった事は、その世界では魔力という特殊な力を創造し、それを解して介する事で魔法という特殊な現象を起こす事が出来るようにしているらしい。その魔力を一定以上取り込んで、本来の存在から逸脱した強さを持った虫が魔蟲と呼ばれているようだ。そして魔蟲は大枠では魔物と呼ばれる分類に分けられ、人の敵という扱いらしかった。
 そのシステムは管理者が指導した記憶が無いので、別の管理者が指導した者の中にそれを思いついた者が居たのだろう。中々に独創的なシステムだが、その影響で必要な容量がかなり増えてしまっているようだ。魔蟲が漂着できたのは、その辺りも関係しているだろう。
 それとは別に、管理者としては少し心配な部分もあった。というのも、その世界のシステムはまだまだ運用し始めたばかりのようで穴が多い。特に、やりようによっては管理者までとはいかないだろうが、補佐ぐらいまでなら手が届く者が現れるかもしれないというのは非常に危うい気がした。この辺りは指導した管理者が何も言わなかったのか気になった。
 ただ、試験的な運用と考えれば十分意義があるのかもしれない。創造主の創造同様に、少しずつ調整していけばいいのだろう。
 今後それを参考にして安定して運用していく世界も出現するかもしれないし、要観察といったところ。それでも、特殊な力を与えようという試みは中々に興味を惹かれた。
 そして、漂着してきた魔蟲だが、普通の蟲よりも頑強な身体を所持している以外は何か出来るというものでもないようだ。その世界においても、扱いとしては魔物の中では底辺に近いみたいであった。もっとも、数が多いので群れとしては少々厄介らしいが。
 その程度ならば管理者には関係ないので、管理者は普通に森の中にも入っていく。
 森も様々な世界からの漂着物の混ぜ合わせなので、淘汰や共生などの末に最近は少し独自の生態系が築かれそうになっている。その辺りは管理者としては少し楽しみにしている部分だったりもするので、見守る事にしていた。
 魔蟲は漂着してから今まで一度たりとも管理者に襲い掛かったことがない。元々の世界では比較的好戦的ではあったのだが、この辺りは本能とでも言えばいいのか。
 さて、漂着してきたモノを集めた場所には、平原や森の他にも山や海まで存在している。全て漂着したものである。
 管理者が誘導して配置しているので全て纏まってはいるが、来るままに任せていたらどれほど混沌とした世界になっていたことやら。
 それを思うと、漂着物を集めた一角を見回りながら、管理者は思わずため息を吐きたくなる。創造主はその辺りも含めて、創造する事以外は何も考えていないのだろう。それも今更ではあるが、実に困ったものであった。

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