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第二十三話 ディアスと子供とリーゼと神紋


 神殿のリビングに戻ったヤスは、気持ちを落ち着かせるために、アルコール度数が強い蒸留酒を煽った。
 一杯だけで止めたのは、この後、ディアスが訪問してくると思ったからだ。

 喉を焼くほどの強いアルコールを感じながら、ヤスは子供たちの怯えた目を思い出していた。

「旦那様。お水です」

「ありがとう」

 ファイブから水を受け取り、喉の疼きを抑える。一気に、水を流し込んで目を閉じて考える。
 自分は、ただの”トラック運転手”だ。それ以上でも、それ以下でもない。異世界に来て、分不相応の力を手に入れた。力に振り回されるな。なんでも出来るわけではない。自分は”運送屋”だ。間違えるな。
 ヤスは自分に言い聞かせるように、何度も確認する。
 だが、許せないという気持ちを抑えることは出来ない。

「旦那様。ディアス様がお越しです」

「わかった。工房の執務室に通しておいてくれ、シャワーを浴びてから行く」

「かしこまりました」

 思考を切り替えるために、待たせると解っているのだが、シャワーを浴びてから執務室に行くことにした。
 熱いシャワーで淀んだ気持ちを洗い流してから、ヤスは執務室に向かった。

「ヤス様。先程は、もうしわけございませんでした」

 ヤスが部屋に入ってきたのが解って、ディアスは立ち上がって謝罪の言葉を口にした。

「ん?別に、ディアスが謝るような必要はないと思うけど?」

「いえ、私は、ヤス様が怖いと思ってしまいました。それが、子供たちに伝わって、子供たちが怯えてしまいました。私のミスです。もうしわけございません」

「うーん。怖い?それは、別にディアスの問題では無いだろう?俺が、子供たちの現状をしって、怒りの感情を出してしまったのが悪いのだろうし、ディアスもその・・・。言葉は悪いけどまだ大人の男性には慣れては居ないのだろう・・・。からな」

 ヤスは、ディアスもPTSDを持っていると考えている。慣れるために、カスパルと住まわせていい方向に向かっていると思っていたのだ。

「・・・。でも」

「ディアスが、俺のことを考えてくれるのは嬉しい。でも、まずはカスパルを大事に思ってくれ、俺は、そのほうが嬉しい」

「・・・。はい」

 指輪を触りながら、ディアスは頬を赤くして消えそうな声で肯定する。

「それで、子供たちの事か?」

「はい。イチカちゃんが食堂に連れて行って、皆で食事をしています。小さい男の子なら大丈夫なようですので、イチカちゃんの弟くんたちにも協力してもらっています」

「そうか・・・。それならよかった。話は聞けたのか?」

「まずは、やはり皇国の二級国民で間違いないようです。それで、神殿への移住を全員が希望しています」

「わかった。受け入れよう。神紋は?」

「わからないようですが消してしまったほうが良いと思います」

「わかった。手配する」

「ありがとうございます。それで今後は?」

「うーん。イチカに預ける」

「わかりました。それが良いと思います」

「そうだ。12名の性別は聞いたけど、年齢は?」

「はい。上は13歳で下は9歳です」

「え?間違いないのか?」

「・・・。はい」

「ちっ・・・」

 ヤスが勘違いしてもしょうがない。
 13歳にもなれば女性らしい体つきが見え始めてもいい頃合いなのに、男女の区別が付かなかった。それだけではなく、孤児院で生活していたイチカや、スラム街から流れてきた子供たちよりも生育が遅いのだ。見た目的には、一番上の子が7-8歳で下は5歳程度に思っていたのだ。
 ヤスは、年齢を聞いてもう一つの心配を思い出した。

「ディアス。女の子たちは・・・」

 言いにくそうにするヤスの表情からディアスは質問を理解した。
 イチカが居ない所で、年長者に聞いた話をヤスにした。

「そうか・・・。それは、よかった」

「はい。生育が遅いのが幸いでした」

「好きな連中も居るからな。でも、よかった。心が壊れかけていたし、生育も遅いけど、汚されて居なかったのだな」

「はい。確実かわかりませんが、誰も行為を受けた記憶は持っていません」

「わかった。ありがとう」

 ディアスからの報告を聞いて、ヤスは神紋の解除方法を考える。

「ディアス。子供たちへの説明は任せる。神紋の解除は、寝ている間に出来るようなら、そのほうがいいよな?」

「そうですね。どうやって解除するのかわかりませんが、寝ている間に出来るのなら、安心出来ると思います」

「わかった。その方向で考えてみるよ。あっ興味本位で聞くけど、帝国には二級国民なんて居ないよな?」

 ディアスは、二級国民の話をしたときに、いずれ聞かれるだろうと予測していた。答えも用意していたし、覚悟もしていた。

「いえ、二級国民の考え方は、帝国が発祥とされています」

「そうかのか?」

「はい」

「でも、ディアスは、リーゼやミーシャのエルフ族やドワーフ族だけでなく、獣人族も忌避しないよな?」

「はい。私の家は、『人族至上主義は間違っている、撤廃すべきだ』という考えの派閥でした」

「へぇ・・・。ん?そんな派閥があるのか?」

「はい。小さいですし、もしかしたら・・・。もう」

「そうか、調べてみたほうがいいな。辛い記憶だろう。ありがとう」

「大丈夫です。ヤス様のお力になるのでしたら、それに、ヤス様から頂いた恩はこの程度では返しきれません」

 ディアスは、ヤスに頭を下げてから執務室を出た。子供たちの所に戻る。

『マルス。リーゼに伝言を頼む』

『了』

 ヤスは、執務室を出て、リーゼの家に向かう。
 マルスから、リーゼがまだ家に居ると教えられたからだ。神殿から、リーゼの家まで2-3分の距離をゆっくりと歩く。途中、ファーストがヤスを迎えに来たのだ。リーゼが着替えるから待って欲しいと言っていると言われたのだ。
 そんなものかと思って、時間を賭けてゆっくりと歩いた。ファーストは、準備が出来たら迎えに来ると言って先に戻った。

 リーゼの家に着いて1-2分待ったら、ファーストが家から出てきて、ヤスを家の中に入れて、リビングに通した。

 家のリビングには、リーザが座って待っていた。

「ヤス。ごめん。待たせちゃったね」

「いいよ。リーゼに頼んでいた仕事まで時間が出来たから、暇になっていた」

「そう?ボクはどうしたらいい?」

「教えてほしいけど、ディスペルは寝ている相手にも可能なのか?」

「可能だよ」

「それなら、子供たちが寝てから、解除して貰ったほうがいいな。リーゼが入る時には、誰も近づけないようにしておくから、リーゼが解除したってばれない」

「わかった。ヤスが近くにいてくれるのだよね?」

「そのつもりだよ」

「それなら。ボクは頑張るよ」

「ありがとう。それで、報酬だけど・・・。リーゼ。今から時間に余裕はあるのか?」

「ん?あるよ?」

「それなら、ちょっとカート場に付き合ってくれよ」

「いいよ!勝負してくれるの!」

「うーん。ちょっと違うけど、上達するための秘密兵器を渡すよ」

 ヤスは、リーゼとファーストを連れてカート場に移動した。

 マルスからすべてのコースでデータを作成したと言われたので、リーゼが走りなれていると言っているフジに移動して、スマートグラスを試させた。

 スマートグラスをかけてカートに乗ると、スタートラインを越えてから最速ラップで走る映像が映し出されるようになる。走行に邪魔にならないように透過した状態で表示されるのだ。
 データは、マルスが保存しているので、誰の最速ラップをターゲットにするのか選ぶ事が出来るようになっている。自分の最速ラップをターゲットにしてもいいし、ヤスをターゲットに指定してもよい。個人によってカスタマイズできないので、スマートグラスの個人所有は必須では無いのだが、やはりリーゼは自分専用のスマートグラスを欲しがった。

 ヤスは想像通りだったリーゼの反応を嬉しく思いながら、ディスペルの報酬で渡すと言った。もちろん、リーゼは喜んで、すぐに解除を行うと言い出したが、子供たちが寝静まるまで待ってもらう。それまで、ヤスがリーゼに付き合ってカート場に居たのだ。リーゼは、スマートグラスがもらえる事も嬉しかったが、それ以上にヤスに頼られた事や、ヤスとカート場に一緒に居る事が嬉しくてたまらなかった。

 夕方になって、ご飯を食べてお風呂に入った子供たちが寝たのを確認してから、寮から全員を学校に移動させてから、リーゼに認識阻害のローブを被らせて、ヤスが手を引く形で寝ている子供たちの所に移動した。
 子供たちが起きて、ヤスが居るとパニックを起こしてしまう可能性がある事を考慮して、部屋の中にはリーゼとファーストだけが入ろうとしたが、最初だけヤスが付き合う事になった。

 そして、40分後。全員の解除を終えたリーゼが来た時と同じ様に、ヤスに手を牽かれながら寮から出て、神殿の地下に入っていった。

 これで、子供たちは本当の意味で神殿の住民になったのだ。

 その後、ヤスは一回だけの約束をしてカートの勝負に応じた。
 しかし、勝負はリーゼが満足するまでの”一回”だった。すべてのコースでヤスが勝利した時点でやっとリーゼは、まだ勝負にならないのを理解して、終わった。

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