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リンちゃんと惑星レトロナ Fractal.4

 
挿絵


 医療室を出て来たケインはんの様子は、浮かない顔やった。
「ケイン……ジョニーの様子は?」
 リンちゃんの質問に、悲痛な表情が首を振る。
「しばらくは安静が必要だ。いまは、誰にも会いたくないそうだ……」
「そんな?」
「右腕の腱鞘炎(けんしょうえん)は深刻だ。当面は愛機〈レトロナトビマス〉にさえ乗れないだろう」
 2号機の名前ッ!
「クソッ……何故、こんな事に! まさか……まさか俺の腱鞘炎(けんしょうえん)が完治したと思ったら、今度はジョニーが発症するなんて!」
 苦悩のままにチタン壁を殴るケインはん!
 何故って〝ジェ ● ガ〟やよ?
「レトロナ(ファイブ)は、レトロナマシン三機が揃わなければ合体出来ない! こんな状況で、もしも〈レトロナ(じゅう)〉が襲撃してきたら……」
 何で、三機なん?
 そしたら〝(ファイブ)〟は何なん?
「俺とジョニー……二人が揃わなければ……」
 何で、二人なん?
 そしたら、三機目のパイロットは誰なん?
「最悪時は、(おれ)一人(ひとり)で……残りの〈レトロナマシン〉は〝オートAI〟で出撃してしまう事になる」
 それで、ええやん!
 何だったら、全機それでええやん!
「このままでは、五大武器の真価すら発揮出来ない!」
 ここに来て〝(ファイブ)〟の意味が明かされた!
 まさかの武器数やった!
 少なッ!
「こんな事になるのなら、命懸けで止めるべきだったんだ! ジェ ● ガを!」
 その通りやよ?
 命懸けかどうかは別として、その通りやよ?
「せめて……せめて臨時のパイロットさえいれば!」と言うた後、数秒リンちゃんを注視した。
 ほんでもって、再び壁に向かって弱音を吐露しはる。
「いまだけ……いまだけでいい! 臨時のパイロットさえいれば!」
 また数秒、リンちゃんをジッと注視した。
 ねだってはる?
「え……っとぉ?」
 困惑を浮かべるリンちゃん。
 そりゃそうやんな?
「ひとつだけ……ひとつだけ打開策はある! だが……いや、ダメだダメだ! こんな事をリン(・・)に頼めるはずがない! まさか〈レトロナトビマス〉に乗ってくれなんて!」
 露骨に(くち)にし始めたわ。
「あ……うん、それはチョット……」
「さっきの戦闘で確信した……確かにリン(・・)は〈パイロット〉として卓越した腕前を持っている! ()リン(・・)なら、相性はバッチリだろう! そう、()リン(・・)なら! だが、リン(・・)の気持ちを無視して、俺のエゴを通すなんて出来るワケが──」
「やるッ♡ 」
 リンちゃん、嬉々と快諾しはったよッ?
「え? いいのか? リンくん?」
「イヤ~ン♡  リン(・・)って、呼・ん・で ♪ 」
 ツボ、そこ(・・)やった!
 呼び捨て連呼や!
 リンちゃん、意外とチョロかった!
「だってぇ~? ケインがそんなに困ってるなら、ほっとけないしィ? そこまで頼りにされたら、期待に応えたいしィ? 確かにアタシ(・・・)ケイン(・・・)なら相性バッチリだしィ?」
 何言うてんの?
 乙女眼(おとめまなこ)上目(うわめ)(づか)いで何言うてんの?
 出会ってから数時間しか経ってへんよ?
 相性も何も、ほぼ初対面やよ?
「ありがとう! リン!」
「うふふ ♪  ケ・イ・ン♡  な~んて、イヤ~ン♡ 」
「アカーーンッッッ!」
 ウチ、見つめ合う二人の間へ割って入った!
 血相変えて割って入った!
「リンちゃん! そしたら〈ネクラナミコン〉どないすんの! クルちゃんとの約束は、どないすんの!」
「あ、それならいい考えがあるから。とりあえず〈ドクロイガー〉泳がせてぇ……収集させといてぇ……揃ったところで強奪フルボッコ ♪ 」
「山賊の考え方やんッ!」
「ええ~~……? 効率いーじゃ~ん?」
 完全に()えとる!
 やる気喪失しとる!
「せやったら〈クラゲ〉は! あの〈宇宙クラゲ〉は、どないすんの!」
「大丈夫よ? 読者だって、そろそろ忘れてたから ♪ 」
それ(・・)、言うたらアカンとこーーッ!」
 このままやったら、リンちゃん〈レトロナ(ファイブ)〉のパイロットになってまう!
 作品タイトルも『G‐MoMo~銀暦少女(ぎんれきしょうじょ)モモ~』から『超リニアロボ レトロナ(ファイブ)』になってまう!
 ウチ、ケインはんへと直訴した!
「せや! 博士乗っけたら、ええやん! 博士なら〈レトロナ(ファイブ)〉に精通しとるやん!」
「あんなアル中、乗っけられるかーーーーッ!」
 ……ハッキリ言いはった。
 ……躊躇(ちゅうちょ)無く言いはった。
「俺だって……俺だって、まだ死にたくないんだ!」
 何言うてんの? この人?
 失意の拳を金属壁へと叩き込みながら、シリアスモードで何をぶっちゃけてんの?
「ケイン、大丈夫よ……私、お酒飲まないわ……未成年だから」
 そっと慈しみに寄り添って慰めるリンちゃん。
 何言うてんの?
 リンちゃんはリンちゃんで、何言うてんの?
「リン……」
「ケイン……」
 見つめあう瞳と瞳……って、それ(・・)アカン!
 そのフレーズが生まれる状況はアカン!
 ホンマに『超リニアロボ』の世界観になりつつある!
「じゃあ、早速特訓だ!」
「はーい♡ 」
 そそくさとケインはんについてった!
 ルンルン気分に浮足立っとる!
「リンちゃーん!」
 ウチ、心の底から声張ったよ?
 だって……だって、こんなん認められへんもん!
「せやったら……せやったら、あの子(・・・)は……〈ミヴィーク〉は、どないすんのーーーーッ!」
 琴線に触れたんか、リンちゃはピクリと立ち止まった。
「だって、イケメンなんだもん……熱苦しいけど」
「リンちゃん!」
「……下の名前呼んでくれるんだもん」
「リンちゃんってば!」
「ヴァーチャルとかゲームとかじゃないんだもん!」
 断腸のような吐露を残して、その背中は通路の奥へと歩み去った……。



 操縦室(コックピット)内で、ウチは膝抱(ひざかか)えとった。
 〈イザーナ〉やない。
 〈ミヴィーク〉の……や。
 あれから一日経った。
 リンちゃん、新しい搭乗機に慣れるんに特訓してはる。
 今日も……や。
「……あんな? ミヴィーク?」
『……ケル』
 気のせいか、気落ちしたかのようなテンションやった。
 きっと、この子(・・・)なりに何か(・・)は感じ取っておるんかもしれへん。
 賢いねん。
 この子、寡黙やけど賢いねん。
 だから、言わずとも悟ったんやろね。
 リンちゃん、この子の整備にも()ぇへんし。
 ……いや、(ちゃ)うか。
 この子とリンちゃんには〝絆〟がある。
 ウチと〈イザーナ〉のように……。
 言葉、()らへん。
「あんな?」
『…………』
 何て切り出してええか分からへん。
 せやからウチ、コンソールを優しく撫でとった。
「心配()らへんよ? リンちゃん、いまは酔っとるだけやねん。イケメン好きやねんから」
『……ケル』
「あはは……せやねぇ? ホンマ、困った性格やねぇ?」
『…………』
「……あんな? ミヴィーク?」
『ケル?』
「大丈夫……帰ってくるよ? ウチら(・・・)のトコ……」
『……ケルル』
 にへっと砕けたウチの笑顔は、きっと情けなかったんやと思う。
 それが自覚できたから、ウチの心の仮面は(ほころ)んだ。
 顔、膝に埋めとった。
「ふぐっ……ぇ……ふぇぇ……」
『……ケルル……ケル……』
 慰められた。
 ゴメンね? ミヴィーク?
 これじゃ、どっちが励ましに来たんか分からへんね……。
 ゴメンね……。



 滞在、二日経った。
 青空には並列飛行(タンデム)の機影が白い尾を引いとる。
 ウチ、その光景を司令室から(むな)しく眺めとった。
『リン! 高度が低いぞ!』
『ゴメン、ケイン! いま合わせるわ!』
 通信スピーカーから聞こえる会話は、もうすっかり馴染んだパートナー同士や。
「スゴいな……彼女は」
「ああ、こんなに早くこのレベルとは……ジョニーさんと同レベルじゃないか」
 観測結果に驚嘆を交わす白衣の所員達。
 その言葉すら、ウチには(むな)しい旋律や。
(リンちゃん、このまま帰って来なかったら……ウチ……ウチ、どうしよう?)
 寂しい未来予想図を噛み締める。
「……()(さき)モモカ」
 背後からの呼び掛けに、虚無感に乾いた心境が少し清水を潤した。
「あ……クルちゃん?」
「状況が呑み込めない。説明を頼む」
「説明?」
 小柄な肢体が一歩踏み出して並んだ。
 無感情に眺めるのは、大空を舞う二機の戦闘機。
「何故、天条リンがアレ(・・)へ搭乗している?」
「何故……って……」
 せやね。
 あの展開になったんは、クルちゃんと別れてからやねんね。
 せやから、ウチが説明せんと分からへんよね?
 ウチが……説明せんと……。
「ふぇぇ……クルちゃ~ん!」
 説明しよう思うて(くち)を開いたら、一緒に涙腺(るいせん)(ゆる)なった。
 ウチ、小さな肩に頭預けて泣いとった。
「ふむ?」
 感情乏しい困惑は、それでも撫で撫でしてくれた。
「よしよし」
 なんか、すごく柔らかくて温かかった。



「なるほど……状況は把握した」
 人目につかない非常階段に腰掛けて、ウチとクルちゃんは詳細を話し込んだ。
 隣に座る存在感は小柄なんに、何や頼り甲斐に溢れとるようにも感じる。
「クルちゃん……ウチ、どうしよう?」
「どうしたい?」
「え?」
 自然体で向けられた言葉に、心の奥が何故か小波(さざなみ)を生んだ。
 改めてクルちゃんを見れば、愛らしくも涼しい童顔がジッとウチを見つめとる。
 その瞳は、特に示唆(しさ)鼓舞(こぶ)(はら)んどらへん。
 ただ、返事(・・)を待っとった。
「ウチ……ウチ…………」
 口隠(くちごも)った。
 頭ん中グルグルして、上手く考えが(まと)まらへん。
「ふぐぅ」
 (ひざ)(かか)えたわ。
 (われ)ながら頭悪いのんが、情けななった。
 クルちゃんは「ふむ?」と(ひと)納得(なっとく)したかのように、正面の虚空を正視する。
「少し昔の話をする」
「ふぇ? クルちゃんの?」
「そう」
 ちょっと驚いたわ。
 クルちゃん、自分の事は全然語らんのに……。
「バカがいた」
 導入ッ!
 唐突に導入がオカシイよッ?
「とてつもないバカだった。手のつけられないバカだった。救いようのないド級バカ。おそらく宇宙規模のバカ──」
 いきなり何をディスっとんの?
 ()をディスっとんの?
 ウチ、消沈中断で何を聞かされとんの?
「そのバカが、私の最初の友達(・・・・・)……」
 まさかの〝友達〟をディスっとったーーッ!
 それも大事なんのをーーーーッ!
「そのバカにも、大切な親友(・・・・・)がいた。常に一緒にいるような間柄だった。丁度、アナタと天条リンのように……」
「ウチとリンちゃんに?」
「そう」
「似とるん?」
「個々の性格差異はあるけれど、関係性は酷似している」
「……そうなんや」
 不思議や。
 何や、ちょっと気持ちがふわっとした。
 会った事はないけど、温かい親近感が湧いとった。
「あとは、アナタが天条リンの胸を(あが)()むのを日課とするだけ」
()まへんし(あが)めへんよッ?」
 一気に数百光年彼方へ遠ざかったわ。
 どないな(ひと)なんッ?
「ある日、彼女が戦っている〈侵略宇宙人軍団〉によって、その親友が(さら)われた」
 ……うん?
 いま、変な事を言うたねぇ?
「侵略宇宙人?」
「そう」
「戦ってたん?」
「そう」
「それは〈火星〉や〈木星〉の移民?」
「違う。外宇宙生命体」
「その(ひと)銀邦軍(ぎんぽうぐん)〉とか〈惑星防衛軍〉とかに所属してはったん?」
「一般女子高生」
 状況解らへんッ!
 あまりに特異な状況過ぎて、ウチの脳内キャンバスは絵具(えのぐ)ひっくり返したみたいなったよッ?
「大好きな親友と引き離された彼女は、どうしたと思う?」
「……あ」
 クルちゃんの正視が、ウチに()を伝えんとしているかを物語っとった。
 もしかして……その人(・・・)も、現状(いま)ウチ(・・)と同じ心境やったん?
 クルちゃん、その時の事をヒントにしてくれるつもりやったん?
「とりあえず敵要塞へと殴り込んで、親友の胸を()みまくった」
 ヒントならへんッ!
 参考にも御手本にも、ならへんッ!
「その結果、敵勢力は無力化して地球が救われた」
 何でッ?
 そないな要素無かったよッ?
 宇宙人の巣窟(そうくつ)に、胸()み行っただけやよッ?
 その女子高生はんッ!
「つまりは、そういう事」
 どういう事ッ?
彼女(・・)は、やりたい事(・・・・・)へと邁進(まいしん)するだけ……自分の心に素直に従って。そう、ただそれだけ(・・・・)。けれど、それ(・・)が状況を打開する原動力にも成り得る」
「あ……」
()(さき)モモカ、どうしたい?」
 改めてウチを見つめる瞳。
「ウチ……ウチは……」
 正直、まだ分からへん。
 けれど、ひとつだけ(・・・・・)……ひとつだけ(・・・・・)確かなんがある!
「ウチ、リンちゃんと一緒がええ! ずっと一緒がええ!」
「……そう」
 あれ?
 クルちゃん、いま微笑(わろ)うた?
 錯覚?
 その時やった!
 基地内に鳴り響く警報!
 染めては引く赤灯から、非常事態なんはウチにも解った!
「な……何や?」
 ウチに答えるワケやあらへんけど、至る箇所のスピーカーから所員の状況報告が流れる!
『緊急事態発令! 緊急事態発令! 上空より未確認飛行物体接近中! 〈レトロナマシン〉は、速やかに迎撃へ出撃せよ! 繰り返す──』
「クルちゃん!」
「どうやら〈レトロナ星人〉の襲撃……かもしれない?」
 クルコクン。
「……何で疑問形?」
「確定要素が無い。ただし、ひとつだけ確定要素がある。天条リンは〈レトロナトビマス〉で出撃する」
「せやった!」
()(さき)モモカ、私は引き続き〈ネクラナミコン〉捜索を継続する(ため)にサポートが出来ない。即時、天条リンを引き止める事を忠告しておく」
「うん! 急いで格納庫(ドッグ)行かんと!」
「そう、急がないと天条リンは……滅茶苦茶カッコ悪い機体で活躍する事になる」
そっち(・・・)違うよッ?」



 一足(ひとあし)遅かった。
 格納庫(ドッグ)へと向かっている最中、通路の窓には飛行機雲を描いて飛び立つふたつの機影──〈レトロナマシーン〉や。
 せやけど、ウチは足を止めない!
 待機している〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉目指してまっしぐらや!
 止められへんかったら、追う!
 ウチ、リンちゃん追う!
 よくやく格納庫(ドッグ)へ着いた!
 息を切らしたウチを見つけるなり、イザーナが声を掛けて来る。
『キュイ! キューイ! キューイ!』
 急げ言うてた。
 以心伝心で、ウチの出撃決意を感受したからや。
 ウチは「えへへ」と(くだ)けて、その鼓舞(こぶ)へと応える。
「あんな? ごめんねイザーナ? 今回は……今回だけは(ちゃ)うねん」
『キューイ?』
 そして、ウチは決意を込めた顔で、今回の搭乗機(パートナー)を見つめた。
「……行こう! ミヴィーク!」
『ケルッ?』

しおり