第七十五話 未知なる道を突き進め
体力試験……シンさんが言ってたことは間違いじゃないらしいな。
総督は話を続けた。
「お前たちには
いやいや、道それるって俺たちどんなコース走らされるの?
総督の話からもうすでに不安になる焔だったが、そんなことはよそに話は続く。
「制限時間は7時間だ」
その言葉を聞いた瞬間、当たりがざわざわし始めた。正直その理由は焔にも分かっていた。
「7時間? ちょっと長すぎじゃない?」
その理由を先に言葉にしたのは茜音であった。
「ああ、確かに長いな」
30㎞の平均的なタイムは知らないが、これはいくら何でも……つまり、これが意味するのは……
「どうやら俺たちは普通の道を走らせてもらえないらしいな」
その焔に呟きに茜音もゆっくり頷く。
「ええ、そうみたいね」
「なお、時間を知りたい場合はAIに直接聞けば、開始からどれだけ経ったのか、そして残りどれだけの時間が余っているのか教えてくれる。また、1時間経過すると、その都度AIから通達が入る。そして、最後残り1時間では10分ごとに通達がいき、ラスト1分でカウントを始める。そのカウントがゼロになるまでにゴールにたどり着いていない者は不合格。逆に、制限時間以内にゴールにたどり着けた者は第一試験はクリアとする……今日の試験はこれで終了だ。だから、この試験で全ての力を使い果たすつもりで臨んでくれて構わない……それでは、1分後にスタートする。各々準備に取り掛かれ」
今日の試験……ということは、第二試験は明日ってことか。よし! そういう事なら、後のことを気負わず、この試験に集中できるな。
総督の声は止み、その場にいる者たちは思い思いにストレッチやら、精神統一やらを始めた。その場には緊張感は張り詰めていたものの、どこか楽観的な、楽しみにしている雰囲気を纏っているものたちもいた。だが、焔はそのことに気づきはしなかった。
「いよいよね」
気を高めていた焔に入念にストレッチをしている茜音が話を振る。
「ああ」
「……ねえ、焔は何でこの組織に入りたいと思ったの?」
「それは……」
一瞬、言葉が出てこなかったが、焔は迷うことなく言葉を選び出す。
「ヒーローになりたいから」
「……ヒーローねー」
『ヒーローになりたいから』こんな理由でここに来たなんて絶対に馬鹿にされる、焔はそう思い、身構えていると、
「すごくいい夢じゃん。というか、うらやましいな。そんなに堂々とこんな恥ずかしいこと言えるなんて」
「おい、それは誉め言葉として受け取っていいんだな?」
「もちろん。私も憧れてたんだ。正義の味方ってのにさ。小っちゃい時からこんな年になるまでさ」
「へえ(正義の味方か。確かに、前あった印象でも何かすごい正義感強そうな気がしたな。ただ、ちょっと我が強い節もあったけど。まあ、何はともあれ……)」
焔は茜音に笑いかけ、一言付け足す。
「やっぱり、夢は捨てないでみるもんだな」
「……ね」
茜音も焔に笑い返した。
「それでは、時間となりましたので、これより皆様をスタート地点まで転送します」
同時に、AIからのアナウンスが入り、皆の手が止まった。
「それじゃあ、またスタート地点で」
「ああ」
「……転送を開始します」
焔と茜音はしばしの別れを告げた後、再びまばゆい光が当たりを包んだ。その場にいたものは全員目を閉じる。しばらくすると、光は収まった。それと同時に空気が変わったのもわかった。そして、目を開け、あまりの光景に焔は笑ってしまった。
「……ジャングルかよ」
焔の目の前に広がっている光景はまさにテレビや映画で見たことのあるような、ジャングルと呼ばれるものそのものであった。暑いとまではいかないが、肌にまとわりつくようなねっとりとした湿気があり、あたりからは鳥やら猿やらの鳴き声が聞こえてきた。しばらく、この景色に圧巻されていると焔はあることに気づき、何かを探すようにあたりを見渡す。
「あのー、AIさん……他の人たちは?」
「総督の説明を聞いていませんでしたか? お前たちは『1人』で30㎞の道のりを走ってもらう、と言っていませんでしたか?」
「お前たちは1人で……なるほどな」
焔は総督の言葉を少し口にすると、その意味が分かったのか、苦笑いを浮かべる。
「さすがは電脳世界と言ったところか(互いに競い合うのではなく、己自身との戦いか。こんな壮大なジャングルで、人もいない。道もあるにはあるが、行く先々には草木が生い茂り、整備された後もない。どんな虫や動物がいるのかわからない。こんなところを1人で突き進み、30㎞先の今は見ぬゴールを目指す。体力もそうだが、精神力も必要になってくる……か)」
焔がこの試験の趣旨を理解したように、他にも焔と同様にこの試験の恐ろしさを理解したものもいる。茜音も根性が試されると言った総督の言葉を思い出していた。だが、中には全くこの試験の趣旨など考えず、今広がっている景色に胸を躍らせている者も数多くいた。
「それでは、そろそろカウントダウンと行こうか」
タイミングを見計らったようにジャングルには総督の声がこだまする。焔はその声に耳を傾け、一度大きく深呼吸をした。
「第一試験開始まで3秒前!」
「3!」
「2!」
「1!」
「スタート!」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れたかのように皆が一斉に未知なるジャングルへと駆け出して行った。
―――総督はマイクの電源を切り、椅子にもたれかかると、大きくため息をついた。
「お疲れ総督」
「ああ、声を張るのはやはり疲れるな」
総督の後ろには総督をねぎらう言葉をかけたシン以外に4人が横並びに立っていた。この部屋には無数のモニターがあり、そこから各試験者の様子を見ることが出来た。
「さてさて、この試験……一体何人が残るだろうな?」
「こりゃ、前年よりはるかに残る人数は少ないだろうな」
シンの隣に立っていたレオがその問いかけに答える。すると、その横に立っていた白髪の男も話に混ざる。
「そうだね。去年よりだいぶ難易度が上がっているみたいだけど、それは今年試験を受ける、ある少年の師が大見えを張ったことと何か関係あるのかな?」
そう言うと、白髪の男はシンの方へちらりと視線を移す。そのことにいち早く気付いたシンはそっぽを向き、口笛を吹きだす。
「わかりやすい男だ」
「へー、なんて大見え張ったの? シン?」
シンの隣に立っていたクール目の女性と少し小さめの女性が話に入ってきた。
「俺別に大見え張ったつもりないんだけどねえ。ただ単にもうちょっと難しくしないと焔の手には余るかなって」
「言うじゃねえかシン」
「じゃあ、俺たちも期待して見てていいんだね?」
「そりゃもちろん」
白髪の男からの質問に自信ありげに答えると、その言葉に食いついた総督は皆に問いかける。
「それじゃあ、見てやろうか。マサの息子……もとい、シンの弟子がどれほどの力を秘めているのかをな」
すると、その場にいた全員はある1つのモニターに視線を集中させる。そこにはジャングルの険しい道のりをものともせず進んでいく、1人の男の姿が映し出されていた。