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節分と厄災の…… その1

 スアママことリテールさんですが、今日もリョータに抱きついたまま寝ていました。
 僕がいつものように目覚めますと、すやぁ、と気持ちよさそうに寝息をたてていたんですよ。
 で、まぁ、リテールさんもリョータも笑顔で寝ていましたので、まぁいいかと思っていたのですが……

 その後、調理作業を終えて、みんなで朝食を食べるために巨木の家の実の食堂へと移動していきますと、リテールさんの横に、魔女魔法出版のダンダリンダが座っていました。
「リテール社長。これが最後の朝食ですからねぇ」
 ダンダリンダは、笑顔でリテールにそう言いました。
 ですが……目はまったく笑っていません。

 おそらく、本当は昨日中には会社に戻っておかないといけなかったんでしょう。
 ですけど、リテールさんってば、昨日も一日中、嬉々としてリョータとパラナミオの相手をしていましたからね。
 で、恐らくですけど……一向に戻ってくる気配のないリテール社長に業を煮やしたダンダリンダが実力行使にやってきた……と、まぁ、こんなとこでしょう。
「ねぇ……あと1日だけ……だめ?」
「ダメです。そもそも本当なら昨日の朝にはお戻りくださる約束だったはずでしょう?社長。新年の挨拶と新年の挨拶回りと、新年のインタビューの全てをすっぽかされたのです。今日はその後始末をしてもらいますからね」
「はひぃ……」
 上目遣いにおずおずと聞いていったリテールさんですけど、ダンダリンダに一喝されてシュンとなってしまいました。
 う~ん……少し可愛そうな気がしないでもないですけど、こればっかりはねぇ……
 僕がそんなことを思っていると、そんなリテールさんの横に座っているリョータがですね、笑顔でリテールさんの背中をポンポンと叩いています。
 で、何やら、思念波で話しかけているのでしょう。
 リテールさんってば、いきなりぱぁっと顔を明るくしてですね
「まぁまぁリョータくんったら、もう思念波を使えるの!もう、さすがはステルちゃんと婿様の息子ねぇ」
 そう言いながら、リョータに抱きついて頬をすり寄せていました。

 で、このリョータなんですけど……
 スアによると、どうも体は僕の血を濃く受け継いでいるので一般的な人種の赤ちゃんと同じ速度で成長していっているみたいなんですけど、脳や思考はスアのエルフの血を濃く受け継いでいるみたいなんですよね。
 エルフは、大きくなるのが異常に速いそうなんです。
 産まれて間をおかずに十五、六才くらいの姿にまで成長するそうで、その後はゆるやか~に年を取っていくんだとか。
 だからか、リョータは脳がすくすく成長していてですね、思考能力がかなり発達していってるみたいなんですよね。
 その代わり、体の方がその成長に追いついていないもんですから、まだ言葉は上手く話せないわけで、そのかわりに思念波でなら普通の会話を行えるわけです、はい。
 それにしても、今のリョータの年齢でそこまでの事が出来るってのはやっぱすごいわけですよ
 そこはやはり伝説の魔法使いであるスアの遺伝子のなせる技ってことなんでしょうね。
 と、僕がそんなことを思っていると、スアがそっと僕に寄り添ってきました。
「……旦那様と私の子供だから、だよ」
 頬を染めながら、そう言うスア。
 僕は、そんなスアの様子に、胸がトゥンクと高鳴りまして……で、スアをそっと抱き寄せ……
「ステルちゃん、やっぱりママ思うの!婿様の力でステルちゃんの弟か妹を……」
 そこに、リョータを抱きしめているリテールさんが興奮した面持ちで駆け寄ってきてですね、僕に向かって鼻息荒く話しかけてきたんですけど、次の瞬間、リョータを残してリテールさんの姿だけがその場から消え去りました。
 で、しばし後……リテールさんの悲鳴とおぼしき声とともに、裏の川に何か大きな物が突っ込む音が聞こえてきました。
 で、よく見ると、先ほどまでリテールさんがいた方に向かってスアが右手を向けていたわけでして……恐らくスアが転移魔法でリテールさんを裏の川に放り投げたのでしょう。
 スアってば、実の母親にも容赦ないわけです、はい。

 この後、濡れネズミになったリテールさんは、ダンダリンダに連れられて魔女魔法出版に帰って行きました。
「みんなぁ、また遊びに来るわねぇ」
 リテールさんはそう言いながら手を振りつつ、ダンダリンダとともに転移魔法の向こうに消えていきました。
 そんなリテールさん達を僕らもみんなで見送りました。
 で、そんなリテールさんを見送りながら、
「……私の旦那様、なの」
 スアは、そう言いながら僕にピタッとくっついたまま離れようとしなかったわけでして。

◇◇

 リテールさんが帰ったことで、ようやくコンビニおもてなしも正月気分が抜けたと言いますか、いつもの感じに戻りました。

 で、昨年末のコンビニおもてなしですが、

 パルマ聖祭でのパルマ聖祭ケーキ
 オネの1日のオネの弁当

 と、僕が元いた世界でいうところのクリスマスと正月のイベントを無事こなせたわけです。
 ちなみに、パルマ聖祭で販売して大人気になったパルマ聖祭ケーキは、以後もパルマケーキとして販売してまして、同時にこのホールケーキをカットしてショートケーキにした物も販売しているのですが、どの店でもすぐに売り切れてしまう大人気商品になっています。
 オネの弁当も内容のグレードを落として安価にした弁当を『マクノウチ弁当』として定番商品に加えているのですが、これも人気商品になっている次第です。

 で、コンビニおもてなしとしては、今度は僕が元いた世界で言うところの2月にあたりますツオの月に向けて準備を始めなければなりません。
 コンビニで2月といえば……そうです、節分とバレンタインデーです。
 一応スアやブリリアンにも確認してみたのですが、
「……セツブン?……何それ?新しいカガク?」
 と言って別な意味で目を輝かせ始めたスアと、
「なんですか、そのバンアレン帯とかいうのは?」
 と言って目を点にしているブリリアンを見るにつけ、やはりこの世界には存在しないイベントのようです。
 念のために、それっぽい行事が無いかも聞いて見たのですが、やはりそれもなさそうです。

 まぁ、とはいえ、元々なかったパルマ聖祭ケーキを普及させたり、オネの弁当を流行させたコンビニおもてなしです。
 行事がないなら作ってしまえばいいじゃないか、と言い意味で開き直って進んで行こうと思っています。
 とりあえず、まずは恵方巻きの準備からやって行こうかな、と思っているのですが……問題は豆まきですよね……
 僕が元いた世界では『福は内、鬼は外』って言いながら鬼の面を被った鬼役の人に豆をぶつけて家から追い出していたわけですけど、この世界にはリアルに鬼人がいますからね……これをやっちゃうと差別になるんじゃないのか? なんて思ってしまうわけです。
 なら、何を鬼の代わりに見立てたら……ここは世界を乗っ取ろうとする極悪非道の魔王を……って、少し思ったんですけど、これもあり得ません。
 なんせ、そんな魔王であるビナスさんが、コンビニおもてなしでバイトしてますしね。
 しかも和装の似合う小柄な幼女ですよ?
 僕が元いた世界で、こんな人に豆ぶつけてたら確実に通報されるレベルですよ。

 なんて事を考えている僕の元にですね、ファラさんが駆け込んできました。
 えぇ、おもてなし商会ティーケー海岸店の責任者をしているファラさんです。
「店長、申し訳ないんだけど腕っ節の強い人を集めてもらえないかしら?」
 そんなファラさん、少し焦った様子でそう言います。
「え?何かあったのかい?」
 そんなファラさんに僕が聞くと、ファラさんは口元を引き締めて
「厄災の蟹が出現したんですわ。しかも使役魔獣達を多数引き連れて……」
 って言うんですけど……なんです? その厄災の蟹って?

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