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餞別

「みつき!」
 それは朝、突然やってきた。
 ゆらゆらとポニーテールを揺らしながら、彼女はほんの少しだけ息を切らして教室に飛び込んできた。クラスが違うというのに毎日のように訪れる彼女は、私の席なんて覚えていて当たり前らしい。名前を呼ぶのと同時に私がいるとわかると、迷うこともなく足早に向かってきた。
美月(みつき)、誕生日おめでとう!」
 私が立ち上がるよりもずっと早くやってきた彼女は叩くように机に手を置き、にこにこと笑う。あまりにも唐突な祝いの言葉に、私は固まってしまった。
「あれ? 今日だよね?」
 反応が意外なものだったのか、瞬きを繰り返す。おずおずと私が頷けば、安心したように肩の力を抜く。良かったあ、と小さな声がこぼれたので、私は思わず首を傾げた。すると彼女は思い出したように通学用のトートバックをまさぐった。
 鞄から出てきたのは両掌にすっぽり収まるほどの小さな袋。小さいながらも丁寧に梱包されたそれは傍目に見てもすぐにわかる、明らかなプレゼント用だった。
 これは、と私が口を開く前に、彼女は「じゃーん!」と高らかに声を上げた。
「これね、誕生日プレゼント! それから、大分遅くなったけど進路決定のお祝い的な」
 えへへと笑う彼女は少しだけ照れ臭そうに言って、私の手に袋をそっと置いた。
「大したものではないんだけどね」
「そんなことない」
 謙遜する彼女に、私はまだ中身も開けていないのにそう言った。
「……そう?」
 彼女は驚いてわずかに身を引く。対して私は一瞬悪いと思いはしたが、頷くだけで謝らなかった。そのまま、丁寧に包まれた小袋を胸に寄せ抱きしめる。
「開けていい?」
 改めてそう訊けば、彼女はまた瞬きを繰り返すがすぐに首肯してくれた。机に置いていた手を後ろに回し、私が包装を解く様子を眺めるようにして待つ。
 中に入っていたのは、明るい青緑の宝石が金色の金具に埋め込まれたペンダントだった。
「きれい……」
「ほんと?」
「うん。すごくきれい」
 金色に統一されたチェーンを持ち、顔の高さまでペンダントを掲げて、私はそんな言葉をこぼす。本当にきれいだ。太陽の日差しが射す空にかざせば、石を通して光が透けてしまうのではないかと思うほどに輝いて見える。
「その石ね、アマゾナイトって言うんだって。希望の石、とかってお店の人は言ってたかな」
「アマゾナイト……」
 教えてくれてた石の名前を復唱をする。どこかで聞いたことがある気がした。きっと有名な宝石なんだろう。私はもう一度ペンダントを抱き寄せた。
「嬉しい」
 彼女の目をまっすぐ見て、私は微笑みかける。
 本当はきちんと笑いたかったけど、口下手であまり笑えない私には難しかった。それでも充分だったようで、彼女も彼女で嬉しそうに笑ってくれた。えへへとはにかむその姿が嬉しさと照れ隠しの表れであることを私は知っている。
 そうしてお互いににこにこしていると、不意に教室のスピーカーからチャイムが鳴り響いた。壁に掛けられた時計を見てみればホームルームが始まる五分前になっていた。今のは予鈴だ。
「じゃあ、わたし行くね。時間取っちゃってごめん。朝一でお祝いしたくってさ」
 そう言って、彼女はいそいそと鞄を閉めると踵を返した。私はその背中を見送ろうとして、それをやめた。代わりに大きく息を吸う。
陽莉(ひより)
 私に出せるせいいっぱいの声が届いたようで、彼女は足を止め振り返る。固まるように立ち止まった彼女に、私は今度こそと笑ってみせた。
「ありがとう」
 きちんと笑えていたかどうかはわからない。だけど、彼女が今日一番の笑顔を向けてくれたことが、きっと答えなんだと思う。
「うん!」
 さっき私の名前を呼んでくれたのと同じように朗らかに頷いた彼女は、再びポニーテールを左右に揺らしながら教室から飛び出していった。来た時と同じく足早だったが、それ以上に足取りが軽く思えたのは私の気のせいだろうか。
 胸に置いていた手を広げ、改めて貰ったペンダントを見つめる。
 よく見てみれば、アマゾナイトを埋め込んでいる周りの金属は三日月の形をしており、それに添えられる形でささやかな金色の星が付いている。ああ。私は嬉しくてたまらず息をこぼした。覚えててくれたんだ。
 いつか話したことがあった。私が、星が好きだということを。彼女はそれを覚えていてくれて、私が好きなものをくれたのだ。それが嬉しくて自然と頬が緩む。
 これは大切で、大好きで、いつも一緒にいてくれた彼女がくれたものだ。私がこの世に生まれてきたことと、これからの門出への祝福として。
 私は丁寧にチェーンを折りたたんでペンダントを袋に入れて鞄に仕舞い込んだ。身に付けても特に何も言われないが、着けるにしても休み時間の方が良い。そう思って姿勢を正せば、タイミングを見計らったように教室の扉が引かれ、先生がやってきた。
 アマゾナイト。後で調べてみよう。
 そんなことを考えながら、学級委員長の「起立」の号令に従って私は立ち上がった。

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