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オネの月の1日のコンビニおもてなし

 夜が明けました。
 僕が元いた世界で言うところの正月にあたります、オネの月の1日の朝が明けました。

 この日の僕とスアは、家族皆で寝ている大きなベッドではなく、スアの研究室にある仮眠用のベッドで目覚めました……もっとも目覚めたのは僕だけですが。
 スアは、僕の腕の中で気持ちよさそうに寝息をたて続けています。
 そんな僕とスアは2人とも裸のままで、掛け布団をかけただけの状態です。
 えぇ、お姫様の始まりはすでに始めて終わりましたが、何か?

 しかしあれですね、いつも夜明けと同時に目覚めて調理しに厨房へ向かうのが癖になっているもんですから店がお休みの今日も、いつものように夜明けと同時に目が覚めてしまいました。
 僕は、まだ眠っているスアに、ベッドの脇に放り投げたままになっていた寝間着を着せ、僕も寝間着のスウェットを身につけていきました。
 で、熟睡しているスアはまず目覚めませんので、僕はスアをお姫様抱っこして移動を開始。
 そのまま、スアの研究室の隣にある家族みんなの寝室へと移動していきました。
 大きなベッドの中では、パラナミオがリョータと一緒に気持ちよさそうに寝息をたて続けています。
 リョータは、スアのエルフの血を引いているため成長が早いもんですから、すでに夜中にミルクをあげる必要もなくなっています。
 で、スアをリョータの横に寝かせて布団を掛けると、僕はその反対側、パラナミオの隣で横になり、自分の布団を掛けていきました。

 この、僕・パラナミオ・リョータ・スアの順番で眠るのが我が家のいつものパターンです。

 で、いつものようにパラナミオの横に潜り込んだ僕なんですが、リョータの方を向いて寝ていたパラナミオがですね、いきなり僕の方を向いたかと思うと、
「むにゃ……パパぁあ……だいしゅき……」
 完全に寝ぼけた様子のまま僕に抱きついて来ました。
 なんといいますか、ホント父親冥利この上ありません。
 結局僕はこの後、パラナミオの頭を優しく撫でながらみんなが目覚めるまでの時間を過ごそうか……ソンナことを思っていたのですが……

 その時でした。

 ……トントン

「……ん?」
 なんか、巨木の家の玄関がノックされたような気が……

 ……トントン

 うん、やっぱり気のせいではありません。
 僕は、パラナミオやみんなを起こさないように気をつけながら起き上がると、玄関へ向かって行きました。

 で、玄関を開けると、そこには意外な人物が立っていました。
 魔法使い集落にあるコンビニおもてなし3号店の店長をしているエレです。
「タクラ店長様、朝早くから申し訳ありません」
 エレはそう言って深々とお辞儀をすると、
「実は、3号店で少し困ったことが起きておりまして……」
「困ったこと?」
「はい……至急スア様においで頂きたいのです……でないと、ちょっとこの問題が解決しそうにないものですから……」
 エレはそう言いました。
 ただ、これだけでは何が何だかさっぱりわかりません。
 僕は、改めてエレに詳しく事情を聞いていきました。
「はい、それがですね『伝説の魔法使いであられますスア様に、同じ魔法使いとしてオネの月の1日のご挨拶をさせて頂きたい』と、多数の魔法使いが3号店に殺到しているのですよ」
「……あぁ、なるほどなぁ」
 僕は、エレの言葉に苦笑しながら大きく頷きました。

 僕の奥さんのスアは、エルフの魔法使いです。
 伝説級と言われるほどの魔力と魔法能力をもった魔法使いです。
 長いこと森の奥に引きこもっていましたので、その存在そのものまでもが伝説になりつつあったのですが、昨年、僕の嫁としていきなり生存が確認されたわけです。
 で、そんなスアは、昨年、上級魔法使いを~意図せず~駆逐して、中級以下の魔法使いを~不可抗力で~救済したもんですから、3号店のある魔法使い集落に住んでいる中級以下の魔法使い達の間で絶大な人気を誇っているんです。

 そんなスアに新年の挨拶をしたい……まぁ、気持ちはわからないでもありません。

「たださ……スアはまだ寝ているから……お昼くらいからじゃダメなのかな?」
「多分、待ってはくれると思うのですが……おそらくそうなりますと、今、3号店に殺到している魔法使いの皆様は、そのままスア様がおいでになられるまで待たれると思われますので、コンビニおもてなし3号店の営業に支障が……」
「あぁ……そこまでの行列になってるんだ……」
「はい……おそらく、魔法使い集落に住んでおられます、ほぼ全ての魔法使いの皆様が並んでおられるご様子ですので……」
「まじか……」
 エレからその話を聞いた僕は、やれやれと思いながらも一度寝室へと戻っていきました。
 で、リョータの横で気持ちよさそうに寝息をたてているスアの肩を揺すってですね
「スア……悪いけど起きれるかな?」
 耳元でそう囁いたのですが、寝ぼけているスアってば
「……うん」
 そう言ったかと思うと、そのまま僕の首に抱きついてですね、いそいそと服を脱ぎ始め……
 いや、スア……嬉しくはあるけど、それは今夜まで待ってよね!?

 で、まぁ、その後も四苦八苦しまくったあげく、どうにかスアに目覚めて貰う事に成功しました。
 ただ、スアってば、もともと寝起きがあまりよくないだけあって、すっごいジト目状態なんですよね……
「スア、眠いとこ悪いけど、どうにか頑張って3号店にやってきている魔法使い達の挨拶の相手をしてあげてくれるかい?」
 そうお願いしました。
 するとスアは、
「……うん、わかった」
 そう言ってくれたのですが……やはり眠たいらしく、いきなり僕にもたれかかってくると、
「……ついたら、もう一回起こして、ね」
 そう言って目を閉じてしまいました。

 仕方なく僕は、そんなスアをお姫様抱っこして3号店へと連れて行きました。
 で、転移ドアをくぐった僕は、思わず目を丸くしました。
 レジの奥にある転移ドアをくぐって僕とスアがやってきたのに気がついたらしい魔法使い達がですね
「あ、スア様!」
「スア様が来てくださった!」
 そう口にしたかと思うと、その言葉がまるで伝言ゲームのように列の方向へと伝わっていきまして、そのまますごい歓声に変わっていきました。
 魔法使い達は3号店の店内にまで殺到していまして、店の中はそんな魔法使いのお客さん達で押すな押すな状態になっています。
 確かに、これはエレが言う通り、スアに挨拶してもらってみんなを満足させてあげないと、3号店がまともに営業出来そうにありません。

 で、

 どうにか半分覚醒した状態のスアを、店の外に準備したイスに座らせてですね、
「では、スアにオネの月の1日の挨拶をしたい方はこちらに並んでください」
 そう言って、そちらへ誘導していきました。
 こっちの世界は、僕が元いた世界と違ってそこまで寒くはありません。
 でも、念のために僕は自分が羽織っていたジャンバーをスアにかけてあげました。
 スアは、相変わらず半目をようやく開けた状態でイスに座っています。
 で、そんなスアの前に並んだ魔法使い達は、1人1人スアに向かって挨拶を始めました。
「スア様、本日はお日柄もよく」
「お会い出来て光栄です」
「今年もよろしくお願いいたしますわ」
 魔法使い達は、皆一様に興奮した様子でスアに挨拶をし、深々と頭を下げていきました。
 スアは、そんな魔法使い達に、
「……うん」
「……はい」
 と、無愛想この上ない返事を返しています。
 で、あわせて右手を差し出して握手もしています。
 そんなスアに挨拶して、握手をしてもらった魔法使い達ってば
「す、スア様にありがたいお言葉をかけていただいたわ」
「この手、しばらく洗いませんわよ」
 そう、興奮した様子で話しながら帰っています。
 中には、その足でコンビニおもてなし3号店に改めて入っていき、あれこれ買い物をして帰ってくれる魔法使い達も結構いました。

 で、魔法使い達が僕とエレの指示に従って、1人1人手早くスアへの挨拶をすませていってくれたおかげで、ものの1時間もしないうちに行列はほぼ終了しました。

「ありがとうございます、タクラ店長様、スア様。お二人のおかげでどうにか3号店も通常営業に戻る事が出来そうです」
 エレは、そう言ってニッコリ微笑みました。
「いつも頑張ってもらってるんだし、これくらいは喜んでさせてもらうよ」
 僕は笑顔でそう言いながら、スアを来た時と同じようにお姫様抱っこしていきました。

 スアは、僕が抱き上げると同時に、再び気持ちよさそうに寝息を立て始めました。

 やれやれ、これで巨木の家に戻って一緒にゆっくり寝られるなぁ
 僕がそう思っていると
「あぁ、ここにおられましためぇか、店長様」
 そう言って、おもてなし商会テトテ集落店のリンボアさんが慌てた様子で転移ドアをくぐってやってきました。
「リンボアさん、どうしたんです?何か問題でも?」
 僕がそう聞くと、リンボアさんは困惑した表情を浮かべながら僕に言いました。
「はい、実はですめぇ、テトテ集落の皆がですね、パラナミオちゃんにオネの月の1日の挨拶をぜひしたいともうされましていましてめぇ……おもてなし商会テトテ集落店の前にずらっと並んでいるんですめぇ」
 それを聞いた僕は、思わず苦笑しました。
 どうやら、今度はパラナミオを起こして、テトテ集落へ連れて行かなければならないようです。

 そんな感じで、コンビニおもてなしの朝は、オネの月の1日であるにもかかわらず慌ただしく過ぎていきました。

 ……ははは、まぁ、こうなる気がしないでもなかったんですけどね。

 と言うわけで、今年も頑張って行こうと思います、はい。

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