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 フュロワはにこにこしながら三人のアポピス類を地上に下ろしてあげたけれど、三人はおたがいにしがみつき合ってなかなかはなれずにいた。

「お前ら、この人が神さまだって知ってたか?」ユエホワがラギリス神を(本当に失礼なことに)指さしながらきくと、三人は無言で首を横にふった。

「えっ、知らないの?」私は目をまるくした。「なんで?」

「だって俺たち、ずっと人間界にいたから」ケイマンがぼそぼそと答える。「なにも知らないんだ……アポピス類のことも、地母神界のことも」

「ふうん」うなずいて答えたのはフュロワだった。「お前ら……目が赤くないから、か?」

 三人はだまっておたがいの顔を見合わせた。

「さいでございます」サイリュウが答える。「私どもはこの目のせいでつまはじきにされてまいりましてございましたので」

「アポピス類が鬼魔界からいなくなったのも知らなかったんだから笑えるよなまじで」ルーロが早口でつぶやいたが、もう彼の声が小声だとは思わなかった。

「…………」ラギリス神が(こっちは本当の小声で)なにか言った。

「ん?」フュロワがラギリスの口もとに耳を近づける。「あそう」それから私たちの方にむけて言う。「目の赤いアポピス類でも知らない者もいるっていってるぞ」

「本当に?」ケイマンが目をまるくする。

「…………」ラギリスがまたなにか言い、フュロワが耳を近づけた。

「ぜんぜんきこえねえな」ルーロがそういったので、私は思わず彼の顔をまじまじと見てしまった。

「この前道を歩いてたら」フュロワが説明した。「前から来た若いやつにどうしてかにらまれて、道をゆずったっていってる」

「えっ」全員が目をまるくした。

「あとその時持っていた食べ物と酒もよこせといわれて取り上げられたって」

「――」全員が息をのんだ。

「自分は神だからだまっていう通りにしたけど、そいつも神だと知っていたらそんなひどいことはたぶんしなかったんじゃないかと思うって……いやお前、それはちゃんと、裁きを受けさせろよ」フュロワは説明のとちゅうでふり向きラギリスに言った。

「…………」ラギリスがなにかを答えた。

「裁きの陣がないって?」フュロワがきき返す。

「おお」祭司さまが首をふりながら言った。「なんということじゃ。アポピス類たちは神をあがめ敬う方法を知らぬのか。なげかわしいことじゃ」

「あんた行ってやれよ」ユエホワがルドルフ祭司さまを見ていった。「裁きの陣作ってやってさ」

「ふざけないで」私は緑髪にむかって怒った。「鬼魔の世界になんか行けるわけないでしょ」

「聖堂も建てねばならぬな」ルドルフ祭司さまはなにかを考えはじめておいでのようだった。

「そうかあ」フュロワ神はまたあらためて腕組みをし、少しのあいだ空を見あげていた。

 みんなは神のおことばを待った。

「よし」フュロワはうなずいて腕をほどき、両手を胸の高さで上に向け、私たちの方へさし出した。「汝ら神の子よ、これから私がいうことを聞いて、そのとおりに行いなさい。まず人をたくさん集めるように。大工と、聖職者と、キャビッチスロワーをそれぞれ百人ずつ。それらをこの聖堂の庭とそのまわりに集わせ、そこから空へ向け、箒で飛び上がらせるように。そうすれば私が世界壁を特別なやりかたで開き、その者たちを地母神界へといざなおう。地母神界に到着したならば、大工は聖堂を建て、聖職者はアポピス類たちに神をあがめ祭る方法を伝え、キャビッチスロワーたちは」

 しん、としずかになった。

 みんなは神の次のおことばを待った。

「悪さするやつをとっつかまえて裁きの準備ができるまでしばっとくように」

「おお」ルドルフ祭司さまだけが返事をした。「神よ。あなたの偉大なるお考えに敬服し、感謝いたします」

「ええー」私はそっと、自分にできうるかぎりの小声でおどろきをあらわした。



          ◇◆◇



「お帰り、ポピー」家に帰ると、母は顔いっぱいの笑顔で――だけどなぜか、どこか悲しそうな顔で、私を抱きしめた。「おばあちゃんから聞いたわ。大変だったのねえ」

「あ、ううん、だいじょうぶ」私は安心させるように笑った。

「無事でよかった」父も真剣な顔でそう言い、母とかわって私を抱きしめた。「よくがんばったね」

「ん、おばあちゃんがやっつけてくれたから。アポピス類を」私は笑顔で答えた。

「そう、アポピス類だよね」父はがばっと私の肩をつかんで引きはなしたかと思うと、さらに真剣な顔で話した。「地母神界へ、行かなきゃいけないんだ」

「あらでも」母がつづけた。「あなたには声はかからなかったでしょ。私は聖堂の方から呼び出されたけれど」

「いやでも」父はにこりともせず真剣な顔のままで母に向かい言った。「こんな事態になったのなら、鬼魔分類学者であるぼくが手をこまねいている場合ではないよ。ぜひとも一緒に行かせてもらわなきゃ」

「でもあなた、行ってどうするの?」母もうなずかない。「大工でもないし、聖職者でもないし、キャビッチスロワーでも、そもそも箒にも乗れないし」

「それは」父は当然のように言葉を返そうとしたようすだったが、それはつまった。「――ニイ類、とか」

「無理でしょ」「無理だよ」母と私が同時に言った。「他の人たちがびっくりしてパニックになると思う」

「しかしこれは歴史に残る大事件だ」父は手を振り回した。「ぼくが記録に残さなければ、いったい誰がやるというんだ。ユエホワに頼もう。彼にラクナドン類を呼んでもらって、今度こそその背中に乗って旅立つんだ、ぼくも」

「今度こそ?」母が眉をひそめてきき返した。

「あいや、その、今こそ、だ。今こそ」父は、前に鬼魔界へ母にだまって旅立とうとしたことをうっかりばらしてしまいかけたのだが、必死でごまかした。「そうだそういえば、ユエホワは今どこにいるんだい?」大急ぎで私にきく。

「聖堂だよ」私は正直に答えた。「魔法大生のアポピス類の人たちといっしょに」

「そうか」父はぱっと笑顔になった。「心強いな。鬼魔と祭司さまとが心をひとつにして世界を越え協力し合うとは。これは本当に歴史に残る偉大なできごとだ」

 はあ、と母はため息をついた。「わかったわ。私ができるだけあなたといっしょにいるようにするわ。とにかく今日はもう寝ましょう。明日のお昼には聖堂に行くから、家の中のことも片づけておかないといけないし。忙しくなりそうだわ」

「だいじょうぶ」私は微笑んだ。「あたしがちゃんと家のことやっとくから。気をつけてね」

 父と母がそろって私を見た。

 私も微笑みながら二人を見返した。

「あら」母が眉を上げた。「あなたも行くのよ、ポピー」

「え」私はかたまった。

「うん」父もうなずいた。「祭司さまからはそのように聞いているよ」

「え」私は一歩あとずさった。「なんで」

 父と母は顔を見合わせた。「神の思し召しだから、って仰ってたけど」

「え」私はさらに一歩後ずさった。

 フュロワの優しく微笑む顔が浮かんだ。

 なぜ、世界のすべては私を鬼魔の世界へつれていこうとするんだろう。

 それを考えながら私はベッドに入り、なかなか寝つけずにいた。

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