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雷神は苦悩する 2-1

城塞都市顎門は、軍事拠点であり領主の居城である。

北部に位置していて北部統括領主としての役目を果たせないと判断し、比較的温暖な商業都市ファティニールを外交や行政、商業を統括する領行政府を置いた事によって領都ととして機能していた。

顎門とファティニールを結ぶファシベル街道の整備と魔煌技術による魔煌機関の小型量産化に目処がつき列車運行を開始、魔煌列車で繋がれた事が領内の発展に大きく寄与した。
都市間を魔煌列車で結び、都市内は路面電車が巡回していた。
他の貴族領の多くが、未だに馬車が最高の移動手段のままであることを考えると、クナイツァー領は一歩先を行っていた。


北部山脈に多くの貴重金属や各種鉱山、魔煌油採掘場をほぼ独占し搬出拠点として顎門に搬入し各工房や寄子達に分配し、備蓄と市場価格を高値維持にする為市場供給量をコントロールしながら生産量を調整して輸出していた。

寄子達も”領内には何もない、雪と岩山ばかり”と、嘆く時代もあったが鉱山での採掘に成功するや、寄親から技術/資金援助を引き出すことに成功し、優先採掘権を使い出荷することによって家中の財政を潤わせた。
寄子達には販路も精製技術も無い為、寄親であるクナイツァー家に、より一層依存することになる。

寄親からすれば、一種の公共工事のような事業であり寄子が経済的に疲弊しないよう常に仕事を与えていた。クナイツァー家は、他の貴族から見ると鬼か悪魔かと言われるほど苛烈な家であったが、領民や寄子達から見れば頼れるお頭様だった。

鉱山から顎門要塞までの搬出作業も請負うことで、何一つ落とす事なく現金収入を得ていた。
辺境の田舎領主にとって騙される心配のない確実な通貨獲得手段であって、帝国屈指の商業都市である領都ファティニールまで足を伸ばせば帝都気分も味わえた。

彼等は帝都に行くのは好まない…話す言葉も訛りが強く食事も違う。
中央貴族達とは、考え方から生活一つに於いても合わなかった。
中央貴族からしたら、北部出身者は”未開の野蛮人”と蔑視されているのは知っていたし、何よりも古き領域との生存競争を前にして貴金属類で着飾るだけのボンクラは、こちらから願い下げだった。

生き残る為に必要な食料、燃料、武器弾薬は、顎門で優先的に手配してもらえる。
本来の領地経営では維持出来ない魔導騎兵も貸し出しを受けることが出来る。
魔導騎兵を持つのは大貴族の特権であるので、田舎者と自分達を見下してくる他の貴族の鼻を明かすのは心地良い…魔物が跋扈し人間同士が争い戦争する世界で生き残れ無ければ意味がない。


クナイツァー領行政府が入った中央聖堂『鋼鉄の戦乙女』に、執政官の執務室がある。
一階フロアは、女神像が中央に置かれ両隣の女性の石像が水を流し女神の湯浴みをしているようであり来場者に劣情を感じさせる不思議な石像だった。
女神像レプリカをお土産に渡すと喜ばれた。

内壁に階段がつけられ二階へと続く。
二階フロアは一階のような豪華な建て付けではなく質実剛健な作りとなり、中央フロアに受付がありその奥で役人達が執務に励む姿が見える。

執務室は合理的だった。

机の上には幾重にも書類の束が鎮座し、決済が済んだもの、そうでないものと分ける棚があり、この部屋の主人は黙々と書類を捌いていく。

来客用の実務的なソファーとテーブル一式が中央に置かれ、カップ一式と灰皿のみのシンプルな構成だった。奥のバーコーナーに、何本かのワインが置いてあるだけの質素なものだった。
多くの貴族は、来客用にこれ見よがしに立派な置物や魔獣のラグなどを置きたがるのだが、この部屋の主人は煌びやかなものには興味がなかった。

隣の待機部屋から香りがする、侍女が紅茶を淹れているらしくアブローラの鼻腔を擽る。
「もう、そんな時間か…」
アブローラは、時計に目をやりティータイムだと気付いた。
机の上に広がる書類の束を片付けるのは難儀な事だった。魔獣を魔力の続く限り消滅させるのとは訳が違う。力技ではどうにもいかないのだ。

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